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第二十四話 人望

 ディーテさんの部隊と共に戻ってきたあと、捕虜の矢を抜く手術を行った。


 創傷の内部まで薬液を送り込んで消毒し、縫合する。矢は足に当たっていたが、神経や太い血管はそれており、重傷ではあるが生命に関わるものではなかった。


 外科手術の訓練は行っていたが、ここまで本格的な手術をするのは初めてだった。縫合を終え、傷の保護を行ったあともしばらく呆然としてしまい、ケイティさんが声をかけてくれてようやく我に返ることができた。


「お疲れ様でした、グラス先生。見事な手術でした……あんなに綺麗な縫い目を、今まで見たことがありません」


 俺が使っている糸は、植物性の繊維でできている。そのため、縫合に関しては糸を正確に制御できるので、思い通りに縫合できる。


「成功して良かったです。しばらくは、注意して容態を見る必要がありますが。もし痛みが出るようだったら、すぐ俺を呼んでください」


 今は失血もあって気絶したままだが、いずれ意識は戻るだろう。しかし、脱走を試みるなんてことにならないように監視が必要になる。


「ケイティさんも、助手をしてくれてありがとうございました」

「いえいえ……私なんて、見ていることしかできなくて。グラス先生が持っていらした道具が何に使うものか、名前を聞いても分からないくらいで……お恥ずかしい限りです」


 衛生兵が教わるのは、本来応急処置のための知識なので、医師の使う手術道具の名前が分からなくても、それは仕方がない。


 しかしケイティさんは覚えが早いし、他の衛生兵も手術の手順を見て覚えてくれれば、この騎士団の医療技術は全体に底上げされるだろう。


「じゃあそろそろ、部屋に戻って休みます。また明日、よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ。おやすみなさい、グラス先生」


 長い一日が終わろうとしている――いや、もう日が変わっているか。


 立て続けに魔法を使っているからか、いつ意識が落ちてもおかしくない。何とか、居館まで無事に辿り着かなくては……。


   ◆◇◆


 自室に戻った後のことはよく覚えていない。レンドルさんに出迎えられ、何とか着替えをして自室のベッドに転がり、次に目を覚ますと、窓から見える空が白んでいた。


 朝食も人数が多いため、時間を厳守して食堂に行かなくてはならない。顔を洗って着替えたあと、俺はレンドルさんと一緒に、今日はパンと葉野菜のスープを摂った。オートミールも選べるのだが、どちらかといえば温かいものを摂りたい気分だ。


「ねえ、昨日……凄かったんだって……」

「男の人が来るなんて……うちの軍も、方針が……」

「いいんじゃない? 優しそうだし、あの先生に診てもらえるんだったら……」


 あからさまに噂話をされている――衛生棟のみならず、他の部隊の人たちにも。昨日、ディーテさんの射手隊と一緒に行動したからだろうか。


「…………」

「レ、レンドルさん。頼む、義姉さんには言わずにおいてくれ」

「い、いえ……特に、何か苦言を呈したいわけではないのですが。グラス様には、これほど広く女性に好意を持たれるのだなと、新鮮な驚きを感じておりました」

「その言い方は微妙に酷くないか……? まあ、狭い範囲でも、好意ってほどのものは持たれてないけどな」

「……そうなのですか?」

「そ、そうだが?」


 何だろう、このぎこちないやり取りは。レンドルさんから見ると、俺は誰かに好意を持たれていて、気づいていないとでも言うのだろうか。


「ケイティ様もおっしゃられていたように、グラス様は一夜にして衛生隊の人望を獲得しました。それができるということは、他の方々も、そうなりうるということです」

「そうかな……そうだといいな」


 目下、俺にとっては一番の課題となっているのは、ラクエルさんからの信頼を得ることだ。


 彼女の指示を受け、それを遂行しているうちに、信頼が積み重なればいいのだが。それだけでは、魔法嫌いの彼女の考えを変えることはできない気もする。


「何にせよ、やれることを一つずつやっていくだけだ。今日もよろしく、レンドルさん」

「よろしくお願いいたします、グラス様」


 話が一段落して、あとは食事に集中する。しかし一挙手一投足を他の兵士たちに見られている――若い人から、母親のような人まで。この首都の演劇役者のような注目度だけは、何とか改善させてもらわなくてはいけない。


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