連絡通路
「ちょっとお姉さん、暗い顔してどうしたの?俺と楽しいことしようよ」
男の薄っぺらな言葉が、メイクの下の傷を疼かせた。M3の爆風の火傷が引きつり始め無数の針で突くような痛みを感じた。
「ねぇねぇ、無視しないでさぁ」
前に回り込んだ男の胸ぐらを掴んで、私は男を路地裏に引きずり込んだ。
「シカトはやめてブチ殺してやんよ」
襟首を締め上げ、殺意を込めた目を向けて言った。
「どうだ、尾行はありそうか?」
「いいえ、大丈夫ですね。ところで、リヤさん。本気で殺さないでくださいよ」
「今は殺さねぇよ、鬼堂」
私が笑って見せると鬼堂も笑った。
「詩人がお待ちですよ」
そのまま裏路地の古ぼけた扉から、地下へ降りた。
カビ臭さが充満したこの通路は、随分と使われていないようだった。
「幻の地下鉄ホームと言うのは有名ですが、この街には忘れ去られた連絡通路という物も数多存在するのですよ」
「お前ら赤は、下水の地下道が住処だと思っていたぜ」
「そんな時代もありましたね。セクト主義に陥って大局を見誤った頃です」
鬼堂は私の皮肉に、自嘲するように答えた。
「ビルとビルを、ビルと駅とを繋いでいた連絡通路。再開発で古い躯体は解体されて、新しいビルが竹林のようにそびえ立つ」
「そうして行き止まりの連絡通路だけが残り、忘れ去られるってワケか」
私はマルボロを咥えるとマッチを擦った。用の済んだ炎を二、三度振って消すと、そのまま軸を床に放った。
小さくジッと音が鳴った。
「じゃぁこの通路は行き止まりじゃねぇのか?」煙を吐き出しながら、私は他人事のように言った。
「そうですね」
鬼堂は質感の違う、行き止まりの壁の前で足を止めた。
「どうすんだ?」
私はマルボロを指に挟んだまま、手のひらを上に向けた。
「吸い終わったら言ってください」
鬼堂はそう言うと「この先は禁煙ですから」と、口の端を歪めた。
——指で弾いた短いマルボロが、回転しながら足元に落ちた。それをつま先で踏むと「いいぜ」と私は言った。
鬼堂は趣ろに屈むと、足元のマンホールの蓋に手を掛けた。
おいおい、八十キロはあるぞ。
そう思った私の顔を見ながら「ダミーです」と言って、軽々と持ち上げて見せた。
ドブ臭さが穴から吹き上がってきた。
「結局、下水道じゃねぇか」
吐き捨てるように笑う私に「もう潜んでないので」と鬼堂は言った。
下水道に降りてすぐ、見える位置のハシゴを鬼堂が指さした。
「あれを登ります」
「ああ、今は下水道が連絡通路ってわけか」
「ええ」
鬼堂は短くそう答えて赤錆びたハシゴを登ると、マンホールを片手で押し開けた。
「リヤ!」
新しい連絡通路に頭を出すと、ついさっき別れた声が聞こえた。
なぜだか妙に懐かしく思えた。
「キーツ......は死んだから戒名が要るな」
「まぁ、このままだとバレますからね」
「それにしてもお前、やり過ぎなんだよ。あのシマチョウ、キモかったぞ。」
私はキーツの額を小突いた。
「それに、なぁにが『リヤ.....もう、いい』だ。クソみてぇな三文芝居しやがって」
「リヤだって——」
パンパンと手が叩かれた。
鬼堂が笑顔を貼り付けたカカシのように立って、こちらを見ていた。
「私も混ぜてくださいよ。もっと、違う話題で」
そう言うと鬼堂の口は無音で『く・ど・う』と形を変えると、歪な亀裂を作って笑った。




