道化師たちの影//ハッカーたち
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──道化師たちの影//ハッカーたち
ファティマとミオンは休日を思いっきり楽しんだが、この街で生きていくためには仕事をやらなければならない。
その仕事がミオンたちに回ってきたのは、アミューズメント施設をエンジョイしてから2日後のことだ。
「李可昕から仕事だってさ」
昼食を終えたころにミオンがファティマにそう言う。
ミオンのARデバイスには李可昕からメッセージが着信していた。
それは仕事を頼みたいというメッセージだ。
「李可昕さんからですか? 何の仕事でしょうか……?」
「分からない。行って聞いてみないと」
「な、なら、李可昕さんの家に?」
「そだね。今日は予定もないし、そうしよう」
ファティマが尋ね、ミオンが立ち上がった。
それから彼女たちは車で李可昕の暮らす雑居ビルに向かう。
セクター13/6の光景はいつもと同じ薄汚れた景色だ。
「李可昕~。仕事の話があるって聞いてきたよ~」
ミオンが監視カメラに向けてそう言い、手を振ると扉の電子キーが解錠される。
それからミオンとファティマは李可昕の家に上がり込んだ。
「来たか。ちょっとあんたらの力が借りたい」
李可昕は真剣な表情をして、ミオンたちにそう話を切り出した。
どこか切羽詰まった感じのある珍しい李可昕の態度にファティマは違和感を覚える。
「どうしたの? 何かまずいこと?」
「まずいと言えばまずい。あんたが言っていた第919部隊について調べていたときに問題が起きた。私自身じゃなくて、仲間のハッカーにな」
「ふむ。聞かせて」
第919部隊──ミオンがかつて在籍していた日本情報軍の実験部隊。
それについて李可昕は調査を継続していたが、問題が起きたと言う。
「単刀直入に言うと仲間のハッカーが命を狙われている。第919部隊、またはサーカスについてやばい情報を手にしたかららしい。犯罪組織の連中に追われていて、この街からの脱出を希望している」
「その手にした情報ってのは?」
「分からないが、マトリクスで脳を焼き殺されそうになったり、自宅に80発以上の45口径弾を叩き込まれるぐらいにはやばい代物だと。顔なじみのハッカーだから、できれば助けてやりたいと思っている」
「そうだね。第919部隊について調べてほしいって言ったのはあたしだし……」
責任を感じるとミオンは言う。
「しかし、この街から逃げるってまた成田まで護衛すればいいの?」
「いいや。そいつは関西メトロコンプレックスへの脱出を希望している」
「KMCに? 大丈夫なの?」
関西メトロコンプレックスはTMCの兄弟のような都市である。
大阪を中心とした都市圏が統合され、KMCを構成している。
問題のハッカーは国外ではなく、そのKMCへの逃走を希望していると言う。
ミオンにしてみれば、陸続きのTMCからKMCに逃げてもさほど有効な避難にはならないと思っていた。
「何でも国外に逃亡したように見せて、KMCに逃げ込むらしい。そのあとで本当に国外に逃げるつもりだと。とりあえず今はKMCに逃がしてやりたいんだが、引き受けてくれるか?」
「いいよ。その代わりそのハッカーが集めたっていう情報を貰える? サーカスについて情報が手に入れば、これからの仕事で役に立つかもしれないから」
「ああ。交渉しておいてやる。だが、知っただけで命を狙われるほどの情報だ。覚悟はして受け取れよ。平穏が遠のくぜ?」
「分かってるよ。覚悟の上だ」
李可昕の警告にミオンははっきりとそう返した。
「それで、KMCへの脱出はいつ?」
「可能な限り早くと頼まれている。今、問題のハッカーはセクター13/6のコンテナホテルに隠れている。いつヤクザやチャイニーズ・マフィア、コリアンギャングの手が及ぶか分からない」
「分かった。すぐに合流して脱出を始めよう」
「頼むぜ。これが位置情報だ。ハッカーには私から連絡しておく」
「オーケー」
それからミオンとファティマは李可昕からの仕事を引き受け、雑居ビルを出て車に乗り込む。
問題のハッカーはセクター13/6の外れにあるコンテナホテルにおり、李可昕から受け取った位置情報に従ってミオンは車を走らせる。
「ミオン。問題のハッカーは一体どんな情報を掴んだんでしょうか……?」
「まだ分からない。けど、第919部隊のことなら命を狙われることもあり得るね。あれには日本情報軍だけではなく、企業もかなりがっつりと関係していたみたいだから」
「そうなんですね……」
「あたしたちもハッカーが何を掴んだのか、知っておかないと」
まだサーカスという問題は解決していない。
京極率いる元第919部隊の暗殺集団は、この街の陰に潜んでいる。
それ故にまたジェーン・ドウからサーカスに関係する仕事が回ってくるかもしれない。
そのときに情報があるのとないのでは大きな違いだ。
「そろそろ到着するよ」
ミオンがそう言い、彼女たちを乗せた車両はゆっくりと古びたコンテナハウスが並ぶホテルへと入っていった。
