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第二十七話 魔物の正体

「あの森に近づくなんて、とんでもない。あそこに、人が行ってはいけないんですよ。遅かれ早かれ、私たちはこの土地を去らなくてはならなかった。それだけの……」

「……すみません、お気持ちはお察しします。でも、少しだけ待ってもらえませんか。灰色の土が侵蝕する速度がどれくらいか分かりませんが、まだ数日は余裕があると思います。その数日で、食い止めてみせますから」

「食い止めるったって……騎士団の方でも、あの魔物を根絶やしにすることはできないんです。最近は魔物が出る度に、灰色の土地は急速に広がってる。今は止まってるように見えますが、あと一度か二度魔物が出たら、私の管理する畑はもうおしまいですよ」


 そんな状況でも、今までこの地に留まってくれていた。そこまで耐えてあと数日待ってくれというのは、無理を言っていると分かっている。


 しかし、この侵蝕の根源があの森だと分かっているのに手を出せない、その状況さえ打破することができれば、きっと良い方向に行く。


「……プレシャさん、ディーテさん。これ以上先に進むのは……」

「危険だから、私たちに帰れとか言わないでよね。確かにあたしたちは隊長だし、ジルコニアと戦うことも大事だよ。でも、ここを放っておいたらどこまで被害が広がるか分からないし、要塞の周りにまで魔物が出るようになったら、それこそ大惨事だよ」

「絶対に無いとは言えませんものね。一つ有効な手がかりがあるとしたら、炎に弱いということでしょうか。せっかくの作物に被害が出ないように、気をつける必要はありますが……」


 ディーテさんも、帰還するという選択は無いというかのように話を進める。


「荷物をまとめて出ていこうとしているところ、大変申し訳無いのですけれど、燃やすものはあるかしら? 火矢を使いたいので」

「は、はい……本当に、あの森に向かわれるのですか? いくら騎士団の方々といえど、あまりにも危険です。どうか、ご無理はなさらず……」

「全く手も足も出ないのなら、そこは撤退を考えますが。近づきもしないで諦めるというのは、騎士の名折れですわ」


 ディーテさんの答えに、男性はそれ以上何かを言うことはなかった。彼も決して、ここから離れることを喜んではいないのだ。


 この農家だけでなく、長く続いている農家の人々は他にも多くいて、彼らも同じように住み慣れた土地を離れる決断を強いられているだろう。


(あの森で、一体何が起きてるんだ……? いや、あれは普通の森じゃない。灰色の土地でも生育する、奇妙な植物の森……それでも、植物は植物だ)


 火矢を作るための燃料になるものがあれば、俺が針の消毒などに使うマッチが使える。西方でも普及しているか聞いてみたが、街に行けば買えるとのことだった――今回の問題が解決したら、ラクエルさんに一度街に行く許可を貰いたい。


「さて……みんな、準備はいい? ここからはいつ魔物が出るか分からないから、歩いて行くよ。馬もその魔物には弱いっていう話だから」

「では、こちらでお預かりしています。騎士様方、くれぐれもお気をつけて……」


 男性は俺たちのために、無事を祈ってくれる。俺たちは徒歩で進み、土地が灰色に変わり始めるところに差し掛かると、より慎重に歩を進めた。


 ――森までは、まだ遠い。しかし俺たちの行く手を阻むように、地鳴りのような音がし始め――前方の土がボコボコと縦横無尽に盛り上がったかと思うと。


 いくつもの地点から同時に何かが土を破って飛び出してくる。曇天の空へと向かってどこまでも飛び出していく――それは、悪夢じみた光景だった。


「っ……大きい……こんな魔物が、何体も同時に現れるなんて……っ」

「ミミズの化け物……? どっちにせよ、やるしかない……っ、はぁぁっ!」


 プレシャさんは果敢に槍を振りかざし、空中から蛇のような動きで襲い掛かってくる魔物に立ち向かっていく。


 確かに、こんな色をして、生き物のように動いていたら、誰もが勘違いをするだろう。敵は、『動物』なのだと。


(違う……これは、ミミズでも、まして蛇でもない。人を襲うように変化した、植物だ……!)


「くっ……何なの、全然手応えが……っ、きゃぁぁっ……!」

「――プレシャさんっ!」

「プレシャ……っ、駄目、これではあの子に当たってしまう……っ」


 足元から現れた魔物に足を絡め取られ、プレシャさんは宙吊りにされてしまう――このままでは、地面に叩きつけられることもありうる。


「放せっ……この……ディーテさんっ、撃って! あたしのことはいいから!」

「――ディーテ様、危ないっ!」

「くぅっ……!」


 次々に魔物が地面から飛び出してくる――レンドルさんがディーテさんを突き飛ばし、辛うじて捕縛を逃れる――その間にも、プレシャさんに二体目、三体目の魔物が絡みつき、その自由を完全に奪っていく。


(やはり、蔦のような植物だ……それが、意志を持っている。それなら、あの蔦を攻撃しても意味がない。狙うべき場所は、他にある)


 相手が魔物であっても、植物ならば『声』は聞こえる。その声が、どこから聞こえてくるのか。


 耳を済ませ、集中する。その間にも、次々に地面を砕いて、灰色の土を巻き上げながら、魔物が俺たちに襲い掛かってくる。


 ――神域を放棄した人間たちに、罰を。神樹の名において、裁きを与える。


(聞こえた……っ、あれが、本体だ……!)


「ディーテさん、奥の魔物だ! あれの根本の辺りを狙ってくれ!」

「っ……そこに何かあるんですのね……っ、信じますわよ……!」


 敵の攻撃を避けながら、ディーテさんが弓に矢を番え、引き絞り――そして、放つ。


「――プレシャを離しなさい、愚物っ!」


 駆け抜けた矢が、他のものと違ってほとんど動いていない、紫色の蔦を射抜く――すると。


「締め付けが、緩んだっ……!」


 地面に降り立ったプレシャさんが駆ける。まさに、獲物を捉える肉食獣のような速度で、ディーテさんの矢が刺さった魔物めがけて、渾身の突きを繰り出す。


「――やぁぁぁぁぁっ!」


 最後は跳躍し、地面に突き立てるように槍を繰り出す――すると、俺の耳には、先程の声の主が上げる断末魔が聞こえた。


「……はぁっ、はぁっ……凄い……グラス先生の言う通りにしたら、勝てた……」

「プレシャさん、見事です……で、でも、振り返るのは少し待ってください!」

「え……?」


 蔦に吊り上げられ、拘束されているうちに、はずみでそうなったのか――プレシャさんの鎧が外れ、下に着ていた鎧下も、大きく破れてしまっている。


「……捕まらなくて本当に良かったですわ」

「そ、そのようなことを言っている場合では……このままでは、プレシャ様の心に傷が残ってしまいます」

「うぅ……な、何か変だと思ったら……肌にもこすれてひりひりするし、もう最悪……っ」


 この場合、治療にあたるのはもちろん俺なのだろうか――あの魔物の表面がザラザラとしていたからか、プレシャさんは全身に擦り傷を負ってしまったようだが。何とか撃退できたことを喜んでいる場合でもなくなってしまった。

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