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アリ穴

 アリ穴でレベリング中にシロナからメッセージを受信してから、約15分。レベルアップまで残り経験値が10000を切った頃に、金髪の少女は姿を見せた。


「ごめん、遅くなっちゃたね」

「メッセージを送った時……フンッ、どこに居たんだ?」

「東門ゲートの近くだよ」

「それ、十分……ハァッ、速いだろ」


 剣を振りながらなので、言葉が途切れ途切れになってしまう。


「よし、パーティーを組もう。その方が、全体としての効率が上がるし」

「オッケー、パーティー申請したよ」

「俺はツイン・サーキュラーで薙ぎ払うから、シロナは俺が討ち漏らした敵を倒してくれ」

「了解」


 俺は<虫特攻>の追加効果を持つ片手剣「インセクトキラー」を両手に装備し、俺の背後3メートルの位置に、シロナが長剣と取り回しがいい片手盾かたてたて(通称スモールシールド)を装備して構えている。防具も動きやすさを重視してか、腕部のみ金属装備で他はレザーベストにスカートという出で立ちだ。


 アリが前方5メートルに7、8体リポップした。


 俺が敵をある程度引き付けて、二刀流スキル、ツイン・サーキュラーを発動。深い青に輝く二本の剣が、アリの胴体を深々と斬ること4回。同じ場所をなぞるようにして、剣がアリの身体に吸い込まれ、細く深い剣痕を刻みつけた後、一瞬の間を置いて爆散していく。


 ツイン・サーキュラーの範囲からギリギリギリギリ逃れた一匹が、同胞の仇を討つためか、シロナに向かって突進していった。


「後ろに一体逃げた! シロナ頼む!」

「任せて!」


 シロナはアリの突進を盾で難なく受け止めた後、腰を落として、長剣スキル、インサイシブ・ピアスを放つ。白く輝く刀身が、突進の直後で身動きの取れないアリの頭を貫いた。


「次来るよ!」

「オッケー!」


 先程倒した所とは別の場所から、アリがリポップしてきた。


「あれだけ、なんか少し赤いような……」

「来た、女王アリだ!」

「女王アリ?」

「経験値が多いレアモンスターだ。最初に倒すと後が面倒だから、倒すのは最後にしてくれ」

「わかった」


 俺はMPの残量を確認し、女王アリのおかげか統率の取れた動きをするアリへ、再びツイン・サーキュラーを見舞う。さっきより2、3体増えたアリが瞬く間に消し飛ぶ。


「よし、残りは女王とノーマルが2体だ。先にノーマルを片付けるぞ」

「私が女王アリを抑えてるから、その間にお願い!」

「そっちは頼んだ!」


 後ろに居たシロナが前に出て、アクティブ化した女王アリを盾で防ぐ。その間に、俺は二刀流突進スキル、クロス・エッジでシロナを挟み撃ちにしようとするアリを斬り飛ばした。


「残り一体になった、倒しにかかってくれ!」

「了解!」


 シロナは敵の攻撃を片手盾スキル、シールドバッシュで押し返すと、け反った敵の腹部に長剣スキル、シャープ・ピアースを繰り出した。赤いダメージエフェクトがこぼれ、HPバーが3割程減った。


 俺は逃走を試みたアリを片手剣スキル、マジック・スラッシュで斬撃を飛ばして足止めすると、一気に距離を詰めて、その首を断ち斬った。


「こっちは片付いた!」

「私ももうすぐ終わりそうだよ!」


 女王アリは、ステータスこそ高く設定されてあるものの、繰り出す技は普通のアリと変わらないので、倒す事はそれほど難しくない。


「はあぁっ!」


 シロナが、大顎を開けて噛み千切ろうとした女王アリの口内に、長剣スキル、フラッシュ・ストライクを放った。閃光を纏った3連撃がまばたきの速さで女王アリを斬り伏せ、その巨躯を爆散させた。


 しかし、爆散する直前、女王アリの中から、体長10センチメートルほどの小さいアリが大量にシロナに降り掛かった。


「イヤーーーーーーッッ!!」


 突然の出来事にシロナが悲鳴を上げ、剣を無闇に振り回した。


「早く倒して! そのアリに経験値が詰まって……」

「それどころじゃないのっ! アイク君がやって!」


 シロナが理性を失い叫ぶ。しかし、俺の装備は小さい敵を殲滅するのには不向きなんだが……


「仕方ない、奥義を使うから、そこから退いてくれ!」


 その時、絶叫していたシロナの体が強張り、表情が一変した。


「えっ……ちょっと、それはだめっ、来ないで、これ以上来ないで!!」


 何事かと見ると、逃げ出しているアリがいる中で、2、3匹のアリが果敢にもシロナの脚をよじ登っていた。


「ア、アイク君、取って! 早く!!」


「わかったから、脚をブンブン振り回さないでくれ!」


 シロナが必死の形相で、プルプルしながら脚を抑えつける。2匹ははたき落とせたが、もう1匹が見つからない。そのとき、


「ひゃっ……」


 シロナの身体がピクンと動き、脚がガクガクと震えだした。


「あっ、そこはっ、それ以上はだめっ……!」


 シロナの言葉が途切れ途切れになり、息が荒くなる。どうする。これはヤバイ。このままでは、俺の年齢では禁じられているレベルに達してしまう。


 俺は逡巡した後、覚悟を決めた。


「シロナ、少し我慢してくれ」

「アイク君なら、いいよ……」


 俺は意を決すると右手をスカートの中に差し入れる……勇気はなかったので、両手の剣を離し、シロナを抱きしめ、唱えた。


「ウェポン・トランス・リベレーション!」


 刹那、足元から剣2本分の爆発が発生し、盛大に土を巻き上げた爆風が俺達を吹き飛ばした。俺は自分が下になるように空中で体の位置を変え、2秒にわたる滞空時間の後、墜落した。


