大会
現在、午後2時。昨日言っていた亜人型モンスターのダンジョンに向かうため、俺は再びサウスフォールの町に来ていた。
ここから程なく行ったところに、ゴブリンが出現する小規模の洞窟がある。今日はここで今夜の大会に向けた実戦練習を行う予定だ。
大会で使う装備に変更すると、転移門の方からシロナが走ってきた。
「待たしちゃったかな?」
「いや、俺も今来たとこだよ」
「じゃあ、早速出発!」
シロナは洞窟の場所を知らないので、俺が前を歩いてフィールドを進む。ほんの10分で目的地に着いた。
「よし、今回はゴブリンをプレイヤーに見立てて、互いの動きや連携技とかの確認をしていこう」
「ん、連携技ってどんなの?」
「二人で交互にスキルを使って、隙を作らずに敵に連続攻撃していくのがコンボなら、連携技は二人で一つのスキルを発動させるんだ」
「それって、連携技専用のスキルとかがあるの?」
「普通は連携技なんて誰も使わないから、みんな知らないかもしれないけど、一応システム上には存在してるよ」
「でも、今まで取ってきたクラスには一度もそんなのなかったよ?」
シロナがこれまでに取得したクラスを列挙していく。その中に何故か忍びクラスがあって、少し気になってしまった。
「なんで忍びクラスを取ったの?そもそも騎士ギルドのクラスですらないのに」
「んー、時々だけど、騎士じゃなくてもっと守りを捨ててバリバリ攻撃して戦いたいな、って思う時があって」
「あー、わからなくはないかな」
頭の中でシロナのクノイチ姿を想像する。流石に今回は金髪は似合わなさそうだ。
「それで、なんで私の取ったクラスに連携技が一つもないの?」
「というか、そもそもどのクラスにも連携技はないんだ」
「じゃあ、どうやって連携技を習得するの?」
「端的に言うと、町にいる住民から教えてもらうしか方法がないんだ」
実のところ、昨日レベルを元に戻した俺は、その後攻略サイトを隈なく調べて、なんとか俺達が使えそうな連携技を習得してきたのだ。
「どちらか片方が習得していたら発動できるから、シロナは準備してなくても大丈夫だよ」
「オッケー、どんなスキルなの?」
「それはやってみてからのお楽しみということで」
「えっ、でも私発動モーション知らないよ?」
「この技は二人の立ち位置と俺のモーションがあれば発動できるから、問題ないよ」
「ううっ、なんか不安だな……」
シロナが心配そうな表情をする。別に、シロナをぶん投げたりするようなスキルじゃないんだけどな。
「それと、シロナ」
「まだ何かあるの?」
「その、今日もスカートで行くのか?」
「うん、せっかくアイク君と一緒に冒険するんだから、少しでもオシャレしたいし」
そう言って、シロナが柔らかく微笑む。その笑顔や気持ちはとても嬉しいのだが、
「ゴブリンにスカート剥ぎ取られても知らないぞ」
「そ、装備変更するから、アイク君はあっち向いてて!」
俺が一言忠告すると、シロナは顔を赤く染めてステータス画面を開き始めた。俺はシロナに背中を向けて、着替え終わるのを待った。
「もういいよ」
シロナの声とともに振り返ると、ガチガチの鎧に身を包んだシロナの姿があった。
「フル装備じゃねえか」
「だって、服取られたくないし!ゴブリンの筋力値の限界以上の装備なら、剥ぎ取りは不可能なんだから」
「まあ、いいか。よし、じゃあ洞窟に入ろう」
俺、シロナの順で縦に並んで洞窟を進んでいく。中は外に比べて気温が低く、時折涼しい風が吹き込んでくる。
「そろそろゴブリンが出て来るポイントだ。奇襲を受けても大丈夫なようにしっかり構えておいてくれ」
「了解、前衛はよろしくね」
普通、鎧フル装備の人間が前衛に出るものではないのか、と思ったが何も言わなかった。まあ、後ろをガッチリ守ってくれるのもアリか。
その時、俺の前方に1匹、左右に1匹ずつ、計3匹のゴブリンが出現した。
