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 操縦席を風が吹き抜けていったような錯覚に、ヴァレリーは目を見開いた。

 記憶が蘇る。ばらばらにちぎられた鎖が、時間を戻したように次々と繋がっていく。


「あはは、道理で祥子さんや主任が気に入らなかったわけだ。一度騙されてるんだものね」


 現在位置を示す画面が赤く染まって、警告を示す。


「ボーダー要塞領空からはみだしそうだって? そんなのわかってるわよ」


 自動運転に切り替える。手元にキーボードを出して、飛行練習用になっていたシステムを戦闘用に変更した。警告が消えて通常画面に戻る。

 戦闘空域に踏みこむと緑色の光が三つ追跡してきた。インサイドの守備隊だろう。追手のデータを集めるべく、キーボードを操作する。先ほどから通信が入ったことを知らせる音が何度も鳴っているが、通信回線を開くことはない。


「ファウスト01Aが一機、二機……」


 三機目の操作でエラーが出た。接続できません、と表示された画面に向けて、ヴァレリーは薄く笑う。


「見切りが早いなあ。もうシャットアウト?」


 キーボードをしまって手動運転に切り替える。

 一気に加速して距離をとる。青い空に白い飛行機雲が伸びていく。

 画面に警告の文字が現れる。ロックオンされたのだろう。警報が鳴ったのに気づいて、ヴァレリーは機体を傾かせた。

 ぐん、と空気の流れや重力のかかり方が変わる。ミサイルが青いファウストの横を通り過ぎていく。数発つづけて発射されたミサイルは、らせんを描くように飛んだ青い戦闘機の横で互いにぶつかりあい、破裂した。ファウストの動きについて来れなかったのだ。破裂するころにはミサイルの破片など、ファウストのはるか後方に遠のいている。


「隼ってね、小さいけど、そこそこ優秀なのよ」


 国の保護機関にしかいない隼を、実際に見たことはない。けれどもそれがどんな鳥か、皆が知っている。そうやって実体を忘れられたまま、情報だけが残っていく。インサイダーと同じだ。残されるのは名前と遺伝子だけで、先代の自分とはちがう人生を生きていく。


「そんなの、もう飽き飽きしてんのよ」


 三機のうち、二機がファウスト00Aを追いながらアウトサイド側へ展開していく。ヴァレリーがアウトサイドへ亡命すると判断したのだろう。進路を防ごうと急加速する。


「自分を盾にするの? 容赦なく墜とすわよ。いくら私でも、攻撃しないで逃げ切れるとは思ってない」


 通信を知らせるランプはともったままだ。きっとヴァレリーへの呼びかけが行われているのだろう。家族や友人を盾にとって、説得に当たろうとしているにちがいない。

 ブツン、と強制的に通信が入る。


「え? 何?」


 音質がざらざらしているが、聞こえないというほどではない。


『おい、右側に展開しろ。インサイドに追いこむ』

『了解』


 相手パイロットが仲間内でやりとりしている通信のようだ。


「っはー、肝心なトコ抜けてない? 筒抜けじゃん。情報シャットアウトする前に戦闘機同士の通信シャットアウトしなよ」


 操縦桿をにぎって、機体を徐々に上昇させる。


「空は左右だけじゃないからね」


『まったく、誰だろうな、この不良パイロットは!』


 追手の通信から怒声が聞こえて、ヴァレリーは声をあげて笑った。きっと管制室はこちらの正体を知らせなかったのだ。彼らの戦意を削ぐのを恐れたのだろう。人の心は技術の進化に耐えられない。兵器がどれだけ進歩しても、クローン技術が発達しても、人間の中身はそう変わらない。

 あまり高く飛びすぎると、機体が損傷する。有害光線は今も大地に降り注いでいる。ファウストも例外ではない。

 一気に加速して距離をとり、そのまま高度を落とす。

 ミサイルが追ってきた。追尾型のミサイルは機体の一箇所にだけ照準を合わせているから、回転してやればいい。

 ヴァレリーは機体をぐるりと回転させる。右回りと見せかけて、中途半端な位置で左回りに変える。コックピットの天井が床になったのは一瞬で、すぐに元に戻り、また天井が床になる。

