第1話 ようこそ魔界スキル商店へ
「アルト、お前を王国スキル研究院から追放する」
冷たい声が広い会議室に響いた。
アルトは黙って目の前の男を見つめた。
王国第一王子、レオンハルト。
そして周囲には研究院の幹部たちが並んでいる。
誰もアルトと目を合わせようとしなかった。
「理由を伺っても?」
「決まっているだろう。成果の横領だ」
アルトは思わず笑いそうになった。
成果の横領。
その言葉がどれほど滑稽か、この場の全員が知っている。
王国騎士団が使う【身体強化】。
宮廷魔導士が愛用する【高速詠唱】。
近衛兵専用の【魔力循環】。
その全てを作ったのはアルトだった。
だが発表された論文には王子や貴族たちの名前しか載っていない。
アルトの名前はどこにもない。
「私の作ったスキルですが」
「証拠は?」
王子が笑った。
周囲も笑う。
アルトもようやく理解した。
これは裁判ではない。
追放を決定した後の儀式だ。
「研究資料も残っているはずですが」
「全て研究院の所有物だ」
「なるほど」
アルトは小さく頷いた。
もう何を言っても無駄だ。
結論は最初から決まっている。
「本日よりお前の研究資格を剥奪する」
「王都からも追放だ」
「二度と人類領へ立ち入るな」
王子は勝ち誇ったように言った。
アルトは静かに席を立つ。
そして最後に一言だけ残した。
「後悔しないでくださいね」
会議室に笑い声が響く。
誰もその言葉を気にしなかった。
◆
三か月後。
魔界辺境。
荒野のど真ん中。
そこに一軒の小さな店が建っていた。
木造の平屋。
看板にはこう書かれている。
『魔界スキル商店』
アルトは椅子に座りながら大きくため息を吐いた。
「客が来ない……」
開店して七日目。
売上ゼロ。
来客ゼロ。
相談客すらゼロ。
「やっぱり魔界で商売は無理だったかな」
人間界を追放されたアルトは、唯一受け入れてくれた魔界へ流れ着いた。
だが受け入れられたことと商売になることは別問題だ。
この辺境には魔族自体が少ない。
「今日は閉めようかな」
そう思った時だった。
カラン。
店の扉が開いた。
アルトは勢いよく立ち上がる。
初めての客だ。
入ってきたのは小柄な魔族だった。
緑色の肌。
小さな牙。
粗末な革鎧。
ゴブリンだ。
しかもかなり若い。
「い、いらっしゃいませ!」
ゴブリンはビクッと肩を震わせた。
「ほ、本当にスキルを売ってるのか?」
「もちろん」
「嘘じゃなくて?」
「嘘ではありません」
アルトは笑顔で答える。
ゴブリンは恐る恐る店内へ入った。
「俺、強くなりたいんだ」
その一言にアルトは興味を持った。
「理由を聞いても?」
「仲間を守りたい」
即答だった。
「隣の群れに襲われてるんだ」
「俺たちは弱い」
「何人も死んだ」
ゴブリンは拳を握る。
震えていた。
恐怖ではない。
悔しさだ。
アルトは少しだけ表情を和らげた。
「予算は?」
「銀貨五枚……」
「全部です」
かなり少ない。
人間界なら子供の小遣い程度だ。
だがアルトは笑わなかった。
「なるほど」
アルトは机の上に紙を広げた。
そして魔力ペンを走らせる。
線が光る。
文字が浮かぶ。
やがて一枚のカードが完成した。
カードにはこう書かれていた。
【連携】
「これは?」
「仲間と呼吸を合わせるスキルです」
「一人では弱くても、集団なら強くなれる」
「君向きですよ」
ゴブリンは目を丸くした。
「そんなのがあるのか?」
「今作りました」
「今!?」
アルトはさらりと言った。
この世界で唯一。
スキルを創造できる存在。
それがアルトだった。
「使い方は簡単です」
「魔力を流してください」
ゴブリンがカードに触れる。
光が弾けた。
次の瞬間。
カードは消えた。
ゴブリンの身体に吸い込まれるように。
「どうです?」
ゴブリンは目を閉じる。
数秒後。
ゆっくりと目を開いた。
「わかる」
「仲間の動きが見える気がする」
アルトは満足そうに頷いた。
「ありがとうございました」
ゴブリンは銀貨五枚を差し出した。
アルトは受け取る。
記念すべき最初の売上だった。
ゴブリンは何度も頭を下げながら店を出て行く。
店内に静寂が戻った。
アルトは椅子に腰掛ける。
そして窓の外を眺めた。
夕焼けに染まる魔界。
「さて」
彼は銀貨を指で弾いた。
「そのスキルで運命は変わるかな?」
商人は商品を売る。
使うのは客だ。
幸せになるか。
破滅するか。
それはアルトの知るところではない。
だが――。
その日。
一匹のゴブリンが買った小さなスキルは。
後に魔界全土を揺るがす戦いの始まりとなる。
誰もまだ知らなかった。