「俺は前のやつを倒す!シロナは横2体を止めておいてくれ!」
「わかった!」
俺は両手から<亜人特攻>の効果を持つ片手剣ゴブリンキラーをジェネレートすると、剣鉈を構えてステップを踏むゴブリンに突撃した。
「クロス・エッジ!」
十字に繰り出される斬撃がゴブリンの剣鉈を弾き、そのまま額に深い傷をつける。スキル後の硬直の後、弾かれた剣鉈を拾いに行くため、背中を見せたゴブリンを袈裟斬りにした。
「こっちは終わった、加勢する!」
「じゃあ、鞭を持ってる方をお願い!」
俺はシロナの右側にいる黒い革製の鞭を持つゴブリンウィッパーに視線を移す。シロナがヘイトを取っているため、こちらには注意を向けていない。今がチャンスだ。
足音を殺して素早く近づき背後を取ると、右手の剣を胸の高さで真横に構える。システムがモーションを感知し、刀身が深い紫に染まっていく。
「ラスト・ブリンク」
潜めた声で呟き、黒曜石の色に輝く剣を横一文字に薙ぎ払う。少し遅れて、ゴブリンの頭がきれいな切断面をもって滑らかにスライドし、ボトッと地面に落下し爆散した。
「こっちは片付いた!」
「こっちも終わりそうだよ!」
シロナの方を見ると、短剣を持ったゴブリンにノーガードで近づき、大上段で構えた。当然ゴブリンがその隙を見逃すわけがなく、短剣スキルダブル・リンゲージを発動する。
「オマエハ、コロス!!」
拙い日本語を喋ったゴブリンがシロナの腋を目がけて短剣をはしらせる。美しい弧を描いて繰り出される渾身のスキルがシロナの装備する鎧に命中し、細く薄い筋をひとつだけ残して、グニャリと刀身を曲げた。
「……エッ?」
「はあぁぁっ!!」
スキルがあっけなく止められて身動きの取れないゴブリンに、シロナが片手剣を両手で持って叩きつけるようにして振り下ろした。脳天を斬られる瞬間のゴブリンの眼が、不条理を訴えているように見えた。
「よしっ」
「お、おつかれ」
「今回は連携技使わなかったけど、次は使うの?」
シロナが剣を鞘に戻して尋ねる。
「ん……使い時になったら使うよ」
道中のゴブリンではレベル差のせいであまり相手にならないので、俺達は奥にいるボスゴブリンまで一直線に行くことにした。
「アイク君、囲まれてる!」
「数は6、いや7体か」
ボスのいる部屋まであと数十メートルというところで、複数の地点から同時に湧いたゴブリンに囲まれる。ボス部屋の前は警備が多いということだろうか。
「シロナ、前に出てくれ!」
「了解!」
7人のゴブリンは、それぞれパーティーができているのだろう、剣やメイスなどの近距離武器を持った者と、弓や杖といった遠距離武器を持った者に分かれていた。それぞれが隙をカバーするようにスキルを交互に繰り出すため、なかなか攻めることができない。
「薙ぎ払い技を頼む!」
「オッケー!」
シロナが剣を左腰で構える。システムがモーションを感知して、剣が萌黄色に輝き、キィーンという音が洞窟内に響く。
シロナの鋭い声とともにスキルが発動する直前、俺は背後から抱きしめるような体勢で剣を持つシロナの腕を掴んだ。
「アイク君!?」
「スキルに集中して」
俺が掴んだ瞬間、輝きが萌黄色から草色へと濃くなり、音が更に高く変化する。また、剣身が滑らかに伸び、元の2倍の長さになった。
「連携技、シュナイデン・クライス!」
俺がスキル名を発し、シロナの腕を持って共に剣を振るう。円を描くようにして剣が一閃し、距離を詰めていたゴブリンたちを一撃で仕留め、斬撃の余波が離れたゴブリンを襲った。
「残りを一気に片付けるぞ!」
俺は連携技を出すために手放した剣を拾い片手剣スキル、マジック・スラッシュでゴブリンアーチャーを怯ませた。距離を詰めて、残りの体力を片手剣スキル、ブレイズ・スラッシュで消し飛ばした。
「こっちも倒したよ!」
シロナももう一体の杖を持ったゴブリンメイジを爆散させて、剣を鞘に戻したところだった。
