第十三話 召喚
「グラス様……っ」
「レンドルさん、大丈夫だ」
レンドルさんが前に出ようとする――俺を守ろうとしてくれている。そんな彼を制して、俺はプレシャさんに、慎重に語りかけた。
「手段を選ばなくてもいいのなら、俺なら、彼らに話させることができます」
「……そんなことに使える薬でも持ってるの? まるで闇医者じゃない」
「そう言われても構いません。俺が独自で見つけた方法……あまり広く喧伝できない、それこそ『闇の手法』ですから」
落ち着いて話そうとするが、心臓は弾けそうなほどに脈を打っている――槍を持ったプレシャさんの殺気は、一つ間違えば一瞬で突き殺されそうなほどのものだった。
しかし彼女は、俺の真意を図るように見つめたあと――掲げていた槍を降ろす。俺の前に出ようとしていたレンドルさんは、震えるような息を吐く。もう少しで、彼が動いてしまうところだった。
「殺すことはいつでもできる。必要なのは、情報……グラス、あんたが何かできるっていうのなら、あたしはここで見てる。怪しい動きをしたら、あたしがあんたを殺すから」
殺すというのは、そんなに簡単に言うことじゃない。そう思いはするが、今言うのは自殺行為だ。感情が高ぶりすぎて、今のプレシャさんは冷静な判断力を失っている。
俺を信用して任せてくれたわけじゃない。プレシャさんは俺を試している。俺の言葉が嘘であると判断したら、捕虜も俺も、生命の保証はないだろう。
ラクエルさんが、「無事に連れて来るように」とプレシャさんに言っていた理由が今は良く分かる。ラクエルさんは、こうなる可能性を見越していたのだ。
こうして見ると、プレシャさんの年齢は、俺とあまり変わらないように見える。飄々とした最初の印象は今は感じられず、まだその精神は、未成熟な部分を残しているように見えた。
「魔法士は精霊と契約して力を借り、魔法を行使します。精霊は魔法士の持つ霊導印を目印にして、この世界に影響を及ぼす……必要な媒介を用意すれば、精霊界から精霊そのものを召喚することもできます」
「……それがなんだっていうの? あんたは落ちこぼれの魔法士だって聞いた。役に立つ精霊なんて、呼び出せるわけじゃ……」
「いえ、こんなときには役に立ちます。限定的な状況でしか、貢献できませんが」
俺はレンドルさんが持ってくれていた鞄の中から、小さな革袋を取り出す。
その中に入れてあったものは――球根。
植物の精霊を召喚するときに使用する媒体。俺が呼ぶことができる精霊は一種類だけだが、確実に顕現させられる――この球根が、ある精霊の眷属であるためだ。
俺は床に球根を置く。そして立ち上がり、両手をかざす――プレシャさんは怪訝な顔をして、俺の行動を見つめる。
「……それは、何? 何かの根っこ……そんなので、何ができるっていうの……?」
「見ていてください。『妖花の園に咲き乱れる艶花よ……ひとたび現世に姿を現し、その力を示せ』……!」
二年前、初めて召喚魔法に挑んだときは、何が現れるか分からなかった――俺が召喚に成功し、必ず呼び出せるようになったのは低級精霊だが、その力はこの場において、必ず助けになるはずだ。
「っ……な、何……? これ……草……?」
詠唱に応じて、球根を中心として青色の草が生える――そして描かれたものは、魔法陣。
草で作られた図形が完成した瞬間に、球根が発芽し、急速に根を張り、成長する。
(っ……いつもと違う。いつもよりも大きい……この、砦の中だからか……!)
砦の中に、強大な魔力を持つ人間――アスティナ殿下がいる、ただそれだけで、魔力が豊富なはずの魔法学院で召喚するよりも、顕現した植物は大きかった。
茎が絡み合い、葉が広がり、大きな蕾をつけ、膨らみ始め――そして、開花する。
「これは……ま、魔物……?」
「いえ、違います。妖花アルラウネ……人の心に影響を与える力を持つ、植物の精霊です」
花は咲いた――俺が唯一精霊界から呼び寄せることのできる存在。
開いた花の中心にいるのは、人形のような大きさの少女。彼女こそが、妖花の化身――前に呼び出したときはもっと小さく、はっきりと人の形もしていなかったのに、今は違う。
頭の上に小さな花をつけた、この世あらざる存在である少女は、俺を見上げて一礼し、そして言った。
「召喚主さま、お久しぶりでございます。妖花アルラウネ、パンデラの園より、ここに参りました」
彼方から、此方へ。精霊と契約するときのあの詠唱句は、精霊界とこの世界を指している。
俺はアルラウネに求められるまま、彼女を肩に乗せる。触れているうちに、魔力を吸われる感覚がある――アルラウネが俺の意志に呼応し、固有の力を使おうとしているのだ。
「この三人を、心変わりさせられるか。俺たちに協力し、何でも話すように」
「承りました。さあ、行きますよ……私の子供たち……!」
アルラウネの言葉と共に、彼女が生まれてきた花が淡く輝きを放つ――そして、立ちのぼる妖花の花粉は空中に煌めきながら、捕虜たちを包み込んだ。