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後ろからの爆風を受けてバランスを崩しかけた機体を、ヴァレリーはあっという間に立て直した。
「ワルター・ミュラー機、撃墜されました」
フェシスに罪がないのはわかっている。それでも淡々とした声にいらついて、ヴァレリーは奥歯を噛みしめた。敵機がヴァレリーを狙って陣形を整える。
「空で売られたケンカは買うわ、倍の値段でね!」
隼とあだ名される元インサイドのエースパイロットは、いらだちを吐き出すように叫んで、すぐに頭を切り替えた。空でデルタ編成をしていた五機はヴァレリーの動きを察知して散会していく。その全てに目を配るのは、隼と言えどかなり骨が折れる。
ヴァレリーは速度を上げず、敵機に翻弄されているふりをした。ときおりエンジンを逆噴射させて、戦闘空域から出たくて焦れているというように見せかける。
その様子にフェシスは少しだけ苦笑いに似た表情をして「トリッキーですね」と言った。ヴァレリーはいつものように軽口を返さず、自分の身体を動かすように、ゆっくりとファウストを動かした。
調子に乗った敵が二機、ヴァレリーの目の前で絡み合うように飛んでいく。ヴァレリーはその瞬間を見逃さなかった。追尾ミサイルを撃つ。機銃では、一機目を貫通することはできない。一度に二機落とすなら、破壊力の高いものでなくてはならない。
「二機撃破しました」
フェシスの声にヴァレリーは「あと三機!」と吠えた。
途端、警告音が激しく鳴り響いた。操縦席が赤い光で満ちて、ヴァレリーは目を丸くした。
「エネルギー残量、わずかです」
フェシスが無言の問いに答えるようにそう報告したが、ヴァレリーはさらに目を丸くすることになった。
「は? エネルギー漏れでもしてるの?」
「燃料はタンクに三分の二しか入っていません。アウトサイドは資源に乏しいのです。すべてのタンクを満たしていては、あっという間になくなってしまいます」
敵機が再び陣形を整えるのを、ヴァレリーは目ざとく見ながら、ペダルを強く踏みこんだ。自分の国を守るための武器をまともに使わせないなど、インサイドでは考えられない。ヴァレリーはため息を一つつくと「何分もつの?」とたずねた。
「このままでは五分が限界です」
「省エネルギー用のプログラムとか、ある?」
「いえ……。早く補給に戻ってください」
「敵が許してくれるんならね」
インサイドからやってきた敵機はヴァレリーが目的だ。許してくれるはずがないことを、ヴァレリーは知っている。敵の狙いがヴァレリーにある以上、逃げることはできない。ヘルメットの中がわずかに曇った。下手に逃げれば、アウトサイドの本拠地まで敵機を誘導することになる。
ヴァレリーは操縦桿を握る手に力を込めて、次にぱっと開いた。汗ばんだ手にはりついていた手袋が、じわりと皮膚から離れていった。
「フェシス、しばらく操縦、あなたに任せるわ。私のかわいいファウストに傷つけたら、承知しないからね」
ヴァレリーは無茶な命令を下すとキーボードを出した。右画面を使って、省エネルギー設定プログラムを作っていく。
「ヴァレリー、そんな無茶な」
「戦闘中にプログラム組むこと? いつもやってるよ」
画面から目を動かさず、考える間もなく命令を打ちこんでいくヴァレリーに、フェシスは誰が見てもはっきりとわかるほど目を丸くした。そうして次に、幸せそうに目を細めた。
「通信にもエネルギー使うでしょ。映像制限かけるから、報告は全部音声でお願い」
「了解しました」
返事しながらも、フェシスは敵機が迫るのを優雅に避けていく。これまでヴァレリーの動きに翻弄されていた敵機は急激な変化に戸惑ったのか、様子を伺っている。
三機が遠巻きに、青いファウストを取り囲む。フェシスはまばたきもせず、ファウストを上空へ操った。進路をふせぎにくる敵機をふりきって、上空からミサイルの雨を降らす。敵機に当たって爆発する。もくもくと煙が足元に広がっていく。フェシスは煙の塊から距離をとって、熱源反応を手早く確かめる。
「一機撃墜」
自分の手柄を主張するでもなく淡々とそう言って、フェシスはアウトサイドの本拠地方面へとファウストを向かわせた。たとえヴァレリーが今組み上げている省エネルギーモードが完成したとしても、基地に戻るだけのエネルギーが残っている保証はない。