「にしても、さっきのスキルすごかったよ!多分今までで一番速く剣を振ったと思うよ」
「斬撃の余波の威力もそこそこあったしな」
「ただ……」
シロナが声のトーンを下げ、腕を組む。
「ただ?」
「対人戦で使えるのかな、って思って」
「いや、でもMP消費少ないし、全範囲だから外すこともないし……」
「隙も大きいし、対人戦ではあんな大技繰り出している暇ないと思うな」
「そ、そうですよね……」
そのことは俺自身スキルを使ってみてよくわかった。悔しいが認めざるを得ない。
「強力なのは確かだったが、大会では使えるかは微妙なラインだな。ごめん、大層に言ってしまって」
「ううん、アイク君が謝ることないよ。大会のことを考えてわざわざスキルを習得してくれたのに。ありがとう」
そう言って、シロナが柔らかく微笑んだ。
「よし、気を取り直してボスを倒すとするか」
「今までのゴブリンよりもずっと強いから、覚悟しないとね」
ボス部屋の前まで到着し、ポーションや魔石の確認をする。
「じゃあ、開けるぞ」
俺の「せーの!」の掛け声とともに、重々しいドアをゆっくりと押し、そのまま中に突入した。が、
「誰もいない…」
直径15メートルの円形の部屋には、ボスはおろかゴブリン1人すらいなかった。
「もしかしたら、私たちの前に誰かが倒して、リポップ待ちなのかも」
「そうっぽいな」
ボスが放つ特有の気配が全く感じられないのもあって、どうやら本当にリポップ待ちのようだった。
「待っててもいつリポップするかわからないし、仕方ないが帰るか」
「そうだね」
やる気があっただけに、不完全燃焼のまま来た道を戻っていく。出口まで戻ると、そのまま解散という流れになった。
「じゃあ、7時半にまた」
「うん、入り口で集合ね」
お互い待ち合わせを確認すると、シロナが手を振りながらログアウトした。
「さて、俺も疲れたし、一度落ちるか……」
昨日のレベリングと連携技の習得で、多少の疲労が溜まっていた俺もログアウトすることにした。
現在午後7時半。俺は集合場所であるウエストセンターの入り口で、シロナを待っていた。
「ごめん、少し待たせちゃったかな」
「大丈夫、7時半ピッタリだ」
シロナが少し息を乱してやってきた。
「なにか用事でもあったのか?」
「ちょっとリアルの方でね」
「そうか」
ILに限らず、仮想世界ではリアルのことを訊くのはマナー違反だ。
「じゃあ、始まるまで中で待とう」
ウエストセンターの中に入ると、前に来たときとは違って、たくさんの人で溢れかえっていた。
「すごい人……みんな今日の大会の参加者なのかな?」
「観戦もいるだろうけど、大方そんなところだろうな」
試合開始10分前になると、大会の出場者はそれぞれプライベートルームに自動でジャンプして、装備変更やアイテムの確認を行い、戦いの舞台である専用マップにジャンプする。しかし、大会に申し込んだプレイヤーでも、時間までにウエストセンターの中及び周囲に居ないと棄権扱いになってしまう。
「あれ、サクヤちゃんじゃない?」
シロナが椅子に座っている少女を指差した。指を指されたからか少女がこちらを向くと、小さく手を振った。
「お二人ともこんばんは」
「ILで会うのは久しぶりな気がするな」
「サクヤちゃんは今日は観戦?」
「はい、知り合いが参加するので見ようと思って。シロナさんたちは出場するんですか?」
「うん、アイク君とタッグで出るよ」
「先週いきなり直で頼まれてビックリしたよ」
俺の言葉に、シロナが少し顔を赤らめて、視線を遠くにやる。多分、会議室での事を思い出しているんだろう。
その時、予め設定していたアラームが7時49分30秒を知らせた。
「じゃあ、俺達はそろそろ行くよ」
「お二人とも頑張ってください」
最後にサクヤが小さく微笑むのを見て、俺達はプライベートルームにジャンプした。




