プロローグ・2 はずれの精霊
「――グラス君、大丈夫か。グラス君!」
ヘンドリック先生の声が聞こえて我に返ると、俺はレスリーともう一人によって、両脇を抱えられ、支えられていた。
「すみません、大丈夫です。少し、意識が遠のいてしまって」
「契約をするときは、よく起こることだ。無事ならば、教師の私に謝ることはない」
いつも堅物と言われていて、石頭とまで揶揄されるヘンドリック先生の態度は、先程までと打って変わって、どこか柔らかいものになっていた。
いや――そうじゃない。先生が俺を見る、その瞳にある感情は。
「……人は精霊を選ぶことができない。どれだけ研鑽を積み重ねても、それに必ず答えてはくれない。それは、君の責任ではない」
ヘンドリック先生が俺に対してどんな感情を抱いているかだけは、すぐに理解できた。
俺は、同情されているのだ。なぜそうなるのか――それは、はずれを引いたから。
「君の昔からの目標が何であるかは、私も担任から聞いて知っている。その道が事実、閉ざされたとしても、それで終わりというわけではない。私たちは教育者として、君の進路をともに模索していく。以上だ」
先生が部屋を出ていく。もう一人の生徒も出ていって、後に残ったレスリーも、俺の横を通り過ぎていこうとする。
しかし彼女は俺の横で立ち止まると、力のない小さな声で言った。
「……私も三年後に『はずれ』を引くかもしれない。そのときは、好きなだけ私を叱っていいから……」
さっきははずれを引くところを見たいと言っていたのに、実際に引くと、こんなに縮こまってしまう。
そんな彼女を見ていると、俺は落ち込んでいる気にもならなくなる。
「レスリーは当たりを引けるさ。それに、はずれでも契約できたことが嬉しい。これで俺も、魔法士になれたんだから」
レスリーは少し赤くなった目で、恐る恐る俺を見た。本当に、そんなに気が優しいのなら、悪戯っぽいことなど言わなければいいのに――というのも、息苦しいか。
しかし、彼女が気を使うのも無理はなかった。俺も気楽に振る舞おうとしてはいるが、事実上、俺は魔法士としては出世コースを外れてしまったわけだから。
魔法学院の千人近い生徒のほとんどが、地水火風の元素のいずれかに選ばれ、上位精霊と下級精霊の違いがあれど、軍事などに役割を持つことができる『戦闘魔法士』として認定される。
どうやら俺はそれらのいずれでもない、ヘンドリック先生がその場で興味を無くすような、はずれ中のはずれを引いてしまったようだった。
だが、レスリーには何の責任もない。儀式に立ち会ってくれたことに、礼を言わなければならないほどだ――普通は、報酬を払って人を探すことになるから。実際、レスリー以外のもう一人は、先生を通じて俺の支払ったバイト料を貰っているはずだ。
「とにかく、立ち会いをしてくれてありがとう。また今度、飯でもおごるよ」
「……グラス兄の手料理がいい。最近、食べさせてくれてないから」
落ち込んでいたのに、そんなちゃっかりしたことを言う。俺の料理なんて大したことはないが、ありあわせの材料でそれなりに食べられるものを作ることにかけては、そこそこ自信はある。
「外食の方がいいと思うけどな。レスリーがそう言うなら、久しぶりに作るか」
「本当? だめもとで言ってみただけなのに。やっぱり、見に来てよかった」
目にかかる長さの前髪を気にしながら、レスリーははにかんだ微笑みを残し、儀式部屋を先に出ていった。
「……格好いいところは見せられなかったな」
独りごちながら、俺はふと足元を見る。
俺に宿った精霊の力が波及して、魔法陣に変化が生じている。炎の精霊ならば炎が生じ、水の精霊なら水が湧く――そのいずれとも違う。
魔法陣の形に沿うようにして草が生えている。石床だというのに、どこから草が生じたのか――間違いなく、精霊の力がもたらしたものだ。
つまり、俺の精霊は、希望していた元素精霊ではなく――どうやら、『草』にまつわる精霊のようだった。
◆◇◆
レスリーも三年後に十五歳で儀式を受け、俺とは違う系統だが、外れとされる精霊を引くことになる。
彼女は俺の儀式を見学したので、逆のことをしてもいいと言われた――しかしレスリーの身体に描き込まれた『霊導印』を確かめる役割は、とても俺には担えそうもなかった。
十二歳の時はまだあどけなさを残していた彼女が、十五歳になるまでに、あまりに俺の想像を超えた成長を遂げていたからというのが、主な理由として挙げられるだろう。