それぞれの明日
王太子グランデールは寝不足の目でテーブルに山と積まれた報告書を眺めていた。
昨日、王都に現れた謎の巨人についてだ。
とんでもない事件だったが、被害はどうやら建物の倒壊だけですみ、奇跡的に人的な被害はゼロだった。
なぜか巨人は上半身しかなかったので動けなかった、というのもあるが。
(……この黒づくめ、何者だ?)
野次馬たちの話では、謎の黒づくめが空をひらりひらりと舞いながら、何か光の魔術を駆使して巨人を翻弄し続けたらしい。
そして、最後には巨人を真っ二つにしたと。
黒づくめがいなければ、王都の被害はとんでもないことになっていただろう。
だが、黒づくめは何も言わずに何処かへと立ち去った。
(……名前も名乗らずに、姿を消すとはな……)
その正体に、グランデールは思い当たるところがあった。
一方、別の報告もある。
王城に封印されていたロンギヌスが消えているのだ。突然、ロンギヌスが空を飛び、壁を破って王都の空へと飛んでいった。
(……封印していたロンギヌスを奪われるとは……!)
奪われた――それがグランデールの認識だった。消えた、ではない。
では、誰が?
報告書に挙げられた様々な要因が、王太子グランデールの優秀な頭脳で有機的に結びついていく。
グランデールが思考の海に沈んでいると――
「グランデール様、新しい報告書をお持ちしました」
不意の声で意識を戻す。
目を向けると、そこにはグライディーヌ隊のミドルトンが立っていた。
「ああ、ありがとう」
「……大丈夫ですか、王太子?」
昨日から眠っていない王太子を気遣ってくれているようだ。
「大丈夫だ。それを言うなら、お前こそ大丈夫か、ミドルトン。お前もたいがい隈がひどいぞ」
「これは失礼しました」
ミドルトンが顔をゴシゴシとこする。
ロンギヌスの管理は警備を司るグライディーヌ隊の責任。昨日の夜から寝ずに働いているのはミドルトンも同じだ。
「なかなかすごい状況ですね。王太子はどう見ますか?」
「……そうだな。我々が知るべきなのは、黒づくめの正体だな」
「そうですね。何者なんでしょう……?」
「私には見当がついているよ」
「!? それはまことですか!?」
「ああ。黒づくめの正体は――」
一拍の間を開けてから、グランデールは続けた。
「魔王だ」
「魔王!?」
「ロンギヌスの槍が飛んでいった方角と、黒づくめが戦っていた場所を結ぶと、一直線につながるのだよ」
「!?」
「野次馬たちの話だと、最後、黒づくめは棒状の何かを持っていたらしい。遠目だったのでよくわからないそうだが――それはロンギヌスだと私は見ている」
「おお……!」
「ロンギヌスの槍は魔王愛用の武器で――魔王しか扱えないと聞いている。ならば、それを操る黒づくめは魔王だと考えるべきではないか?」
「た、確かに!」
「それに、実は昨日の夜の戦いで、嫌というほど禁術が発動している」
そう言って、グランデールは水晶玉に目を向けた。
そして反応が終わったのが、巨人が倒れたと同時――つまり、そういうことだ。
「ロンギヌスの槍を手に、禁術を操る。それ以上の証拠が必要かね?」
「おっしゃる通りです」
そううなずいてから、ミドルトンは首を傾げた。
「……ですが、そうなると、魔王はなぜ我々を助けたのでしょう? あの倒された巨人は何者だったのでしょうか?」
「仮説の域を出ないが――全てはロンギヌスを手に入れるため、だ」
「ロンギヌスを?」
「巨人の出現で、王城の警備は乱れに乱れた。その間隙をついて、ロンギヌスを奪うための何かを仕掛けた――そう考えるのはどうだろう?」
「ありえ……ますね……」
「巨人出現の混乱をついて、何かの術でロンギヌスを召喚した。そして、そのロンギヌスで巨人そのものを倒した――試し斬りとして」
久しぶりに取り返した愛用の武器。
そうしたくなっても不思議ではない。いや、むしろ自然だろう。
