密入国は犯罪です
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──密入国は犯罪です
「わ、わああ……!」
半日ぶりにコンテナの外に出たファティマの目に現れたのは光の洪水だ。
深夜だというのに消えることなく輝き続ける無数のホログラムとネオン、車のヘッドライトに飛び交うパワード・リフト機の航行灯。
その街はまるで昼間のように明かりを放っている。
もはや混沌や狂乱とも言えるその光景を前に、ファティマは圧倒されていた。
彼女はこれまで生きてきた中で、初めてこんな光景を目にした。
彼女の故郷だった場所では夜に見える光は星々か月のそれだけであり、何も聞こえない死んだような静寂が満ちていたと記憶している。
だが、ここでは大きく違う。
どこまでもまばゆい光に満ち溢れ、街は眠ることなく騒ぎ続けている。
クラクションの音、パワード・リフト機やドローンのエンジン音、人のざわめき。
この比較的、人の気配がない寂れた港にも、その音は届いていた。
そんな光景に見とれるファティマに船員たちの目がちらちらと向けられていた。
ファティマの外見年齢は20歳前後。
健康的な褐色の肌に天然の銀髪に赤い瞳という珍しい見た目をしている。
身体付きは女性的な起伏に富んだラインを持ち、恐らく10人中10人が間違いなく振り返るだろうという美貌の持ち主でもあった。
「お客さんたち。着きましたぜ。ここが日本の首都──トーキョーメトロコンプレックスですよ。あとのことは港の連中に聞いてください」
中国訛りのある日本語で、ファティマをここまで密航させた船員がそう言う。
そう、密航である。
これより幾分か前、ファティマはこの日本からずっとずっと西にあって砂漠のある国に暮らしていた。
しかし、その国が感染症の大流行やら核戦争やらで無政府状態になり、追い打ちをかけるように内戦まで勃発して何もかも滅茶苦茶になってしまったので、やむを得ず国外脱出したのだ。
これまで酷く寂れてはいたが、特に不満もなく暮らしていた懐かしの故郷は今や跡形もなく、彼女は新しい安住の地を求めて長い旅を始めた。
ファティマは滅んだ故郷からずっとずっと東に向かい続け、行きついた中国にて有り金を全て使ってチャイニーズ・マフィアに密航を手配してもらったのである。
そうやって彼女は無事にこの日本に辿り着いたのだ。
ファティマは他の密航者たちとともに彼女たちを運んだ小さなコンテナ船を降りると、このTMCにおける第一歩を踏み出した。
この場所が彼女の新しい安住の地になることを願って。
* * * *
……それが昨日の話。
今日ファティマがどこにいるかと言われると、そこは繁華街にあるホテルを改装した違法風俗店の地下である。
ぎらぎらにピンク色の猥雑な看板が掲げられたその店の地下に、ファティマは拘束されていた。
彼女がここにいる理由は全て説明すると長くなる。
だが、短く言えば彼女は騙されたのだ。
この日本での就労にはIDが必要だが、密航者であるファティマにIDはなく、就労はできない。そして、お金がなければ偽造IDも作れない。
というわけで、密入国を斡旋したチャイニーズ・マフィアが就労場所を提供しますよと言われて連れていかれた先が、ここなのである。
世間ずれしていたファティマがようやく『これはおかしいな?』と気付いたときには、すでに地下に閉じ込められてしまっていた。
ファティマの閉じ込められていた薄暗い地下には、彼女の他にも捕らえられた密航者の女性たちがいた。
皆が今の状況を嘆き、先行きを案じている。
これから自分たちは娼婦として働かされるのだろう。
本当に給与が支払われるかも怪しいこの店で。
「今回は質がいいじゃないか、ええ?」
そんな彼女たちを見渡し、でっぷりと脂を蓄えた肥満体の男性が笑う。
チャイニーズ・マフィアに所属し、この店を始めとする違法な性風俗店を経営している男性はサディスティックとも言える笑みで、女性のひとりの頭を掴む。
「これはいい商品になりそうだな」
「ええ、劉大人。ちゃんと躾ければ金を生みます」
部下の言葉に劉と呼ばれた肥満体の男性は満足げに頷く。
彼らにとって人間は商品である。
家畜のように餌をやれば自分たちに富を生む。ただ、それだけの存在だ。
彼らはずっとこの手の人身売買に加担しており、そこに良心の呵責はない。
そんな考えの持ち主たる劉の視線がファティマの方を向いた。
「おお! これは、これは! また素晴らしい商品が届いたな!」
劉はそう言うとファティマの方に寄ってきた。
「エキゾチックな雰囲気でいいじゃないか。客に提供するのが勿体ないぐらいだな」
そう言って舐め回すようにファティマの身体を見つめる劉。
濃い情欲の視線が自分に向けられるのに、ファティマはうんざりしてため息を吐く。
「あ、あの、私、ここで働く気はありませんから……」
「はあ? 今何と言った?」
「だ、だから! 私は、その、ここで働く気はないです……!」
ファティマの言葉を聞き間違いかと思って尋ね直す劉に対して、彼女は声を振り絞ってそう言った。
その声は少し震えているが、彼女は別に劉が特別怖かったわけではない。
いや、怖いと言えば怖いのだが、どちらかというと彼女は人間全般が苦手なだけなのだ。
「はははっ! 面白いことを言うじゃないか。──お前たち、ちゃんと躾けておけ」
「了解です」
劉が大きく愉快そうに笑ったあとでどこまでも冷たい声で命じ、部下たちが下衆な表情を浮かべる。
本来は商品である女性に手を出せばそれがマフィアのメンバーであっても処分されるが、ボスのお許しが出たならば事情は違う。
彼らは思わぬ役得に笑みを浮かべて、ファティマににじり寄る。
「……そういうつもりならば、こちらにも考えがあります」
ファティマはそう小さく宣言し、男たちの方に赤い瞳で憐れみの視線を向けた。
強者が弱者を見下す。そんな憐れみの視線とともに、鮮血が舞った。
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