ファウストが逃げるのを認めた敵機が、煙の中から突進してきた。槍で突くような鋭い直線的な動きで迫る敵機を、フェシスは機体を傾かせてかわす。ミサイルが後方で次々と爆発した。避けることにかけて、フェシスはかなりの腕前を発揮した。
「操縦かわるわ。プログラムの実行おねがい」
「了解しました」
「これだと何分もつ?」
「10分です」
ヴァレリーが操縦桿を握ったのと同時に、フェシスは操縦モードを切り替えた。ぐんと機体を下降させる。残る二機にぶつかりそうになりながら、すれすれのところを通り過ぎて、旋回する。
「おいで」
首筋から汗が伝い落ちた。次の瞬間、青いファウストは追尾ミサイルをこれでもかというほど上空へ放った。さかさまに降る豪雨のように流線型のミサイルが飛んだかと思うと、大きな爆発が起こった。ヴァレリーはミサイルを撃った次の瞬間には空域を脱し、アウトサイドの基地のある方へ進路をとっている。
「下から撃つとは思わなかったでしょ」
にやりと笑ったヴァレリーに、フェシスは「二機撃破」と告げた。
基地に到着した。ファウストのエンジンを切ると、自動的に視界が切り替わった。まるで夢から覚めるような感覚だ。あたりを見渡すと軍事用の《ひつじ》の群れが見えて、ここがヴァーチャル・アウトサイドだということをヴァレリーは思い出した。
ぐったりと身体から力を抜く。開け放った扉から冷たい空気が入り込んできて、気持ちよかった。
ふと隣を見た。ワルターは《ひつじ》の中に既にいない。
「隼さん、おつかれさま」
ヴァレリーは気安く話しかけてくる色黒のパイロットをにらみつけた。
「なによ。さっきはまともに返事もしなかったくせに」
「まさか! そんな真似、する訳ないだろう?」
卑屈な笑みにかちんと来た。インサイドにもこういう輩がときどきいて、ヴァレリーはそのたびに白い目を返したものだ。半眼でにらみつけると色黒のパイロットは、帽子を脱いでにやにやと名乗った。自分から名乗らせてやろうと息巻いていたのに、今では名前を覚える気自体がなくなっている。そっけないヴァレリーの対応に、男は踵を返して去ろうとする。止めた。不愉快だが、ワルターの行方が気になった。
「ワルターはどこにいるの?」
「奴は運が悪くてね。医務室にいるよ。そのうち病院に搬送されるだろうが」
これまでぐったりと操縦席に背を預けていたのも忘れて、ヴァレリーは軍事用の《ひつじ》から飛び出した。木目の美しい廊下を早足で抜けると、後ろから追いかけてきた男が先導してくれた。扉の前に立ったままのヴァレリーに苦笑したパイロットが、扉を開ける。自動ドアだと思い込んでいたヴァレリーは恥ずかしくなって「ありがと」とぶっきらぼうに告げた。
ベッドの上に、赤い髪の青年が呼吸器をつけて眠っていた。ヴァレリーはワルターが怪我をしていないことにほっと胸をなでおろして、枕元の端末を操作した。電子カルテには患者がどういう状態にあるか、事細かに記されている。誰が閲覧していいかというアクセス制限はかかっているけれど、簡単な情報なら知ることができる。ワルターの症状を知って、ヴァレリーは言葉を詰まらせた。
──ヴァーチャルなんだから被害を受けることはないと思ってたけど。
『転送システム使用中の事故により意識不明。生命活動は行われているが、意識が戻る保証はない』……着々と脈が記録されつづける端末に、そんな文字が見えた。何度も電子カルテを見直すが、端末はわずかな起動音とともに静かに事実を伝えるだけだ。
「半分くらいは、私のせいだね」
通信枠が開いたのに気付いたのは、ヴァレリーが三度目にカルテを見直したときだった。フェシスがこちらの様子を伺っている。
「また、一人になっちゃったな……ワルターとは、仲良くなれそうな気がしたのに」
目の前の青年はぴくりとも動かない。誰に向けるでもなくつぶやくと、声をかけあぐねているフェシスが通信枠の中でゆっくりとまばたきをした。
「……でも、死んじゃったわけじゃないもんね。勝手に殺したりしたら、また性格悪いって言われそう」
わずかにフェシスの黒い瞳が揺れた。何事か言おうとしてやめるのをくりかえす。ヴァーチャル・アウトサイド随一のシステムは結局何も言わないことを選んだようだった。
「うん。私さ、がんばるから。だから戻っておいでね」
ワルターの口元に装着された呼吸器がときおり白く曇るのをながめて、ヴァレリーは寂しそうに笑った。椅子から立ち上がって次にフェシスに向き直る。
ヴァレリーはもう少しだけ、元エースパイロットの隼でいようと思った。




