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03



講義の終わり。

呟くのは、先日の勧誘で聞こえてきた言葉。


「資産かあ……」

「また、そんな顔して」


不意の出会いから始まった自称案内人との会話は、実演まで加わる大きな出来事となっていた。自宅で一度眠った後も屋外に人を見つけるまで確かな現実感が得られず、会話の記憶は数日経った今日まで思考の隅に留まっている。

晴れない気分で受けた講義は、むしろ情報の厳選を強いられたことで平時より要点を捉えた感触さえあるのが体感だった。


「なあ、大金って、どのくらいから大金だと思う?」

「なにそれ。人それぞれだと思うけど。……特に事情がないなら三百万もあれば直近は苦労しないんじゃない? なに、将来の貯金額でも考えてるわけ?」

「そんなところ」


自身の学資預金への意図不明な振り込みが幼馴染が語った金額を超えていることを意識しつつ、少なくともこの十年ほどの内に別家庭を築いたらしい父親による行動とは考えていない。


入金が父親でもなければ、出会った販売員でもない。

だが、その両者を知る者であれば伝えること自体は可能かもしれない。振込金額に関しても、ディープセラという何かが生み出す利益に関係していると考えられなくない。


仮に自分が差出人の思惑を探ろうとするなら追及先はあの父親になる。

父親を妨害したい何者かの仕業というのが今一番の仮説だった。


「大金があれば何か変わるのかな」

「普通、逆だと思うけど……」

「逆なのか?」

「何にもなければ大金だって得られないでしょ。普通の人が普通に暮らしたところで普通くらいの貯金になるだけ。そうでもなければ皆お金持ちになってるよ」

「納得できる話だな」


幼馴染が語った説明に、最初から最後まで普通でいられる人間がいるかという疑問が湧き、普通の定義すら定まらないだろう展開が読めて次の言葉を諦める。自身の状況を説明しようとすれば金や資産やら投資詐欺を思わせるしかなくなるため、眼前の相手に話しても真剣に心配されるだけに思えていた。


