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ファウストの初速エンジン音にかき消されないように「結構重力かかるから気を付けて」と脱出ポッドで小さくなっている白河に声をかけると、ヴァレリーは返事を待たずに操縦桿を操作した。
「乗ったことあるんだから知ってる……ってぇ」
「前回アウトサイドに来たときは、祥子さんに手刀くらって寝てたじゃん」
「お前、ほんとに運転が荒いな!?」
ヘルメット内部のイヤホンから聞こえる白河の叫びにヴァレリーは笑う。そんな指摘ができるくらいなら、遠慮しなくてもいいだろう。ボーダー要塞領空につながる滑走路を、ファウストが駆け抜けていく。オレンジ色の光は速度が上がると線のように連なって見える。小さく切り取られていた空がぐんぐん近づいて大きくなっていく。操縦桿をさらに倒して速度を上げると、ボーダー要塞に突入したときのワルターと同じように脱出ポットに座っていた白河がうめいた。ベルトが胴に食い込んでいるのだろう。
空気の抵抗で機体がぶれるのを修正したころ、ようやく白河が「もうちょっとマシな運転を」とお小言をよこす。よれよれとしたその声は、重力に翻弄された結果だろう。ようやく話せるくらいには慣れたのだな、とヴァレリーは白河の様子を察して「おつかれ」と短く言った。
アウトサイド、インサイドともに、戦闘機は出ていない。今、空にいるのは自分たちだけだ。なかなか珍しい事態に、ヴァレリーはヘルメットの中で口笛を吹いた。普段は僚機なり、迎撃しなくてはいけない敵機がいる。ヴァレリーがお散歩と称するテスト飛行にしても、一機での単独出撃はない。テスト飛行の状況を把握するための僚機が出る。アウトサイドに白河海を送り届けるというタイムアタックがなければ、ヴァレリーは空を駆け回っていたことだろう。
「急ぐよ!」
「これ以上!?」
白河に一声かけてから、機体を傾けて速度を上げる。両翼から伸びる飛行機雲が、上空に線を描いていく。速度が上がるのにつれて肩や腹に食い込むベルトに負けないように、全身に力を入れる。
ボーダー要塞からの出撃、ヴァーチャル・アウトサイドでの出撃、どちらでも見た景色が正面モニタに広がっている。ボーダー要塞領空を越えたところで高度を落とす。高度があるとアウトサイドの有害光線の影響で、じわじわと機体が損傷してしまう。白河は「ファウストを労われ」と言うが、ヴァレリーなりに愛機を労っている。
「代表に通信回線開ける? 着陸準備しといてって伝えて」
「了解」
白河がファウストにつなげた自分の端末を操作して、アウトサイド代表白河陸に連絡をとった。正面モニタの左下に開いた通信枠から「さすがロリ子ちゃん、早いね」と力なく笑う声が聞こえた。
「≪ひつじ≫の方はどうなった?」
「偵察機二体が今がんばってくれてる。復旧は30%ってところかな」
白河の質問に返ってきた答えに、ヴァレリーはますます速度を上げた。急いでも偵察機二体の負担は変わらないだろう。それでもフェシスの再起動さえできれば、彼らの負担を減らせるような気がしてならない。きっと気持ちの問題だ。テクノロジーが進歩しても、人の心がその発展についていけるとは限らない。
ヴァーチャル・アウトサイドで見た格納庫が近づいてくるのをマップ表示で確認する。さらに高度と速度を下げて、滑走路に機体を着陸させる手はずをとる。
「着陸態勢とって!」
「オレが舌噛まなくて済むように頼む」
着陸の衝撃で舌を噛むのではないかと身構えていた白河の予想とは違い、なめらかに着地した。衝撃が全くないわけではないが、抑えられた方だろう。
「どうよ!」
「こういう運転ができるなら、もっと普段からさぁ……」
白河は何をやっても文句を言うなあ、とぼやいてから、ヴァレリーはファウストのエンジンを停止し、コックピットを開けた。アウトサイドの外界につながる格納庫の扉は、すでに閉じている。
