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第一話 不遇精霊使いたち

 シルヴァーナ魔法学院において、生徒は皆、助手などの学院職員にならない限りは二十歳までに他の職を見つけて、自主的に出ていかないといけない。


 他の学校における卒業式という催しは、この学院には存在しない。『選霊の儀』を終えると生徒たちがどんどんスカウトを受けて抜けていくので、クラス全員で集まるという機会も、気がつけば無くなっている。


 十五歳で『選霊の儀』を受けてから、二十歳までの五年間。与えられた時間は一般的な生徒なら十分だが、外れの精霊を引いてしまった生徒は、まず普通にやっていたら、スカウトされて職を得られるということはない。


 元素精霊の使い手は即戦力として軍事利用できるし、魔法士の絶対数が少ないので、あらゆる方面に引っ張りだこだ。


 学院における二百年の歴史が導き出した、どの精霊が優秀で、どの精霊が劣っているかという査定を、簡単に覆すことはできない。


 俺は最初『草』の精霊と契約したのだと思ったが、正確には『植物の精霊』だった。契約したときから俺は草の声が聞こえるようになり、樹木とも話せるようになった。しかし声が聴こえるというのは因果なもので、道端に咲いている花が、人に踏まれそうで助けを求めていたりすると、どうにも放っておけなくなったりする。


 今日も今日とて、俺は学院の中庭を歩いて、植物の声を聞いて回っているのだった。


 中庭の主といえる大樹に宿る精霊は、この学院が始まったときから植えられている、いわば長老のような存在だ。俺が近づくと、枝をかすかに揺らして挨拶をしてくれる。


「じっちゃん、昨日より元気になったな。また枝が増え過ぎたら言ってくれ、散髪してやるから」


 枝を切ることを普通なら剪定と言うのだろうが、俺は木と話すことができるようになってから、彼らを生き物と同じように見るようになった。だから、『散髪』だ。


『すまんのう、グラス。わしらは自分で枝を切ることができんから、重くなりすぎたらまた頼むよ。こんな礼しかできんが、喜んでもらえるかの』


「俺がやりたくてやってるんだから、礼はいい……と言っても、くれるんだよな」


『ほっほっ、わしもグラスにお礼がしたいからするのじゃよ』


 長老は少し前まで、枝が重くなりすぎて幹に負担がかかり、かなり弱ってしまっていた。学院の誰も、『枝が広がり、その重みで木が弱っている』という発想に至らなかったのだ。


 俺もその枝ぶりが見事だと思っていたし、枯れてしまうのは寿命だから仕方がないと思っていた。植物の精霊と話せるようになって、俺の認識は大きく変わった――植物だって、いろいろなことを考えて生きているし、調子がいいときも、体調を崩すこともある。


 長老は『無花果』の樹木で、今の季節はまだ実が大きくなっていないのだが、俺のために二つだけ成熟を早めて、枝から落としてくれた。


「ありがとう。そうやって実を作ると、身体に負担がかかったりはしないか」


『これくらいはどうということはない。もともと魔法学院の土壌は、他の土地よりは魔力が多く含まれているのじゃよ。消耗した力は、また土から吸い上げればよい』


 そういうことができるのは、長老が長く生きた精霊だからということもあるだろう。


 俺は果実を掲げてもう一度感謝を示すと、また来ると挨拶して、すぐ近くにある中庭の休憩所に向かった。


 ここから見る長閑のどかな光景が、俺は『選霊の儀』を迎える前から好きだった。それが植物の精霊に選ばれた理由の一つだったとしても、俺は自然の中で過ごすのが好きだし、木々を眺めながら食事を取ったりするのは何よりの楽しみだと思っている。だから、ヘンドリック先生や他の教師たちにどう扱われようと、心が折れたりはしない。


(宮廷魔法士の夢は事実上、絶たれてしまったが。他の職で実績を積めば、絶対に無理ではないかもしれない。そう思いたい)


 俺は二年前から宮廷魔法士の試験を受けるために願書を出しているが、精霊の系統を見られただけで落とされている。他の生徒と一緒に授業を受けられない分、座学の勉強に使う時間は余るほどあるので、受験者の平均点は上回っているはずなのに。


 腐っていてもしょうがない。俺は休憩所の木製の椅子に座り、テーブルの上に布を広げて、その上に無花果を二つ乗せた。


「……グラス兄、やっぱりここにいた」

「お、レスリー。長老が果物をくれたぞ。すごく美味しそうだ」


 無花果の果汁はかぶれやすいというが、果実の状態は植物との関係性によって変化する。親しくなるほどに果実は甘く、毒性のある成分が消えたり、あるいは用途に応じて強められることもある。


 長老がくれる果実は普通の無花果ではなく、果汁が肌に刺激を与えることがない。これを誰かに言うと『そんなことがあるわけがない』と言われ、信じてもらえない――俺にとっては、有毒とされる植物ですら、対話次第で毒を無くすことができるというのに。

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