経緯不明の資金を生活の足しに数えられるはずもなく、それでも有るのに使えないという不満は、父親への手掛かりという一点により入金抹消さえ行える気がしない。


変わらず日常通りのバイトを過ごして深夜の帰宅となる。溜息の次には、過去の自身が玄関脇に放置した通学用の荷物を、今の手荷物と一緒に居間まで運ぶ。


床に座り込めば、机の隅にある写真入りの封書を見つめていた。


「ディープセラね……『――何かお困りでしょうか?』」


 突然の声、その声質に既視感を覚える。


「連絡先を教えた覚えはないぞ」

「ええ、そちらについては私の不手際でした。お客様側から連絡できない状況を作ったことで、今日までお手数をおかけすることになり申し訳ございませんでした」


振り向けば、そこには案内人を名乗っていた入鹿の姿がある。

ここが自宅であるにも関わらず。もはや常識を指摘する気は起こらない。教えてもいない住所を調べ上げるような相手が本心で不手際を謝罪するとも思えない。


「それで、入鹿さんは、どうして、ここに来られたのですか?」

「勧誘の続きですよ。こういった業務は事後調査も必須ですからね。謝罪ついでに感想をお聞かせいただければと思いまして」

「わかった。日常では得難い経験だった。当たる人には当たるんじゃないか?」

「そんなナゲヤリな。……お客さま自身の感想を教えてくださいよ」

「自分はしない」

「そうですか。……本当に残念です」


そう答えてみれば、横目に大げさに落ち込む演技が映る。

このまま通報してやろうかと個人端末に手を伸ばしたところで、机に放置していた封筒に視線が向けられているのに気付く。


「おや、これは?」

「言ったろ、あんたの所の住所を知らされたって。それに付いていた写真」

「なるほどなるほど、個人情報にあたるので実在等は話せませんが、これらの写真はディープセラの中で撮られたもののようですね。何よりセラフの姿がありますし」


そう言って示されたのは、多くの写真で父親らしき人物の隣にいた少女であった。


「セラフ?」

「ええ。ノード運用のために権利者全員に与えられる個物資産の一種です。まあ、私どもの業界における資産パートナーとなります」

「なんだ、セラフとやらで稼げるようになったからお金を渡したっていうのか? 直接会えないかって、こんな方法で?」

「いえ、あくまで、そちらの方がセラフを所持しているという話だけで、入金云々は断言できかねます」

「なおさら悪いじゃないか」


仮装行列が進もうとする中、建物に隠れる形で写っている写真。


仮装集団と評したのも普通の人間に混ざって着ぐるみ姿の存在が写っているためであり、日付を含めた撮影時刻が信用ならなかったのも、それが原因だった。

仮にセラフとやらが人型に限らないなら、写真の光景は実在する日常なのだろう。


「ご興味があるなら、ご自身で確かめられるのが一番ですよ」

「そこまで言うなら、謝罪ついでに教えてくれたっていいじゃないか? どうせ個人情報は調べられるんだろ」

「お客様と私との間ならともかく、他の方まで含めた情報となりますと個人保護の観点から好ましいものではありません。何より私個人がお答えしたところで信頼に足るとも思えませんので」

「それで参加しろと?」

「先日の不手際もありますので、ご参加いただけるのであれば多少のお手伝いはさせてもらいますよ?」


出来過ぎた状況に不信を抱きつつも、通報への手を止めた自分がいる。


「……わかった。参加する」

「ありがとうございます。では始めに、光輝サマのノード資産の方をお伝えさせていただきます」


この迷惑極まる行為が終わる期待も込めて、了承を告げたことに後悔を覚えながら、入鹿の話の続きを待った。


「資産も何も手持ちはゼロだろ。それとも最初は金で買うのか?」

「権利者様同士による売買もありますが、……最初に保有する分は、お客様自身のこれからの貢献を元に算出されます。そういう意味ではお客様の頭脳を買い上げていると言うべきかもしれません」

「どういう理屈だ?」

「認知領域をお借りする対価です。これから先、権利者様がお亡くなりになるまでの労働報酬を先にお渡しして、それを元にディープセラで活動を行ってもらいます」

「そんなもの事前に測れるのか?」

「まあ、あくまで統計から推定される量を提示させていただいております。未来予知なんて便利なものもありませんので。……推定寿命や性別、健康状態といった事柄から導き出される統計的な算出でして、個人差の大きい部分については運営側で調節するといった具合です。保険屋の真似事ですね」

「よく分からないけど、最初から与えられると思っていいのか?」

「光輝サマ、ご自身が対価を支払っていることを考慮しなければ、その通りです」


こちらの認識に都度修正を加える入鹿の言動からすると、自分に提示されるノード資産は期待できないものかもしれない。

そう考えつつも話題に従う。


「どうして、そんな面倒な方式を取るんだ?」

「我々どものサービスの信頼性を確保するためです。たとえば、大したことのない情報を大金で押し売りされたらどう思います? ……もちろん、そういった取引が現実に無いわけではありませんが、それを大勢が利用する世界そのものの基盤とするには少々頼りない。ですから大勢が分散しておこなうことで、取引行為そのものの公平性・信頼性を高めているというわけです」

「思考能力を貸すことで影響が出たりしないなら……、まあ」

「皆無とは言いませんが最小限になるよう設計しております。少なくとも実生活に大きく影響することにはならないかと」


詳しい解説まで求めれば答えてくれそうな表情に対して、本題を進めるように頷く。


「では同意が得られたものとして、そうですね。お持ちの端末を一台お貸いただけますか?」


要求に従って個人端末を差し出すと、入鹿の手が上を一度横切る。

それだけの動作で端末の待機画面は、装飾化された文字が映る画面へと移り変わっており、続く表示に数値の並びが表示された。


50万と少々。小数第二位まで表示されることから単純な通貨換算でないと分かる。

ただ、それだけ。


「50万か」

「年齢を考えても中々悪い値ではありませんが、全てはこれからの運用次第です。忠告しておきますと、ノード資産は基本的に減る一方です、1を割り切ってしまえば入場すらできなくなることを念頭にご利用ください」

「これを使い切るまでに親父を見つければいいわけだな」

「死ぬまでのご負担は変わりませんよ?」

「その辺は最初から諦めてる」


別にディープセラとやらに一生付き合うつもりはない。父親を見つけて問い詰めることができれば、それ以上を求める理由は今の自分になかった。


「ではディープセラへ。初回ですので私もご一緒しますよ」


端末が音を鳴らす。

勝手に選択された操作項目には、入場の通知が示されていた。



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