困惑
キースがエリカの護衛騎士となってから、彼は常にエリカの側にいた。食事の時間は同じ部屋の隅で済ませている。体力を使うからだろうか遠目から見ていても朝からエリカの何倍もの食事を口にしていた。
キースは大司教からの講義の時間やお風呂や着替えの時などを除いてエリカが寝ている時にも寝室の隣部屋に控えていると女官から聞いた。
ただいつも側にいるが、キースから声を掛けられることはなく、目も合わなかった。
ーいつお休みを取るのかしら。
気になってはいたが、声をかけるのも戸惑われ1週間ほどして庭の散歩の時にエリカの方から思い切って声をかけてみた。
「あの、キースさんはいつお休みを取られるのですか」
「………その時々に十分に休みは取っております」
表情を変えずに、いや少し眉を動かしただけでキースはすぐに返事をした。
「いえ、食事をとっているのは見たのですが1日お休みをとられているのを見たことなくて…。夜も隣部屋で控えているとお聞きしたので、ちゃんと休んでらっしゃるのかなと…」
キースは表情を変えなかったが、エリカはキースの眉の動きに少し嫌悪が混じっているような気がして、少し怯んでしまった。
「聖女様付きの護衛騎士に定期的な休みはありません。夜は起きておりますが、エリカ様の講義の時間など他に大司教様や殿下の護衛の者がつく時に休みをとっております」
「え、でも、それでは体力が続かないのでは?」
「訓練しておりますので大丈夫です」
大司教の講義の時間やジュダスのお茶の時間はそれぞれ2時間前後、長くて3、4時間である。小間切れ時間の睡眠など仮眠にしかならない。
驚くエリカにキースは平然と答え、その時はそれで会話が終わってしまった。
「ヴェルザーがなにか貴女に粗相でも?」
「いえ、決してそうではないのです。ただ私がいた世界ではと言うか、私の国では24時間労働や長期間の連続労働が認められていなかったんです。それで馴染めないというか、見ていて心苦しいというか…」
「ふむ。それでヴェルザーに定期的な休みをやって欲しい…ですか」
その日のお茶の時間、エリカはジュダスにキースが休息をとれる時間を増やせないかと相談をした。
「はい」
「わかりました。何とかしましょう」
ジュダスはエリカの願いを聞き、キースの勤務を緩和するのではなく、エリカの護衛騎士を一人増やした。
ソレンという名の新しい護衛騎士は明るい金髪にハシバミ色の瞳でキースと同じく整った顔をしていたが、キースに比べて柔らかいと言うか軟派と言うか、良く言えばフレンドリー、悪く言えば馴れ馴れしかった。
任命直後からキースより立ち位置が近く、よく話しかけてきた。食事には同じテーブルに着きたがり、驚く事にエリカが眠る時の護衛はベッドの近くに立とうとした。
「寝顔を見られるのは、ちょっと…」
「護衛はすぐ側でお守りするものです。私の事は道具とでも思っていただければ、どのようにでもお使いいただけます」
そう含みのある笑いで答えられ、その晩エリカは天蓋のカーテンをぴっちり閉めたが同じ部屋に男がいるという緊張感でうとうととしかできなかった。
翌日いくらエリカがやんわりと外にいて欲しいと言っても通じないようで、エリカは彼が食事でテーブルに着くのは許したが、眠る時は寝室の外にいる事をアマーリアを通して義務付けてもらった。
ジェダスにお願いして増やしてもらった護衛騎士を変えてほしいとも言えず、エリカは我慢しながら悶々としていた。現代と違い、使用人は家具と同じというこの世界の感覚には未だ馴染めない。
ある日、大司教から過去の聖女様達の聖遺品の見学をしませんかと誘われた。
「聖…遺品ですか」
「はい、過去の聖女様達がこちらにいらした時に身につけていた物や、愛用の品々が保存されているのです。今から500年ほど前の聖女ミネルヴァ様が、のちの聖女様達の慰めになればと刺繍や書付けを残されたのが始まりなのです」
「ぜひ、見てみたいです」
誘いを受けると大司教はいつもの部屋ではなく、王宮の奥の方へとエリカを連れて行った。
大きく分厚い扉が開かれると、そこには無数のトルソーがたくさん並んでいて首元には聖女の名前と番号が書かれたプレートがつけられていた。
「初代聖女様のものはございませんが、二代目様よりこちらにいらした時の服を保存しております」
大司教の説明を聞き、端から順番に見ていくとどれも中世から近世のヨーロッパの庶民の女性が着ていたような服であった。
だが、ところどころに貴族のようなドレスを着たトルソーがある。
ーあれ? 数が少し多くない?
目でざっと数えると60体ほどのトルソーがある。聞いていた話ではエリカは50番目の聖女のはずだ。だが、それを口にはせず、黙って大司教の説明を聞いた。
そして次の間に行ってエリカは驚く。
真正面に飾られていた大型のタペストリーに「これが読めるなら口を噤んで」と綴られていたからだ。