ここはコンテナハウスをホテルの部屋として貸し出すサービスの場で、棺桶ホテルよりプライバシーとセキュリティが保たれるという点が利点だった。
警備ボットすら配置されておらず、旧式も旧式の接客ボットが受付にいるだけだ。
「問題のハッカーはこの部屋だ」
ミオンは錆の目立つコンテナの前に立ち、部屋の扉をノックする。
「ヘイ。李可昕からの紹介で来たよ」
ミオンがコンテナハウスに備えられた監視カメラに向けて手を振り、それから2、3分が過ぎ、ゆっくりと扉が開いた。
「入れ。急いで!」
部屋の扉を開けたのは銃身を切り詰めたショットガンを握った中年の男性で、その男は小声でそうミオンたちに促し、彼女たちを部屋の中に招き入れた。
ミオンとファティマは促されるままに急ぎ早に中に入る。
男はファティマとミオンが部屋の中に入ったのを確認すると部屋の扉を閉じ、カギを三重に掛けた。
「あんたらが李可昕の言っていた護衛だな? 生体認証で確認した。俺はスクリューだ」
「よろしく、スクリュー。よければ銃口をこっちに向けないでね」
「分かってる。すまん。だが、ここ数日命を狙われ続けて、あらゆるものを疑わなければならなかったんだ。この気持ちはあんたらには分からんだろう……」
スクリューと名乗った男性はそう言って疲れた表情で、どかりと備え付けの椅子に腰掛けた。
逃走を必要としているハッカーを見るのはサブマリンに続いてふたり目だが、ファティマにも今回のハッカー──スクリューは本当に限界のように見えた。
何日も寝ていないのか目の下にははっきりと隈が出来ていて、激しいストレスのせいか肌は青ざめている。
手は僅かにだが震え続けており、苛立つ様子で足も貧乏ゆすりをしていた。
「分からないかもね。で、仕事の話だけど本当にKMCへの逃走でいいの?」
「ああ。迂闊に成田に近づけば待ち伏せされて、鉛玉でハチの巣にされるだけだ。ここはあえてKMCに逃げる。それから関西国際航空宇宙港から国外にとんずらだ」
「オーケー。じゃあ、まずはKMCに逃げるとしましょうか」
スクリューの言葉にミオンはそう言って頷く。
確かに前回サブマリンを護衛したときには、成田では待ち伏せされて酷い目に遭ったとファティマは思い出す。
「じゃあ、早速だけどKMCに向かおうか? 今の居場所はばれてないんだよね?」
「恐らくは。まだ襲撃されていないってことだけが根拠だが……」
「それなら急いで移動した方がよさそう」
スクリューの自信のなさそうな答えにミオンがそう急かす。
居場所が犯罪組織に伝われば、スクリューにはすぐさま鉛玉が飛んでくるだろう。
できれば鉛玉が放たれる前にスクリューをKMCまで脱出させたい。
「車は準備してある。防弾車両だ。使ってくれ」
「分かった。では、まず味方のハッカー──李可昕に周辺の安全を確認してもらって、それから君を外に連れ出すよ」
「頼む」
それからミオンは首輪のように装着したワイヤレスサイバーデッキを経由して、李可昕に連絡を取る。
「李可昕。スクリューに合流した。今から彼をコンテナの外に出す」
『了解だ。今、周囲を見張っているが怪しい動きはないぞ』
李可昕から周囲のドローンや生体認証スキャナー、偵察衛星の画像が送られてくる。
それを見る限り、このコンテナホテルのすぐ外で待ち伏せされているということはなさそうだが。
「じゃあ、いざ脱出と行きますか。あたしが先頭に立つからファティマは後方の警戒をお願い」
「は、はい!」
ミオンとファティマはスクリューを挟むようにして前後に展開すると、スクリューを彼の所有する防弾車両まで案内した。
車両は現金輸送などに使われていたもので、とても頑丈であり、速度もそこそこ出るものであった。
「オーケー。ブービートラップの類はなし。急いで乗り込んで、スクリュー! ファティマも!」
ミオンは車内に爆弾を仕掛けられたりしていないかを確認したのちに、スクリューとファティマを呼ぶ。
ミオンたちがドローンや偵察衛星の画像を利用できるように、犯罪組織も同じ情報インフラを利用できるのだ。
可能な限り車内に隠れている方が、この仕事は上手くいく。
「乗り込みました!」
「乗り込んだぞ。出してくれ」
それからファティマは助手席に、スクリューは後部座席に乗り込み、ミオンがエンジンをかけて車を出す。
車はセクター13/6の中を高速道路に向けて進む。
今のところ、誰かがスクリューを追跡しているような気配はない。
だが、まだこの逃走劇は始まったばかりだ。油断はできない。
「ねえ、スクリュー。李可昕から話は聞いてるけど、第919部隊について調べていて狙われたんだよね? 何を突き止めたの?」
車内から外に向けて設置されたカメラの映像で周囲を監視しながら、ミオンがスクリューにそう尋ねる。
「そうだったな。李可昕からあんたに教えてやってくれって言われていたな」
「仕事の報酬としてね」
「分かった。だが、気持ちのいい話じゃないぞ。情報軍と企業の戦争犯罪についての話だからな……」
そう言ってスクリューは自分が調べた情報について語り始めた。
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