ベルトを手早くはずして、ヘルメットをつけたままコックピットから飛び出すようにしてタラップを下りる。手慣れていないせいか、なかなかコックピットから出られずにいる白河をよそに、ヴァレリーはヘルメットを外した。頭をぶんぶんと振ると、毛先から汗の滴が飛んだ。上気した頬に外気が触れて、涼しく感じられる。アウトサイドは環境を完全に操作しているインサイドやボーダー要塞よりは若干気温が高いはずだが、ファウストに乗った直後はさすがに違う。ファウストのエンジンの余熱が空気をゆらめかせていてもそう思うことに、ヴァレリーは苦笑した。よほど気が急いていたに違いない。
「代表! 今ついた! フェスはどこ!?」
「ルート誘導する」
白河の端末からぴろんと通信音がした。当の白河はのそのそと、ヘルメットの小さな視界を頼りにタラップを下りてくる。
ようやく隣に並んだ白河の端末をのぞきこんで、道順を確認した。把握した道順に沿って進もうとすると、基地内につづくドアが続々と開いていった。先に開けてくれたようだ。白河がヘルメットを脱ぎ捨てる。
「行くよ!」
「待ってくれ、まだ呼吸が」
「担いでいこうか?」
「それは男の沽券に関わる」
「じゃあ、つべこべ言ってないで早く行くよ!」
インサイドの軍で支給される女性用の靴のかかとが音をたてる。走り出したい気持ちをおさえながら、ヴァレリーは早歩きでアウトサイドの基地内を進んだ。走ると白河がついてこられなくなる。白河を送り届けて、フェシスを再起動するのが今回の任務だ。自分だけが早く到着しても意味がない。
いくつかの扉をくぐり抜けて、ようやく目的の部屋にたどりついた。アウトサイド代表白河陸が「やあ、ロリ子ちゃん。海くんもお疲れ様」と声をかける。ヴァレリーはおざなりな返事をして、とびきり大きな≪ひつじ≫に視線を向けた。そこにフェシスが眠っているのかと思っていたが、誰もいない。
「フェスは?」
「フェシスはヴァーチャル・アウトサイドに本体があるから、メイジスのような実体はないんだ」
「じゃあこの大きな≪ひつじ≫を再起動すればいいのね?」
「そう。海くん、よろしく頼む」
白河がルート誘導が表示されていた端末を操作して、画面を切り替える。≪ひつじ≫から出しっぱなしになっていたコードを端末に接続すると、白河はどっかりと床に座り込んだ。すぐに再起動にとりかかれるように、アウトサイド代表がコードを出しておいてくれたのだろう。
「人使いが荒いんだよ。お兄様と言え」
「お兄様、よろしくお願いします」
「お兄様、がんばってね」
「お兄様お兄様うるさいわ!」
「自分で言ったんじゃん」
いつものようにくだらない軽口をたたきながらも、白河の視線は端末に釘付けになっている。
ヴァレリーは自分の任務がひとまず完了したことにほっと胸をなでおろした。そうして、フェシスを目覚めさせることに意識を向ける。フェシスに実体がなくとも、ヴァーチャル・アウトサイドに本体があっても、ヴァレリーとフェシスの関係には変わりがない。
「ああ……接続拒否ってこれか」
「手ごわいよねえ」
「マスターの命令でも拒否られるってどんな状態だよと思ってたけど、これは予想できない。不確定の……≪ココロ≫の部分だ。人間でたとえるなら、自分が心を許したものにしか見せない部分ってところかな。完全にシャットアウトされてるぞ、代表」
「面目ない」
アウトサイド代表白河陸が肩を縮こまらせてしょげる。ヴァレリーはとびきり大きな≪ひつじ≫の、ドーム状の窓をそっとなでた。手袋ごしのごわごわとした感覚では隔たりがあるような気がして、手袋を脱ぐ。つるりとした半透明のドームに触れる。
「ねえ代表、ヴァーチャル・アウトサイドからなら、フェスに接触できる?」




