赤髪の侍女
執務室に戻ってきたカイゼルから、一連の話を聞いたゼフは禿げそうになった。いや、吐きそうになった。なんなら10円ハゲならもうできている。狼になった際にそれがわかる。それはさておき。
「本人に口止めしていなかったんですか??」
「いやー、まぁするのも違うかなぁなんて…」
種の滅亡のかかった事態に何を言っているのだこの色ボケ狼は。
「しかしそもそも気づかないものなのか?銀狼族なら普通匂いで分かるし、それでなくとも俺ならぱっと見でコイツらやったなみたいな空気がわかるというか…」
「…言い方は少しあれですが、まぁ言わんとすることは分からんでもありません。番の気配にそんなに鈍感とも思えませんし」
ぶっちゃけあなたたちそういう気配出てますしね。と吐き捨てるように言うゼフ。と、そこへ急な声かけがする。
「それについては私も気になっておりまして」
「うわあっ!?」
いきなりゼフの背後から女性の声がして思わず叫んだ。この部屋には他に誰もいないと認識していたのに、一体いつの間にいたのだろうか。
「すみません。私、お妃様…リル様付き侍女のサンディと申します。以後お見知り置きを」
「あ、どうも」
丁寧にぺこりとお辞儀をする女性に、ゼフもつられてお辞儀をする。赤いウェーブがかった髪を肩までで切り揃えた20代くらいに見える女性。そしてなぜかのメイド服。その格好で城からここまで来たのだろうか?
「へー、落ち着いた雰囲気の美人さんだねー。俺はカイゼル。こっちはゼフだよ。よろしくね」
女性相手だからかヘラヘラと笑うカイゼルだが、今の会話を聞かれていたのかと横にいるゼフは気が気ではなかった。
「えーと、陛下は帰られたんですよね?他の龍族の方々もご一緒だったかと思ったんですが、あなたはなぜここに?」
ゼフは何とかつくり笑いを保ち、さっきの話を聞かれてませんように…!と心の中で淡い願いを唱えた。
「いえ、そもそも陛下たちとは一緒に来ていません。私はリル様付きの侍女ですので…。リル様の安全確認や身の回りのお世話をしにきました。そう、あのサラツヤ髪を梳かすのが私の天職…」
「んん?」
淡々と話すサンディの姿に、またちょっと変なやつがきたかこれと2人は思ったが口には出さない。それより…。
「ちなみにこの部屋にはいつから…?」
恐る恐るゼフが聞く。
「陛下が食堂にいらしたという話をしていたところからです」
「はい、最初からですねー!?」
焦土決定とゼフは絶望した。しかしそんなゼフにお構いなくサンディはカイゼルにずいっと近寄る。
「んん?何かな?」
嫌な予感がしつつも笑顔を崩さない。そんなカイゼルにサンディは尋ねた。
「リル様に手を出したのですか?」
核心をついた質問に思わず固まる。が、瞬時にヘラヘラと茶化すように答えるカイゼル。
「んー?どういう意味かなー?思わず手を握りたいくらい可愛いよねりるちゃんねー」
何とか誤魔化せないか脳をフル回転させる。しかし…
「その汚ねえ腰ふったか聞いてんだよ犬コロよぉ」
「はい振りましたー!」
サンディの突然のキャラ変に思わず正直に答えてしまったカイゼル。ゼフは終わった…と倒れた。
「何回です?これまでに何回程手を出しました?」
「3回、以上、は…」
「ちょ、なんで増えてるー!?」
急に出てきた自分も知らない情報に驚くゼフ。なぜだ!?あの夜だけじゃないのか!?2人とも酔ってたならワンチャン最後まではしてないのではと、あり得ないと思いつつもわずかな淡い希望があったのに!
