第二十五話 視察隊
朝食を終えたあと、要塞の一階でラクエルさんが各部隊長を集めて朝礼をしているというので、様子を見に行った。
「第一攻撃隊は、本日は要塞周辺の警戒を行う。第二隊は私の指導で調練をする。第三隊は、本日は待機とする。要塞からの外出は許可するが、重要な要件でない限りは許可しない。勘違いするな、休養日ではないのだからな。自分のできることを探して功績を上げた者には、相応の評価をする」
「「「了解しました、騎士長殿!!」」」
この騎士団においては、胸に手を当てて天を仰ぐというのが、目上の相手に対する敬意の表し方らしい。
ラクエルさんは続けて他の隊に申し送りをしていく。攻撃隊は三つで、射手隊は二つ。プレシャさんは第三隊の隊長なので、今日は待機ということらしい。
総勢で十五名の隊長たちが解散したあと、俺はラクエルさんが執務室に戻る前に、意を決して呼び止めた。
「ラクエル騎士長。グラス・ウィード、出頭しました」
ラクエルさんはゆっくりと振り向く――その切れ長の瞳で見られると、やはり全身に緊張が走る。
「……出頭などと、あえて軍らしい言葉を使わずともいいのだがな」
「はっ……ただの医師ではなく、軍医ですから。俺も軍人であるという気持ちで、任務を果たしたいと思っています」
「ディーテやケイティから報告は受けた。昨夜の敵襲では、良く働いたと……まだ来たばかりなのだから、まずは慣れることだ。私から指示することは、今のところはない」
昨日は指示を聞きにくるように言ったのに、何も無いとは――と、憤るところでもない。昨夜のことを聞いて、配慮してくれているのかもしれないからだ。
「……捕虜については、尋問できるようになるまでは時間がかかる。話を聞く限り、おまえの魔法は尋問というより、敵に言うことを全面的に聞かせられるというものらしいな。あのアルラウネという少女は、そんな力を持っていたのか」
「はい……俺も、そんなふうに利用することは想定してませんでしたが。これからも必要なときは、アルラウネの力を借りたいと思っています」
「それ自体は、私も咎めはしないし、むしろ貢献に感謝すると言うべきだろう。おまえが、その催眠魔法を悪用しなければだが」
「ラクエル騎士長、グラス様がそんなことをするようにお見えになりますか?」
疑われても仕方がないとは思うが、レンドルさんの言う通り、俺は決してそんなことはしない。
「……そうだな。牧場主の治療に臨んだときのおまえは、ただ熱心で実直だった。昨夜もそうだったのだろう……ケイティとディーテは、おまえのことを話すとき、良い表情をしていた。あの男勝りなプレシャも、おまえのことを認めているどころか、敬意を抱いているようだ」
「それでは、なぜグラス様を疑うようなことを……?」
「それは……あまりにも、できすぎているからだ。これほどの速さで人心を掌握するなど、指揮官候補生として教育を受けた軍人でもありえない。客観的に見れば、異常なことだ」
確かに、これまでは精霊魔法を上手く活かすことができて、全てが噛み合ってきた。
しかし、俺一人で切り抜けてきたわけじゃない。騎士団の皆の力があってこそで、レンドルさんも居てくれたからこそだ。
「俺は、この騎士団のために……いや。元は、アスティナ殿下に仕える宮廷魔法士として、ここに来ました。俺の契約した精霊は、魔法学院では誰も認めてくれないものだった。でも俺は、それを人のために活かしたかった。医者になれば、それができると思ったんです」
俺の話を、ラクエルさんは黙して聞いていた。目を逸らしたら、信頼など得られない――俺に後ろめたいことなどないのだから、逸らすことはない。
やがてラクエルさんは小さく息をつく。そして、俺の後方に視線を送った。
「プレシャ、何を見ている。第三隊は、待機と言ったはずだが」
「っ……ラ、ラクエル姉。あたしの話し方が悪かったのかもしれないけど、グラス先生に疑いをかけるなんて、ラクエル姉らしくないよ。皆が頑張ったらちゃんと評価してくれて、いつも公平に見ててくれるのに……」
