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第二十六話 灰色の地

 要塞から南の方角に向かうと小麦畑が広がっている。魔物によって深刻な被害を受けている農村は、この畑の間を抜ける道を、さらに進んだ先にあるそうだった。


 道がある程度整備されているので、移動には馬車を使った。プレシャさんの部下が御者をしてくれていて、隊長二人はそれぞれの馬に乗っている。


 客車の窓から、並んで進んでいるディーテさんが見える。彼女は目的地が近づくと、こちらが何も聞かなくても説明を始めてくれた。


「この辺り一帯の農村は、この地方を治めていた豪族によって自治されています。我が王国に初めは敵対していましたが、アイルローズ要塞ができてからはさほど抵抗することなく恭順しました」

「あの要塞を見れば、簡単に挑もうという気にはなれないでしょうね……」

「それもありますが、ジルコニアの脅威が運河の向こうまで迫っていたからです。農民が武装しただけの民兵では、訓練された騎士には抵抗できない。それを分かっていて、王国軍の庇護下に入ったのです」


 豪族が恐れたジルコニアの兵士を、事実として騎士団は撃退し続けている。しかしこの農村で食糧の生産量が落ちているのならば、窮乏した豪族が寝返りを考えるということもありうる――と考えていると。


「アスティナ様が要塞の守将となってから、民の騎士団に対する感情は良くなっています。ジルコニアに対してだけでなく、領民を魔物や山賊から守ることも行っているからでしょう。しかし農地を駄目にする魔物を放置しておけば、徐々に民の感情は悪化してしまいます。この辺りで生産される食糧は、西方領全体に出荷されていますから」

「……何とかしたいですね。いや、何とかしないと、騎士団全体を疲弊させることになる。穀物や野菜の生産量が落ちるということは、牧畜にも影響しますし。肉を多く摂るのが難しければ、豆類を摂れるといいんですが」

「豆の類の畑も被害を受けています。この先で生産していたのですが、今は……」


 ディーテさんが何かに気付いたように、前方を見つめる。


「何ですの、あれは……前は、あれほど酷くはなかったはずですわ……っ」

「みんな、見て! 向こうの方の土地の色が、変わっちゃってる……!」 


(……地面の色が灰色に……本来の土の色とは、全く変わってしまっている)


 窓から外を見て、その光景に言葉を失う。小麦畑が広がっている先に境目ができて、その向こう側の土地が灰色に変わっているのだ。


 馬も異常を感じているのか、進みが遅くなっている。そして前方にある、この辺りの畑を管理しているのだろう民家から、馬に乗って人が出てきた。


「おお、騎士団の方々ですか……来ていただけたのは嬉しいのですが、この土地はもう駄目です。収穫を前にして、全てが枯れ落ちてしまうでしょう」

「そんな……どうして、こんなことになってるの? 魔物が出ているだけじゃなかったの?」


 プレシャさんの質問に、男性も困惑した様子で、後方に広がる灰色の土地――そして、そのさらに向こうにある森を指差した。


「確かに、最初は魔物が出るだけでした。炎に弱く、焼き払えば一時的な処置にはなった……騎士団の方にも、それについては何度かご協力をいただきました。しかし、数ヶ月前から、あの森の周辺の土地が灰色に染まり、正常に作物が育たなくなったのです」

「そんな……魔物を倒せば、元に戻るんじゃないの? 作物が育たないんじゃ、いくら魔物を退治しても意味がないよ……」


 ラクエルさんも報告を受けて、ある程度は把握していただろう。原因不明の、土地の汚染――いや、これは『侵蝕』だ。


 俺は馬車を降り、周辺の植物の声に耳を傾けた。長老から聞こえる声のようにはっきりしておらず、灰色に変わっていないこの辺りの作物も、弱りきってしまっている。


(……風が……あの、森から流れてくる。なんだ、この感じは……)


「……グラス先生?」

「グラス様、いかがなさいましたか?」


 ――遠くに見える、灰色の森。それを見ているうちに、俺は自分の目に映っている現実の風景とは、まるで違うものを想起していた。


 陽の差しこんだ森の中。光を浴びてこちらを見ている、一人の少女。


 その少女の唇が動く。しかし、声は聞こえない――当然だ、俺は幻を見ているのだから。


 精霊と契約したときに見た、あの風景。しかしそれは、急速に色あせ、灰色に変わっていく。


「……あそこに、いるのか。俺は……あの場所の幻影を見ていたのか……」

「せ、先生っ……しっかりしてよ、幻影って何のこと?」

「あ、ああ。すみません、あの森が気になって。あの森には、何があるんですか?」


 農家の男性に聞いてみると、彼も首をひねりながら言う。


「あの森のどこかに、先祖の代に、何かの神様を祀っていた場所があるらしいんですが。人が近づかなくなって……私も生まれてこの方、中に入ったことはありません。『呪われる』との噂もあるくらいで……」

「……呪い、ですか。それを言うなら、土地が枯れ落ちることの方が、よほど恐ろしいことだと思えますが……」


 魔物が出る原因があの森にあるというのは、誰しもが想像することだろう。この土地が灰色になる現象は、あの森から広がっているのだから。

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