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第十二話 尋問

 砦の一階から地下に降りると、さらさらと水音が聞こえてくる。湿り気を帯びた冷気が流れてくるのは、砦の地下に用水路が通してあるからだった。


 下水はまた別の経路を通っているのか、不潔というわけではないが、この冷気は牢獄に入れられた囚人には堪えるだろう。


 ――いくらも進まないうちに、水路沿いの通路を抜けた先から、棒のようなものが空を裂く音と、苦悶の声が聞こえてくる。


 レンドルさんは俺の少し後ろからついてきているが、緊張で身体を強張らせている。振り向いて「大丈夫か」と目で問うと、頷きを返してくれた。


 音が聞こえてくる牢に近づくと、中から強面の女騎士が姿を見せた。プレシャさんよりも二回りは年上のようだが、出てくるなり頭を下げる。


「プレシャ様、お待ちしておりました。先日捕らえた捕虜は、まだ口を割らず……」

「そう、じゃあ後はあたしがやるよ。もう一息追い込んで、それでも喋らないようならこの医者に治療させるから」

「はっ……そちらの男性が、先日ラクエル騎士長がおっしゃっていた……」

「そう、グラス・ウィードって言うんだって。若い男だけど、そんな食いつくような目で見ちゃだめだよ」


 プレシャさんは苦笑して言うが、強面――というと失礼なので、眼光の鋭い――中年の女騎士は、俺をちら、と見て顔を赤く染める。


「あんた、童顔ってわけじゃないけど若いし、顔も悪くないしね。もし医者としてさほど役に立たないようなら、そっちの役に立ってもらうよ。あたしは男はいいけどね、姐さんたちほど飢えてないから」

「い、いや、俺はそんなことをするために来たわけじゃ……」

「だから、役に立つかどうかで皆の扱いも変わるよって言ってるんじゃん。あたしだって、怖い姐さんたちにちゃんと話を通してあげられる。頑張りなよ、優等生」


 優等生なんて、学院じゃ言われたことはなかった。皮肉として受け取ってしまうのは、俺が評価されない環境に慣れすぎたからか。


 プレシャさんが先に牢に入っていく――三叉の槍を持ったまま。中年の女騎士とすれ違うとき、彼女は動揺を押さえるように胸に手を当てる。


「……女性ばかりの檻に、骨付き肉……ミレニア学院長がそうおっしゃっていましたが。少し、違うような気もします」


 レンドルさんの囁きに、俺はなんと答えていいのか分からなかった――男がいないということは、男性に対して免疫がない騎士が多いということでもある。男が来たからといってすぐに食いつくなんて人が全てじゃない。


 しかし今はそれよりも、プレシャさんがこれから、捕虜に何をしようとしているのかが問題だ。


(捕虜がどんな理由で捕まったのかによっては、死罪になることもあるだろう……そうすると、どんな責め苦を与えてもおかしくない)


「はぁっ……はぁっ……」


 牢の中には男が二人、そして、ぼろの服を身に着けた女が一人いた。女は今まで鞭で打たれていたのか、床に座り込んだまま、今も息を荒げている。


 男二人は、床に倒れ込んだままで動かない。鞭を打たれただけではない――俺達が通ってきた水路、あの水を利用したのか、水責めもされたようだった。全身が濡れ、体温を奪われて、肌から血の気が失われている。


「チッ……いつも男の方から気絶するんだから。何も吐かずに楽になれると思ったら大間違いだよ。ほら、起きな。起きないと、この子だけに聞くことになるよ」


 男たちは返事をしない。気絶しているのではない――俺には、彼らが息を潜めて動かずにいることが見て取れた。


 二人はもう、拷問で心身を極限まで追い込まれている。それでも何も話すことができず、今はさらなる責めを避けたい一心で、仲間の女性を犠牲にしようとしている。


 牢の中に置かれた金属製の台――それは、さらなる拷問のために用意されたものだった。プレシャさんは苦渋を顔に出しながら、女性の手を台の上に置く。


「あんたたちは、あたしたちの国を裏切り、敵国に通じた。夜の闇に紛れて小舟で運河を渡り、『向こう側』で何かをしてきた。そこまではもう裏が取れてるんだよ。誤魔化そうとしたって、そうはいかない」

「……殺して……私から言うことは、何も……」


 何度、その返事を重ねてきたのか――それは、プレシャさんの火のように激しい反応を見れば明らかだった。


「あたしだってね……あたしだってこんなことしたくないよ! どうしてアスティナ様が、騎士のみんなが国を守るために戦ってる横で、平然と裏切るような真似ができる! 誰が手を引いた、言えっ! 言わないと……っ!」


 プレシャさんは激昂する――しかし叫んで声をぶつけても、女は動かない。艶を失った茶色の髪の下にある瞳が力なくプレシャさんを見上げ、「殺して」ともう一度唇を動かす。


「もういい……分かった。もう、治療しなくていい……望みどおりに……っ」


 プレシャさんが三叉の槍を持つ手に力が入る。諦念と共に、捕虜の女が目を閉じる。


 ――それでは、目的を見失っている。拷問にかけて情報を引き出せないなら、他の方法を使うしかない。


「プレシャさん、待ってください」

「……あんたは黙ってて。意見しろなんて言ってない。そっちの男二人を死なせない程度に治療すれば、情報源は残るから」

「いや……それでも待ってください。その男二人は、この人を見殺しにしようとしている。そしてこの人も、国を裏切ることに加担して口を割らない……許せないと、俺も思います。でも、殺したらそこで終わりだ」

「ふざけたこと言わないで……っ、もしこいつらが敵に情報を漏らして、敵が国境を侵そうとしたら、あたしの仲間が危険にさらされる。だから、許すわけにはいかない……!」


 しかし、殺してしまえば、何も分からなくなる。二人の男が情報を自白するかどうかも、確証はないのだから。


 だから俺は、三人に対等の機会を与えたい。見殺しにされた人物が真っ先に死ぬというのは、納得ができない――正義のためだとかそういうことじゃない、ただ理不尽に感じるだけだ。


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