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第二十一話 緑の癒やし

 寝室でしばらく仮眠を取ったあと、気がつくと窓から夕日が差し込んでいた。


 レンドルさんに起こされ、食堂に向かう。下級兵卒は数が多いので、百人ごとに入れ替わりで食事をすることになっている。


 衛生兵たちのテーブルに加えてもらい、彼女たちの作法にならって食事を摂る。皮が堅く水分の少ないパンと、燻製肉の細切れと野菜が少し入っているスープが出た。山羊乳のチーズも一欠片ついてきて、飲み物は葡萄酒か水を選ぶことができる。


 首都では主食、主菜、副菜が毎食出ていたので、それほど栄養の偏りを気にすることは無かったのだが――軍医としてこの状況は、芳しくないと判断せざるを得なかった。


 食事が終わったあと、衛生棟に足を運び、まだ仕事をしていると言うケイティさんに話をしに行く。


「お疲れさまです、グラス先生。やはり、食事のことでしょうか……?」

「ええ……そうですね。少し相談させてもらってもいいですか?」


 ケイティさんは夕食を持ってきて摂ることを許可されているとのことで、まだ少ししか手をつけていない夕食の載ったトレイがテーブルに置かれていた。


「今は、明日の看護の予定表を作っていたところです。一日ごとに状況は変わりますから、どこに誰を配置するかを決めないと。状態によっては、一人で担当すると大変な患者もいますし……」

「その、大変というのは……すみません、良ければ教えてもらえますか」


 さっきまで見ていた診察記録にも、必ず書き込まれていた――精神状態についての所見。


 身体的な負傷よりも、精神的な症状の方が対応が難しいこともある。俺も多くの患者を見たことがあるわけじゃないが、治療経過を見せてもらったことがあった。


 必要なのは、『癒やし』と、精神に影響を及ぼす身体的要因の改善。今まさに相談しようとしているが、毎日の食事による栄養状態も非常に重要だ。


「大変という言い方もいけませんが、精神的な後遺症がある患者さんについては、対応に苦慮しています。ここが要塞であり、敵にとって目に見える私たちの拠点である以上は、夜半にも敵は攻めてきます……ですが、それを知らせる鐘が鳴ると、怯えてしまう患者さんもいて……」

「……恐慌を起こしてしまう恐れがある、ということですか。分かりました。そういった症状の緊急対応については、俺も経験があります」

「っ……ほ、本当ですか?」


 衛生隊長として心がけていることなのだろうが、ずっと落ち着いた様子を見せて、穏やかな微笑みを浮かべていたケイティさんが、初めて動揺を顔に出した。


「まず、外的な要因で患者さんが暴れてしまったり、怯えてしまったりするときのために、鎮静する方法は常に用意しておくべきです。これも、使用する薬などは、症状に応じて的確なものを選ばないといけません。傷の痛みを和らげる鎮痛剤なども鎮静効果はありますが、それだけに頼ると、鎮痛剤の依存を起こすこともありますから」

「ああ……なんてこと。私たちはそこまで考えて、傷病者を看られていませんでした……怯えている患者さんのことも、ただ励ますことしか……」

「それもとても大事で、必要なことです。ですが症状によっては、町での療養を考えた方がいいでしょう。要塞の中で全て完結することにこだわる必要は……」


 ――そこまで話したところで。


 甲高い鐘の音が響いてくる。そして、衛生棟の中がにわかに騒がしくなり始めた。


(これは……アスティナ殿下の言っていた、ジルコニア兵の工作……?)


「こんな時に敵襲なんて……すみませんグラス先生、警戒態勢に入ります。患者さんを落ち着かせる必要がありますので、相談は後日に……」

「俺にも協力させてください。大丈夫です、患者を混乱させるようなことはしません」

「ケイティ隊長! 衛生棟の扉を閉めてください、一人逃げ出して……きゃぁっ!」


 衛生兵を突き飛ばして、一人の患者がこちらに走ってくる。


 身体のあちこちに包帯を巻いて、まだ怪我も癒えていないというのに――敵がやってくる、その恐ろしさに耐えかねて、自分にとって安全な場所へ逃れようとしているのだ。


「どいて……っ、私は、お父さんとお母さんのところに……っ、いやっ、離してっ!」


 混乱した患者は、驚くほどの力を発揮することがある。それは戦場でなくても同じで、医者や看護に携わる人は、患者と揉み合って負傷することも少なくはない。


「くっ……!」


 何とか患者を受け止める。どの部隊の兵士か分からないが、凄い力だ――相手次第では、こんなふうに引き止めることすらできないかもしれない。


 しかし触れた瞬間に、俺は彼女がどんな状態にあるのかを知る。彼女の恐慌を鎮めるために必要なものは――俺が学院で育て、ここまで運んできて、持ち歩いている薬草の一つだった。


(緑なす草よ、その癒しの力を我に受け渡せ……『緑の癒し(グリーン・ヒール)』……!)


「せ、先生……っ、一体何を……」


 鎮静効果のある薬草――俺はその薬効を魔力に変換して引き出し、患者に送り込むことができる。


 物質としての鎮静剤は、血中に入って効果を発現するまで時間がかかる。しかし『緑の癒し』ならば、送り込んだその場で効果が現れる。どんな薬効も魔力に変換できるわけではないが、鎮静成分は比較的変換しやすい。


「……っ」


 腕の中で暴れていた患者の身体から、強張りが取れていく。俺の腕を掴む手からも力が抜けた。


「よし……効いてきた。ケイティさん、他の患者さんも診させてもらっていいですか。俺の力でも、役に立てそうです」

「は、はいっ……グラス先生、お願いします……!」

「レンドルさん、この患者さんが落ち着いたら、この草をすり潰して内服させてくれ。一度激しく興奮してるから、悪心なんかが起こりやすい……それを抑える必要がある」

「かしこまりました」


 やはり助手をしてくれる人がいると非常に助かる。ケイティさんも俺の指示に従ってくれる――今のことで認められたならそれは僥倖だが、今は何より患者のことが優先だ。


 二階の病室に上がると、そこではベッドの上で震えている患者、部屋の隅で頭を抱えている患者――戦場の恐怖が蘇ってしまうとどうなるのかを、ありありと見せつけられる。


 患者を安心させること、それが今の俺の役割だ。ディーテさんたちが敵を撃退してくれると信じて、俺は一人ずつの容態を見て回り、励ましの声をかけ続けた。


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