 ファウストの腹を狙っていたミサイルと翼を狙っていたミサイルが、青いファウストの回転にあわせて動く。ファウストの右に回りこもうとしたミサイルは、すぐに左に動かざるを得なくなる。間隔が狂って互いに衝突した。

 ミサイルは淡い黄の岩肌を粉砕しながら落ちていく。視界が一気に悪くなった。これで探知センサーが狂ってくれればしめたものだ。ヴァレリーは高度をあげて反転する。地図上の緑の点が一気に引き離されていく。縦一列になって、追ってくるようだ。それでも視界が悪いせいか、各機体の間の距離は大きい。


『おい、何も見えないぞ。この動き、まさかトリッキー・ヴァレリーじゃないだろうな!』


「なにその呼び名。私って色々あだ名があったりするわけ?」


 通信が嫌な音をたてた。


 ──管制室が気づいた?


 思わず身構えたが、その考えはあっさりと打ち消された。


『祥子さん、そんなに血相変えてどうしたの? え? なに? 盗聴? 俺はそういう不正とは無縁な一般研究者だってば』


 通信から聞こえる声は紛れもない、友人のものだ。ぶつ、と一際大きな音がして、通信が切れた。


「なるほどね、管制室がそこまでマヌケなわけないか。白河、ありがと。こういうのってセンバツって言うんだっけ? あれ? センベツ?」


 地図上に表示される三つの光は点ったままだ。速度を落として、あたりを警戒しながら飛んでいる。


「新型に乗ってても使いこなせなきゃ同じでしょ」


 ヴァレリーの正面にある大きな画面に的が表示される。ロックオンと同時にミサイルを撃ちこんだ。

 ミサイルの直撃をくらったファウスト01Aの墜落を確認する前に、上空から離脱する。浅い。この程度では落とせない。すぐに戦線に復帰してくるだろう。速度を極端に落とし、二機目と三機目の間にまわりこむ。前方から近距離用の機銃が襲ってくる。ファウスト01Aの機銃は威力が弱い。大したダメージにはならないので、機体の急所に当てなければほぼ無傷だ。かわさない。


「陽動でしょ、どうせ」


 鼻で笑って速度を上げた瞬間、青いファウストの上方をエネルギー弾が通り過ぎていった。近距離用の機銃をかわしていたら反応が遅れて当たっていたかもしれない。


「エネルギー弾っちゅーことは、うしろは02Aか。装甲分厚くなったのかな」


 背後にまわるために一旦速度を落としたのだろう。02Aの速度ならそのくらいはすぐに挽回できる。つい乗せられた。ヴァレリーは軽く舌打ちをする。

 高度を上げてエネルギー弾の逆さ雨をかいくぐりながら、前方のファウスト01Aを斜め下に見下ろす。加速し、減速し、回転しながら、少しずつ機体を近づけていく。

 再びファウスト01Aが機銃を使える距離まで接近する。後方からもエネルギー弾が飛んできた。すんでのところでかわして、敵のファウスト01Aに機体を寄せる。ぶつかるのではないかと心配になる距離まで近付くだけで、機体のブレが発生する。がりがりと音がしそうだ。


