第12話
「村まで3時間はかかるがタナカは大丈夫か?」
なんと普通に時間の単位があることに少しだけ驚きつつ私は大丈夫ですと答えた。
すると私ではなく周りからグゥーッという腹の音が聞こえてきた。
「そういえば昼時だったな、あんな目に遭ったからすっかり忘れておった!」
「おおそうだ、昼飯の時間だったな!腹が減ったぞ!」
「あんな恐ろしい目に遭ったから余計腹が減ったな!」
男達はいったん立ち止まってそれぞれ背中に背負った巨大なリュックから何やら取り出した。食べ物であることは間違いない。
「握りっこしかないがタナカも食うか!?」
「・・・にぎりっこ?」
「おう!ホレ・・・コレだ!」
「あっ!!」
男が私の前に差し出したのはまさしくおにぎりだった。三角形ではなくまん丸の球で海苔はついておらず、いわゆる塩むすびとか銀むすびとも呼ばれる紛れもないおにぎりだった。
「食べます食べます!いただきます!」
私はかなり大きなまん丸のおにぎりを受け取り「いただきます!」と大声で言って大きく口を開けてガブリと噛んで頬張った。
それはまさに間違いなく塩味の米のおにぎりで、私は一心不乱にムシャムシャ食べた。すると目からは涙が出始め、涙をこらえようとしても逆にどんどん大粒の涙があふれて止まらず、とうとう私はそのままオイオイ泣き出しながら食べるという実に情けない有様になってしまった。自分でも何がどうしてこうも泣けてくるのか全く分からなかった。
「グスッ・・・余程大変な目に遭ったんだろうなぁ・・・」
「グスッ・・・あぁ、想像を絶する程酷い目に遭ったんだろう」
「ズズーッ、なんたって記憶を失くしちまう程の目に遭ったんだ、そりゃあ大変だったろうよ・・・」
オイオイ泣きながらおにぎりを食べ続ける私を見て身体の大きい屈強そうな大男達も思わずもらい泣きしているようだった。
「もう一個食うか?」
男達が食べ終わる前に食べ終えてしまった私に向けて、別の一人がおにぎりを差し出してくれたので私は感謝して受け取ってもう一つ食べた。
「スープも飲め、まだあったかいぞ」
一瞬だけ味噌汁を期待したが、それは塩味の野菜スープで、それでもとても美味しかった。
その後は皆静かに黙々とおにぎりを頬張り、合い間にスープを飲んで腹を満たした。
食後の小休止をした後で村までの徒歩移動を再開した。男達は巨大なクマを載せた重たいそりを交代で文句も言わず引いて歩いていたが、私にも手伝わせてくれと言うと、悪いがとてもそんな華奢な体じゃ無理だと言われたが、それでも私にも手伝わせてくれとお願いして綱をもって気合を入れて引っ張ったところ、一緒に綱を引いていた男達がつんのめって倒れてしまった。
「おわっ!なんちゅう怪力だ!」
「なんと!凄まじい怪力だ!」
「わっ、すいません!力加減が分からず思い切り引っ張ってしまいました!」
「ああ大丈夫だ気にするな、それにしてもその体で信じられんくらい怪力なんだな」
「えぇと、これくらいなら一人でも余裕で引っ張れそうです」
そうして私は周りの男達が口々に無理するなと言う中、大丈夫だと答えて一人でそりを引くことにした。男達は疲れたら代わるから遠慮せず言ってくれと声をかけてくれた。
そうして歩き続けたが、私は全く疲れ知らずで歩き続けられるのだが男達は気を利かせてこまめに休憩を挟み、その都度「疲れただろう、代ろうか?」と声をかけてくれたり水筒を渡してくれた。
私には彼等がずっと日本語を話しているように聞こえるのだが、その容姿は全く日本人ではなく、欧米人のような顔ではあるが肌の色は少し赤茶色のように見えて、ほぼ全員190センチくらいありそうで、薄茶色い髪を束ねて全員立派な髭を生やしていた。そしてその見た目に反して皆優しかった。
結局私は一度も誰とも交代することなく一人で巨体のクマを載せたそりを引いて村まで到着した。
「ひゃあ!本当に一人で村まで引いてきたぞ!」
「全く大したもんだ!」
「こりゃ相当な探検家か戦士だ!」
その村は大きな丸太が沢山並んで防御壁を作っており、その周りを取り囲むようにお堀もあった。大きな門はあるが門の扉は開いたままになっていて、見張り台もなければ見張り番もいなかった。
そのまま門を通過して村の中に入ると何人かの村人が驚いた顔をしてこちらに近づいてきた。
「おいどうした?」
「ありゃ、戻ってきたのか?」
「何かあったんか?」
「わっ!それは何だ!?グマンか!?」
「うわぁグマンだ!凄いグマンだ!」
「「何だ何だ?どうした?」」
騒ぎを聞きつけた村の人達が沢山集まってきて、すっかり私達は村人達に囲まれた。
「おう!後でちゃんと説明するから通してくれ!」
「そうだ!村長んトコに行っから通してくれ!」
村人たちは頷き、道を開けてくれた。
そして木こりの男達のうち一人が先に足早に進んで「村長に説明してくる!」と言って離脱した。
そうして村長の所に行くらしいということで、私はまたそりを引いて歩き始めた。
「うわ何だ!?子供みたいに細っこいのに一人で軽々とそりを引いてるぞ!」
「一体誰なんだ?凄い力だ!」
村人達の驚きの声を耳にしながら、私は少し恥ずかしさを味わいながらそりを引いた。
村の中心部へとそのまま進み、5分もかからずに大きな建物に到着した。
建物からは先行した男と、割と白髪が混じっているが身長は高く横幅も広いかなりガッシリした体格の人物が腕を組んでこちらを見ていた。間違いなく彼が村長だと思うが、村長というよりは総合格闘技か何かのチャンピオンのような風貌で、率直に正直に言って物凄く怖かった。
「オイィッ!」
ビクゥッ!と、思わず私は体を竦めた。
「お前達!何故命の恩人一人にそりを引かせているんだ!」
「「すんませんッ!!」」
「あっ!いやっ!違うんです!これは私が頼んだんです!皆さんはそりを引っ張ってくれようとしていました!それを私が無理を言ったんです!」
「何ッ!?そうなのか!?」
「「はいッ!そうですッ!」」
「何故そんな事を頼んだのだ!?」
「はい、私には力があるみたいで、1日中歩き回っても疲れません、それにおにぎり、じゃない、にぎりっこをもらった恩返しをしたかったんです!」
「・・・フゥム・・・どうやら話しに聞いたのは本当の事のようだ・・・えぇと、何と言ったか」
大きな体を小さくして隣に立っていた先行した男に村長が尋ねると男は「タナカです」と小声で村長に教えた。
「オレの名はガリクソン!この村の長を任されている!タナカよ!我らの仲間を救ってくれた事感謝する!村を上げて大恩人のタナカを歓迎するぞ!」
「「オォーーーッ!!」」
「あ、ありがとうございます!お世話になります!」
「ワッハッハ!世話になったのはこちらの方だ!」
そうして私は大きな建物の中へと案内されたのであった。