第八話 女傑たち
その突撃に、踏み均される牧草も畏怖する。抜けるような青空に轟く雷鳴のように、重装鎧を身に着けた槍騎士が巨馬とともに駆ける。
「――せいやぁぁっ!」
音の精霊もかくやという気合の一声。顔を覆う兜を被っているために表情は見えないが、こちらまで鼓舞されるほど凛とした声だった。
武器を構えて迎え撃とうとしたのは途中までで、ゴブリンたちは槍騎士の気迫に耐えかねて逃げようとする――だが、もう遅い。
豪風と共に薙ぎ払われた馬上槍で、三匹のゴブリンが悲鳴を上げる間もなく高々と宙に打ち上げられる。残ったゴブリンは巨馬に踏みつけられ、吹き飛ばされ、ようやく槍騎士は馬の手綱を引き、突進の速度を緩め、旋回する。
「凄い……まるで、攻城兵器だ……」
通常の馬ならば、単騎の突撃で敵を壊滅させるなどということはできないだろう。
それを、あの槍騎士はやってのけた。後方にいた一回り大きなゴブリンは、逃げるという選択に意味がないと感じたのか、持っていた槍を投げつけようとする――しかし。
「グガッ……ガッ! ギギッ!」
槍を構えたところで、ゴブリンの額に矢が突き立つ。それだけでは済まず、肩、胸と矢が次々と貫通し、ついにゴブリンは槍を落として仰向けに倒れた。
「ラクエル隊長に汚い槍を投げつけようなんて……恥を知りなさい、愚物めが」
弓を放った女騎士は、ラクエルと呼ばれた槍騎士よりは軽装で、顔を覆うような兜も被っていない。倒したゴブリンを確認しにゆっくりと近づいてくるが、過激な言葉を言うわりには、その顔には微笑みを浮かべている。
槍騎士が生粋の武人ならば、もう一人は貴族の鷹狩りの延長で弓騎兵をしているような、そんな印象だった。さらりとした赤髪を肩のあたりまで伸ばしており、唇には紅を引いていて、品のある美貌を際立たせている。
「あら……ごめんなさい、口の悪いところを見せてしまったわね」
「あ……い、いえ。こちらこそ、助けていただいてありがとうございます」
「……ディーテ、アスティナ様が待っておられる。報告に戻るのが先だ」
「ふふ……隊長ったら、魔法嫌いといっても、彼は彼なりに頑張ったようですし。あまり毛嫌いするのも可哀想ではなくて?」
俺が魔法を使ってゴブリンを足止めしたことに気付いている――それと、俺の服装からも、俺が魔法士であることは見て取れるだろう。
正装のコートに、宮廷魔法士であることを示す黄金の徽章をつけている。そこまで目立つものではないが、見る人が見れば分かるはずだ。
「……領民を助けようと戦っていたように見えた。そのことには、礼を言う。だが、私は魔法というものを信用していない。すまぬ」
魔法学院では、魔法は俺達の存在意義であり、優れた魔法の力は尊敬の対象となる。しかし、外に出れば話は別だ。魔法士を敬遠する人、差別する人も珍しくはないと聞かされていたし、事実、首都で街を歩いているとき、魔法学院の生徒だからと因縁をふっかけられたこともあった。
しかしラクエルさんは、そのことを俺に詫びてくれた。何かの事情があって魔法を苦手だと言うなら、無遠慮に理解を求めることはできない。
「グラス様、牧場の人が怪我をしているようです。先程の、ゴブリンの矢で……」
「ああ、すぐに手当てをしないと」
「手当て……? 傷は浅いのですから、水で洗って包帯を巻けば済むのではなくて?」
それで済むのは、ゴブリンの矢に何も塗られていなければの話だ。さっきの矢を受けて怪我をしたのなら、診察してみる必要がある。
俺は牧場の柵に寄りかかり、うなだれている男性に近づく。
「ん……ああ……俺なら大丈夫だ。矢で肩をやられたが、そこまで深い傷じゃ……」
――近づいただけで分かる、男性の顔が土気色になっている。
矢に、毒が塗られていたのだ。矢が当たった部分とおもしき、服の破れた部分に、紫色の染みがわずかに残っている。
「すみません、矢に毒が塗られていたようです。処置をさせてもらえますか」
「……あんた、何者だ? 確かに毒は塗ってあるようだが、だったら毒に耐えて生き残るか、死ぬかのどっちか……」
「そんなことはありません。俺は医者です、処置をせずに一か八かの賭けをするくらいなら、俺に任せてみてもらえませんか」
精霊医とは、どのような精霊と契約しているかに関わらず、治療の一環に精霊を利用することができる医者のことを指す。
ゴブリンが使った毒は、セリ科の一種が持つ神経毒。血中に入ると全身を巡り、筋肉を徐々に麻痺させる――毒を代謝機能で分解しきれなければ、数時間後に死に至る可能性がある。
しかし植物に干渉できる俺なら、『植物から抽出した』解毒剤を、血中の毒が流れている部分に正確に送り込むことができる。