「いや、その可愛くてつい…」
「ついじゃないでしょうこのどすけべ狼が!いったいこの数日でいつの間にそんな…!」
ゼフに掴み掛かられ目をそらし つつ、しどろもどろになるカイゼル。確かにここのところずっとカイゼルから花のような匂いがするなとは思っていた。とはいえカイゼルから女の匂いがするのはよくあることだと気にしていなかった。リルリアーナに関しては基本的にゼフが彼女に会う時にカイゼル本人がその至近距離にいたため、マーキングされた匂いに気づいていなかったのだ。
「は!庭の木陰で見つけたあの時!慌ててましたけどやはりあの時…」
「違う違う!あの時は最後までしてない!」
ふと思い当たることがあったゼフが追及するも、それは否定する。あの時、は。
「夜盗狩りの後帰ったら何故かリルちゃんが部屋にいて。まぁ、その、そういう雰囲気になって、リルちゃんも割と積極的で…」
「もうやめましょう!はい!この話は終了!」
完全アウトだ。この流れはだめだ。これ以上の追及もやめておこう。そう思いながらゼフは恐る恐るサンディの方を見るが…。
「あ、大丈夫です。リル様が楽しく過ごせたなら私は別に」
「あ、意外とそういう感じで」
ニコニコと話を聞いているサンディのテンションにほっとする2人。
「ただし無理矢理とか嫌な思いさせてたら切り落としてるからな犬コロ」
「させてませんお互い楽しい夜でしたー!」
表情は変わらぬまま再びドスの利いた声を出すサンディに慄くカイゼル。そこでゼフは肝心なことを切り出す。
「あの、このことは陛下には…」
そう、そこである。侍女が許そうが許すまいが関係はない。そもそも恐怖の対象は別にいる。カイゼルのブツが切り落とされるくらいならゼフには関係ない。しかし焦土の灰にはなりたくないのだ。
「もちろん言いませんよ。でも陛下こそ一番に気づいてもおかしくないんですよね。リル様ってばすっかり大人になってるし…」
本来私たち龍族は番の変化に敏感であるはずなのに…とつぶやくサンディ。再会の喜びで気づいていないだけだろうか?
「あるいは脳が拒否している…?セーフティ機能かしら」
「ちなみに…番に手を出された場合、龍族はどうするんです?」
怖い。怖いが聞いておかねばならない。ゼフは勇気を出して聞いてみた。
「もちろん相手を殺しますよ」
「ですよね、それは仕方ないです。周りへの被害とかは…?」
さらっと答えるサンディにこれまたさらっとカイゼルの命は諦めるゼフ。苦い顔をしている本人は置いておいて、肝心なのはここからだ。
「周りへの被害…。陛下の場合、街の全てをたちまち焼き尽くすかと。いえ、あくまで想定としてですが」
正気を失えばどうなるかは分からない、そう言われゼフは震えた。
「いや、でも焼いちゃったらリルちゃんも危ないよね?それはどうするの?」
「その場合は炎は吹かないかと。ただリル様には陛下の加護が幾重にもかけられているので御身の安全は護られるはずです。まぁそれでもリル様が近くにいるならわずかにでも危険が及ぶような真似はしないとは思いますが」
龍の加護…と聞いた時、カイゼルはふと思い出した。そういえばリルリアーナが木から落ちそうになった時のあの光。彼女本人はよく分かっていなさそうだったが、その事件のすぐ後に龍帝が来たのではなかったか?そう思い尋ねる。
「あ、はい。加護の発動にて陛下はリル様の居場所に気づきました」
サンディはあっさり認めた。でも、と続けた。
「加護では貞操は守れなかったみたいですけどね」
ニコッと笑いながら痛いところをつく。陛下に聞かれたらどうするんだこの人。
「陛下はそれはそれはリル様を大事にしていたんです。男には決して近づけず、お側にいられたのは侍女である私たちほんの一握り。陛下自らも手を出すことはなく7年間成人するまで堪えに堪えて…」
なのに…と付け足すサンディ。
「こんな子供、いえ、オオカミにあっさり食べられて…んぶっふ!」
今笑ったなこの人。リルリアーナの龍帝に対する無礼さはこの人の影響ではなかろうか。とゼフはぼんやり思う。しかもカイゼルのことを子供と呼ばなかったか?一体何歳なんだろうか。
「なんかすごい申し訳なくなってきた…。俺ならとても耐えられないよ…」
急に龍帝を少し不憫に思ってきてしまったカイゼルだった。




