報告
イエフはアマーリアに差し出された紙を受け取ると、ちらりとそれに目を落としジュダスに紙を渡した。ジュダスも手渡された紙を父王と同じように見ただけで、スっと大司教の前に置く。
彼ら三人は一人掛けのソファに座り小さなテーブルを囲んでいた。
最後に受け取った大司教がじっくりと紙を見ている間、アマーリアは部屋の隅に用意してあったティワゴンに置いてあるボトルを開け三人にワインの入ったグラスを配った。
「ふむ。記録にない文字でございますな。縦に書いてあるのは何か意味があるのか…」
そう言って、大司教はエリカが講義のメモを取った紙を見つめたまま呟いた。
「まずは皆の意見を聞こう。アマーリアお前からだ」
イエフがワインの入ったグラスに口をつけながら、アマーリアに命じた。
「はい、エリカ様は貴族に近しいご身分かと思われます」
「ほう、なぜにそう思う」
イエフは、アマーリアの言葉に関心を寄せながらワインを一口飲みくだす。
「皆様もお感じになっておられると思いますが、まずは言葉遣いです。庶民にあのような言葉遣いは難しいと思います。ほぼ1日お側に仕えておりましたが、言葉使いに乱れはございませんでした」
「……。続けよ」
「はい、次にマナーに関してです。召喚され最初に出された菓子にカトラリーを使われました。最初のお食事に用意した過去の聖女様のお好みの物をすべて出したところ、サラダ、スープ、卵料理、肉料理と白パンを選ばれ、どの料理も音を立てることなくきれいにお召し上がりになりました。所作も姿勢も美しく、イブリン様とは違いそれなりのマナーはご存知かと」
「ふむ…」
アマーリアはイエフの返事ともとれない返事を聞き、言葉を続けた。
「お食事に関しては使用人にサーブされるのに慣れておられるようでしたが、入浴の介助は最後まで拒否されました。着替えや髪を洗われることに拒否感はないご様子でしたが、私や女官に対しての態度も遠慮がちで、使用人を使い慣れていないご様子でございました。ですので貴族に近しいご身分かと感じました」
「なるほど、では大司教はどうだ」
イエフが話を大司教に向けると、大司教はそれまで見つめていたエリカのメモを書いた紙をテーブルに置き、指を組んでイエフの方に顔を向けた。
「はい、かなり高度な教育を受けられておられるようですな。高位貴族の子息が施される教育と同等か、それ以上かと感じました。『ヴァロワ国の歴史 王と聖女の偉業録』は高位貴族向けの歴史書ですが、難なく読まれており、私の講義の間にこちらの紙にメモをとられておりました。過去の聖女様方は言葉は通じても読み書きができた方は数えるほど。そう考えれば、此度は良い方を召喚されたのかと…」
「ほう。前回は『ハズレ』だったと?」
「いえいえ、聖女の名に相応しいという意味でございます」
大司教の言葉尻をとらえ、おかしげに笑うイエフの問いに大司教は、大真面目な顔して慎重に答えた。
「まぁ良い。ジュダスはどうだ」
「そうですね。見目や容姿は聖女として問題ないですね。黒髪は地味ですが知的な印象を与えます。ダンスは踊れないようでしたから、会話から入るしかないですね。大司教のお話から知的な会話はそれなりにできると期待したいですね」
イエフの問いに、ジュダスは笑いながら答えるとグラスに口をつけた。
「聖女殿と上手くやれそうか?」
「それは、なんとも。まだ性格や好みもわかりませんし」
「確かにの。分かってもどうにもならん時もある。アマーリアよ。その点はどうだ?」
「はい、大人しく控えめで学問好きな方かと存じます。大司教様のご講義のあとお部屋に戻られてから、熱心にそちらのメモをまとめ歴史書を読まれておりました。私や女官達とも会話をしておりますが、エリカ様から積極的に質問されると言うより、相手の話から質問を広げられるという話法でした」
「聖女様の資質はお持ちのようですな。そのような方ならば、民衆の前にお顔を出せそうです」
エリカが部屋に戻ってからの様子をアマーリアはそう報告すると、大司教はホッとした声音でエリカを評しワインに口をつけた。
「大人しく控えめ…。では私から働きかけねば…ですね」
「それと、あまりお酒にはお強くないようでした。食事にお出ししたワインにもあまり口をつけず、お水をお好みでしたし、ナイトキャップにお出ししたワインもごく少量を口にしただけでございます」
「酒に弱いか。それで媚薬が効きすぎたのか」
「はい、今後量を加減するように致します」
ジュダスの言葉にアマーリアは、恭しくお辞儀をした。
「引き続き、聖女を観察せよ。いつ態度が変わるかもしれんからな」
「かしこまりました。では、御前失礼致します」
アマーリアはエリカのメモを手にすると、部屋を静かに退出していった。
「明日から、少しずつ聖女のもとを訪れよ」
「はい。見舞いの花は贈っておりますので、それを口実にでも致します」
ジュダスはイエフに笑顔を向けると、残りのワインを飲み干した。