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第二十八話 精霊医の本分

複数に見えた魔物は、雌雄同株の植物が変化したもので、雌株が司令塔の役割を果たし、雄株を使って攻撃していた。地下茎を通じて、全てが一つにつながっていたのだ。


 司令塔を攻撃したことで活動を停止したようだが、動かなくなってみると、毒々しい色をしてはいるが、元は普通の植物であると分かる。


「ご、ごめん、グラス先生……何だか、魔物に絡みつかれたところがヒリヒリして……」

「っ……表面に毒があったのか。分かりました、見せてください」

「ラクエル姉みたいに、全身を覆う防具をつけてれば……痛痒くて死にそう……っ」


 座り込んだプレシャさんの、腕の部分をまず見てみる。二の腕の部分は装甲で覆われていないので、鎧下が破れてしまい、肌に擦り傷がついてしまっている。


 赤く腫れている部分に触れると、やはり掻痒感と炎症を引き起こす、二種類の毒が悪さをしている。痒いというのは地味に思えるが、人間にとって耐え難い苦痛の一つだ。


「少しひんやりしますが、これで赤みが引きます」


 油に薬草の成分を混ぜた塗り薬は、それこそ手に入る全ての薬草で実験し、効果を試した。皮膚薬だけでも数十種類作ったが、幾つかの薬草の成分を適正な比率で調合することで、単独よりも良い効果が得られると分かった。


 赤くなった部分に軟膏を塗り伸ばし、包帯を巻く。巻きつかれた場所は、両方の二の腕、膝当てより上の、太腿の部分。鞭を打たれたように線上に腫れてしまっているので、魔力を使って薬剤の成分を活性化させ、可能な限り治癒を早める。


「……すごい汗……先生、なんて集中力ですの。見ているこちらも手に汗を握ってしまいますわ」


 ディーテさんとレンドルさんが、両側から俺の額を拭ってくれる。そこまで気遣われると恥ずかしいのだが、汗を拭いてくれることは助かるので、今は何も言わずにおく。


 二の腕、太腿――そして後は全身を確認して、細かい傷に薬を塗る。首筋にも巻き付かれたようなので、忘れずに処置を施した。


「プレシャさん、他に痛むところはないですか?」

「ううん、もう大丈夫……ありがとう、先生」


 プレシャさんが微笑み、立ち上がる。俺の持ち歩いている薬も無限というわけにいかず、今の治療で皮膚薬は使い切ってしまった――また時間のあるときに調合しなくては。


「……治療の際に、一切邪念を感じなかったのですが。グラス先生は、もしかして聖人なんですの?」

「グラス様には、よこしまな気持ちは一切ありません。これはあくまで治療ですから」

「あ……す、すみませんプレシャさん! 俺、治療することだけ考えてて……恥ずかしい思いをさせたかもしれません」

「恥ずかしいっていうか……あんまり人に触ってもらうところじゃないから、それはどうなのって思ったけど、先生はただ、一生懸命なだけだし、そういうこと言うあたしの方が自意識過剰かなって」

「それでは私のほうが自意識過剰というか、邪推のしすぎと言われているようなものなのですが……ち、違いますわよ。私もあくまで、治療行為だと思っていましたわ」


 俺も治療行為だと思ってはいるのだが、今にして軟膏を塗っているときの光景を思い出すと、それは客観的に見て思うところのある光景だろうとは思う。分かっていても、今後も急を要する治療のときは、無心になって取り組むだけなのだが。


「グラス様、そろそろ移動したほうが……いつ魔物が出てくるか分かりません」

「……いや、大丈夫だ。魔物の気配が近づいてくる感じはしない」


 ここは灰色の荒野の真っ只中――しかし、今のところ魔物が出てくる気配はない。数が多いと言われていたのは、一体でも複数に見えるような魔物だったので、数が多く見えたからだろう。


「え……せ、先生? 一体何するの、触ったらあたしみたいに痒くなっちゃうよ?」


 俺はプレシャさんが突き刺した雌株に近づき、調べてみる。茎の部分――維管束が異常に発達して、触手のような動きを可能にするように変化しているが、これは俺の知っている植物だ。


「この葉の形は……やっぱりそうだ。この魔物は、イラクサと呼ばれるものが変化したものです。魔物のように変化しているが、元は植物だった。薬草として使われることもあります」

「や、薬草……? こんな毒々しい色で、毒もあるのに?」

「使い方次第で、毒にも薬にもなります。イラクサは、動物から食害を受けることが多い地方では、茎に棘が生えることがある。巻きついた部分を傷つけてしまったのは、その棘にあたります」

「……生き物のように動くから、誰も正体に気づかなかったんですのね。燃やしてしまったら、ますます元は何だったのか分からなくなってしまいますわ」


 燃え残った残骸でも、俺が見れば植物であると分かっただろう。動物とは、組織が全く異なるのだから。


 俺は動かなくなった雌株に触れる。まだ息は残っているが、抵抗の意志はない――それどころか、弱々しく伝わってくる意識は。


(……神域を放棄した人間に、裁きを与える……か。さっきの男性の話、何かの神が祀られているってことだったが……)


 この灰色の土による侵蝕を止める手がかりは、やはりあの森にある。


 放棄されたということは、昔は人間との関わりがあったということだ。それを失って、祀られていた存在が怒り、罰として魔物を生み出しているとしたら。


(その魔物も、何体も差し向けてくるわけじゃない。あの森にいる存在は、すでに相当弱っているんだ)


「……済まなかった。できるなら、もう仲間を俺たちに差し向けないでくれ。そうすれば、戦わずに済む」


 語りかけても、返事はない。ただ、その植物の毒々しい色彩が、元々のものなのだろう、緑色に変わっていく。


「本当に……もとは、普通の草だったんだ……」

「……まるで、植物に語りかけて、言い聞かせているようですわ。グラス先生、あなたは一体……」

「俺は、植物の精霊使いです。今日、ここに来られて良かった……俺が植物の精霊と契約したのは、ここに来るためでもあったんだと思います」


 人を憎しみ、苦しめるために、魔物を生み出し、灰色の地を侵蝕させた――そんな考えは、もう俺には無くなっていた。


 あの森にいる存在は弱っていて、助けを求めている。人だけでなく、植物に宿るもの――精霊を癒やすことも、『精霊医』の役目だ。


「まだ、俺たちを敵視する植物もいるかもしれない。火矢は確かに有効ですが、戦闘になってもできれば使わずにおいてください」

「……わかりましたわ。植物の気持ちを考えたら、確かに燃やされたら苦しいし、憎しみも強まりますものね」

「槍で刺されても、それは痛いよね……魔物だと思って思い切り突いちゃったけど」

「そうしなければ、私たち全員が拘束されてしまっていました。先ほどの戦闘は、避けては通れなかったと思います」


 プレシャさんとディーテさんがいてくれなかったら、対話などできずに捕縛され、何も分からないままに終わっていたかもしれない。


 しかし、可能ならこれ以上の戦いは避けたい。それができるかどうかは、俺がこれから遭遇する魔物――植物たちと、どう対話するか次第だ。


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