 背中に普段感じることのない衝撃が走る。まあ、頭から突っ込むよりかは幾分マシだ。


「シロナ、大丈夫か?」


 俺の顔の真横にあるシロナの頭に問いかける。しかし、なにも返事がない。


「なあ、本当に大丈夫か?」

「……っ……ううっ…」


 すすり声を聞いて、シロナの顔を覗くと、シロナの目から涙が零れ、地面を僅かに濡らしていた。


「ごめん、俺が全部任せてしまったせいで……」

「ううん、そんなことないよ……。でも、少しだけ、このままでいさせて……」


 溶けて消えてしまいそうな声でシロナが言った。


「まあ、脚が壊れて動けないしな……」

「そういうことじゃなくて……今は、離れたくない……」

「……わかった」


 俺は武器を生成するのを止め、両手でシロナを優しくいだいた。足元の方向にアリの影が見えたが、目をつぶって見なかったことにしたのは言うまでもない。




「さっきは私のせいでごめんなさい……」

「シロナのせいじゃないよ。あんな状況になったら誰だってパニックになるよ」


 今、俺達はサウスフォールの通りの小さな喫茶店でお茶を啜っていた。


 結果を言うと、あの後すぐにアリに包囲された俺たちは、為す術ないままに刺され咬まれて、二人仲良くデスペナを食らった。今日で稼いだ経験値を差し引いても、余りあるマイナスである。


「でも、せっかくのレベリングが無駄になっちゃって、本当にどうすれば……」

「仕方ない、ゲームなんだから誰だって死ぬことはある。逆に死なないゲームなんてつまらないだろ」


 カップを持って紅茶を一啜りする。ケーキも注文するか迷うところだ。


「そういえば」

「どうしたの?」

「爆発の直前、いいよって聞こえたけど、なんのことだったんだ?」


 俺が尋ねた瞬間、シロナの顔が真っ赤になった。


「あれは、その、好きにしていいよっていうか……ああっ、そういう意味じゃなくて! ええと、もう、今のは忘れて! 絶対!」

「お、おう、わかった」

「もう、あんなことになるなんて、思ってなかったよ……」

「俺はシロナがスカートだった時点で、もしかしたらヤバイかも、と思ってたんだけどな」

「なんでその時言ってくれなかったの!?」


 シロナがテーブルを拳を握って軽く叩いた。食器がカシャンと立てる音が店内に響いた。


「いや、あそこまで来たのに、装備変えて出直してこい、とも言いにくかったし、シロナのレベルなら問題ないだろうと考えてたから」

「でも虫は女の子にとって、レベルとかの次元を超えて天敵なの!」

「ごめん、これからは注意するよ」

「これで、この話はおしまい!」


 シロナがベルを鳴らしてモンブランを注文する。そういえば、前はマロン食べ損なってたな。


「アイク君は何か頼む?」

「じゃあ、俺もモンブランで」

「かしこまりました」


 スーッと音を立てずにウエイターがカウンターへ戻っていく。当たり前だが、今回は待ち時間ありだ。


「明日の日程はどうしようか」

「一回戦は夜8時スタートだったよな」

「なら余裕を持って7時半30分ぐらい?」

「少し早いけど、それぐらいにしよう。もし何かあったらメッセージをとばしてくれ」

「オッケー、集合はウエストセンターでいい?」

「ああ、入り口で待ち合わせにしよう」


 その時、さっきのウエイターがモンブランを運んできた。


「お待たせ致しました、モンブランになります」


 俺とシロナの前にそれぞれモンブランが置かれる。フォークでそれを刺そうとして俺は気付いた。


「マロンがない」

「本当だ、今回は食べられると思ったのにな……」

「やっぱり前に食べられなかったから頼んだんだな」

「というか、私が落ちちゃった後ってどうなったの」

「俺が残りをもらったよ」


 それを聞いてシロナが口を尖らせた。


「えー、アイク君ずるい。剣みたいに、マロンも手からシュワーって出してよ」

「それが出来るなら、俺喫茶店に行かなくてもどこでもケーキ食えるじゃん」

「それだけで天国だね」

「自分の手から出てきたケーキを食べたいとは、あまり思わないけどな」


 俺達は手からケーキが出てくる話をしながらケーキを口に運んだ。マロンを避ける必要がないからか、食べ終わるのは早かった。


「ごちそうさまでした」

「せっかく二人だし、対人戦も踏まえて、亜人型モンスターのダンジョンに行かないか」

「ん……明日遊ぶ分今日は勉強しておきたいから、明日の午後に行かない?」

「わかった。シロナはもうログアウトするのか?」

「うん、そろそろ夕食だしそろそろ落ちるね」

「おう、じゃあな」

「また明日ね」


 シロナが手を振り、そのまま光の粒子となって空間に溶けていった。それを見届けると、俺は店を出てステータス画面を確認した。


「せめて落ちたレベルの分は取り戻すか」


 新たに残り経験値25000となったステータスを閉じ、俺は再びアリ穴に向かった。


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