プレシャさんが、俺たちのことを心配して見ていてくれたようだ――彼女は俺と目が合うと顔を赤らめつつも、ラクエルさんに訴え続ける。
「あたしはグラス先生を信用する。これからも力を貸してほしいからっていうだけじゃない。先生がいたら、この騎士団はもっと良くなる……」
「……そうかもしれん」
「……え?」
プレシャさんの言葉を、ラクエルさんが肯定する。聞き間違いかと思ったが、彼女に確認する前に、俺には提案すべきことがあった。
「ラクエル騎士長、特に指示がないということなら、俺自身で今日の任務について提案させてもらってもいいでしょうか」
「グラス先生、何かしたいことがあるの?」
「この要塞は、今深刻な食糧難にあります。それは、夕食と朝食の内容を見てよくわかりました。このまま慢性的に食事の内容が単調になると、様々な支障が出てきます」
「……付近の農家から、魔物退治の要請は受けている。しかし、あの魔物は、容易に根絶させられるものではない。そして一度出現すれば、その畑は使い物にならなくなる。騎士団員であっても、容易に倒せない強さだ……それでは、兵を出すことも難しい」
敵はジルコニアだけではない。それに並ぶほどの脅威――畑を蝕む強力な魔物が、この騎士団を苦しめている。
――しかし、畑が使い物にならなくなるということに関しては、俺なら対策が打てるかもしれない。畑の作物もまた植物で、植物と土壌には密接な関係がある。
「ラクエル騎士長、お願いします。魔物に襲われた畑の視察に行かせてもらえませんか」
「……駄目だ。みすみす、来たばかりの軍医を危険にさらすわけには……」
「それなら、あたしも一緒に行く! 待機中なんだから、領内の問題を解決するために動くのは禁止されてないよね」
「何を言っている、おまえには部下もいるのだぞ。隊長だけが一人で出向くなど……」
「では、私も同行させていただきますわ。プレシャさんのお目付けができるのは、隊長以上の者だけ……私も昨夜守備に就いていましたから、待機命令が出ていますの」
ディーテさんも同行してくれる――隊長格の二人が一緒なら、確かに心強い。しかし、本当にいいのかという気持ちもある。
そんな俺に向けて、ディーテさんは片目をぱちりと瞑ってみせる。
「ラクエル騎士長、他の幹部には食事の制限をしないで、貴女とアスティナ殿下だけが下級兵卒と同じ食事をしているというのは、なかなか胸が痛むものがありますのよ。気づかないと思って、そんな優しい配慮をしないでくださいませ」
「えっ……そうだったの? あたしも、隊のみんなに、果物が出たときは分けてたけど……ラクエル姉、食事は身体の源だって言ってたのに、自分が不養生してるなんて」
「……中央からの食糧の供給は遅れているが、いずれ解消する。それまで要塞全体で食糧を節減するのだから、私もそうであるべきだ」
それでは、重装騎兵であるラクエルさんの身体を維持することはできない。栄養だけの問題ではなく、彼女は身体に負担をかけすぎていて、そのケアが十分ではない。
「医薬品の備蓄が少ないので、その解消をするためにも、食糧難の問題は解決しないといけません。いたずらに危険を冒すことはしないと誓います……どうか、俺を視察に行かせてください」
改めて頭を下げる。俺の横で、レンドルさんも倣ってくれた。
「……分かった。解決が難しいとはいえ、放置しておくのは騎士団の存在意義にも関わる。人々を守ってこそ、我らは騎士でいられるのだから」
「ラクエル姉……っ」
「さすが騎士長……最後には聞いてくださいますわね。だから私、貴女のことが好きですわ」
ディーテさんの言葉に、ラクエルさんは目を閉じて嘆息する。それは俺に向けられたものでもあるようだった。
「日没までには戻ること。危険であると判断したら、魔物には手を出さないこと。それだけは約束して行くがいい」
『はい!』
俺たちの返事が揃う。プレシャさんとディーテさんは、顔を見合わせて笑っていた。
今回の視察で、食糧難を解決する糸口を掴みたい。食事は栄養状態だけでなく、騎士団員の士気に直結する問題だ――何としても、領内の食糧生産力を回復しなければ。