「ごめんね、私のファウスト」


 衝撃から逃れようと敵機が軌道を変えて、エネルギー弾にぶつかった。敵機の同士討ちだ。装甲が溶け、じわりと穴が広がった後に機体が爆発する。


「うっは、こわあ」


 そう言いながらもヴァレリーは操縦をやめない。青い機体がきりもみ状に回転しながら空を落ちていく。墜落に見せかけるにはテクニックがいる。

 ここぞとばかりに手負いのファウスト02Aが接近してくる。急速反転して、ミサイルを撃ちこんだ。

 かわそうとした敵機は前方に迫っていた岩肌にぶつかって、機体を損傷させた。


「女はみんな女優らしいよ!」


 とどめを刺そうと引き金に指を伸ばしたところで、警告音が鳴った。


「なに? もう一機、逆方向から来た?」


 地図上に点滅するのは赤い点だ。緑ならばインサイダーだが、赤い点はアウトサイダーだろう。


「誰?」


 ヴァレリーの機体の横をミサイルがかすめていって、体勢を立て直そうとしていた敵機を撃破した。

 通信枠が強制的に開く。音声のみの通信だ。


『こんぐらっちゅれーしょーん。ご機嫌いかが?』


 しまりのない声だった。


「どうもありがとう。ところで、どちらさま?」


『今はそんなことよりアウトサイド領空まで逃げ切ることが大事でしょ。早くしなきゃまた要塞から守備隊がわらわら出てくるよ。ついてきて』


 どうやらヴァレリーに攻撃してくる意図はないらしい。相手の機体を見るために、画面を切り替える。


「深緑色のファウスト!」


 いつかアウトサイドの偵察任務で見かけた機体だ。


『うん。海君から通信が入ったんだよ。五年ぶりくらいかな』


 深緑色のファウストの主は、マサムネ――白河 陸(しらかわ りく)だと聞いた。おそらくこの男性が、白河の弟なのだろう。


『僕としても、早く君の顔を見てみたいんだ。アウトサイドに行こう』


 迷っているわけにはいかない。深緑色のファウストを追って飛ぶと、ある一線を越えたあたりでがくっと機体に衝撃が走った。


「……なにかした?」


『中間地区を超えたからね。アウトサイドに入るとそんな感じになるんだ。君の機体、損傷度低いし、中までは影響ないよ』


 アウトサイドを飛びながら、地上がかなり広いことにヴァレリーは驚いた。

 荒れ果ててはいるが、これほどまでに広いとは。インサイドは地中にあるのだから、アウトサイドよりもずっと広いのだと思っていた。湖も、海も、地中には関係がない。さすがに深い海溝などは避けて作られるが、それでもアウトサイドは狭いのだと思っていた。とんでもない。アウトサイドは広大だ。

 先導者が減速するのにあわせると、かすかに誘導灯が光るのが見えた。そのまま深緑色のファウストにつづいて、地上に降りる。地上に見えたのは入り口だけで、すぐに地中にもぐっていく。


「アウトサイドって地表で生活してるんだと思ってたわ。地中にも施設があるのね」


『だからインサイドと接触できるわけ』


「なるほどね」


 入り口が閉じて、ほのかにともる誘導灯だけが見えている。宇宙に行けばこんな感じなのかもしれないと、ヴァレリーは肩から力を抜いた。

 ファウストのエンジンが止まった。ヘルメットを外してボタンを押す。扉を開けた瞬間、光が差しこんできた。

 急に強い光を浴びたのがまぶしくて、ヴァレリーはヘルメットから解放された汗まみれの頭を小さく左右に振りながら目を細めた。


「ようこそ、アウトサイドへ」


 少しずつ目が慣れていく。片目に眼帯をした男が、無表情のまま、目の前に立っていた。パイロットスーツを着ているし、まぬけな声も先ほどの通信と同じだ。容姿は兄と似ていない。髪も目も黒く、肌も褐色だ。


「そうか、君が海君のカノジョか」

「ちがう」


 否定したところで、陸の次の言葉が降ってきた。


「意外に背が低くて丸顔で胸がないね。今度の海君は少女趣味か。前回のカノジョはスレンダーだったんだけど……進化してるのか退化してるのかわからないね」


 初対面の相手に何を言うのか。開いた口がふさがらない。


「うん、あだ名はロリ子ちゃんだな」


 握手のために差し出された手を無視して、ヴァレリーはアウトサイド代表に見事なまわし蹴りを食らわした。灰色の壁に向かって陸が飛んでいく。それでも陸の表情は変わらない。

 警備員たちが「代表!」と走り寄るのを軽く手を上げて制すると、笑いながら陸が立ち上がった。


「アウトサイド代表白河陸です。どうぞよろしく」

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