……自演自作の討伐劇だからこそ、被害者をゼロに抑えたのだろう。あくまでも遊び。余興のうちだというアピール。
魔王の底知れない思考に、さすがのグランデールもぶるりと身体を震わせた。
ミドルトンが深刻な声を出す。
「つまり……全て魔王が仕組んでいたこと、ですか」
「そう、我々は奴の手の平で踊らされていたのだよ。情けない話、やられっぱなしだ。封印していたロンギヌスまで奪われて。全く恥ずかしいばかりだ」
グランデールは椅子にもたれかかり、フーッとため息をついた。
「だが、魔王。いつまでもやられっぱなしではないぞ。不用意に禁術を使えば、いつか必ず我々の手はお前に届く。我々を甘く見るなよ……!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぐへえ、寝ていたい……2日間くらい寝ていたい……」
なんて、ぶつぶつ言いながら、わたしはベッドから這い出した。
昨日の今日だ。
グリアノスを倒した後、せいもこんも尽き果てて倒れ込みそうになる身体を叱咤して寮まで戻り、そのままばたりと眠りについた。
寝たのはほんの3時間くらい。
疲れなんて少しも取れていない――手も足も頭も重い。
だけど、今日は行かなくては!
なぜなら、絶対に王城はパニックだろうからね……仕事がてんこ盛りだろうからね……。
『……ふん、前人類よ。したくもない仕事をするとは面倒で大変だな!』
「あなたもついてくるよね? わたしの使い魔さん?」
つーん、とアンゴルモアは無視してきた。
こいつ……絶対に疲れたから寝る気だな。
「ところで、あれは、どうしたらいいわけ?」
あれ――魔王愛用の魔槍ロンギヌス。
今は部屋の隅に立てかけられているのだが。
……ちなみに、持っていなければ話しかけてはこないらしい。あの巻舌の喋り方を聞いていると、慣れるまで寿命が縮みそうなので、そこはよかったが。
「……あれさ、どっからどう見てもロンギヌスの槍だよね。あれって国の管理物なんだけど、この部屋に誰かが入ってくるとわたし逮捕されちゃうの」
『問題ない。小さくなるから』
そんなわけで、わたしはキーホルダーになったロンギヌスをカバンにつけて王城に出仕した。
今日はいないけど、使い魔(という設定)の猫やら、キーホルダーになる槍やら――わたしの周りは段々と賑やかになってきました。
嬉しくない!
王城は予想どおりの大混乱だった。
すれ違う人たちが血相変えて走りまくっている。
……まあ、そうだよね……。謎の巨人が出てきただけでも厄介なのに、王城に封印していた秘宝ロンギヌスだって消えたんだから。
ロンギヌスを持っている人間としてはとても申し訳ない。
こっそり返したい気持ちもあるのだが――
『やいやい! 俺っちを暗くて寂しいところに戻すってのか! お前には血も涙もないのか!』
と血も涙もない槍になじられた。
泣きたい。
わがままな同居人(人じゃないけど)の増加にわたしは頭痛を覚えた。
ドリッピンルッツ隊の仕事部屋に入る。
同僚たちは昨日の話題で持ちきりだった。わたしも色々と振られたが「寝ていて気づかなかった」と誤魔化した。すみません……。
時間になると、疲れた顔のダグラスがやってきた。
「さて、まあ……言うまでもないが、今日は忙しいぞ、すまんが、覚悟してくれ。昨日の件の調査だ。なにしろ王都を揺るがす大事件だからな。各自、これから指示することをやってくれ」
ダグラスが仕事を振っていく。
……やれやれ、昨日は大仕事だったのに、今日からしばらく休む間もなさそうだ。
だけど、わたしは辛いよりも充足感を覚えていた。
わたしはわたしなりに、やり切ったのだから。わたしなりに最善を尽くして『今』にたどり着いたのだから。
わたしの力が役に立ったから、世界は『今』の状態にある。
それは自分の努力が報われたようで気分がよかった。
わたしが神童と称えられた過去には意味があったのだろう。
わたしが神童という翼をもがれたことにも意味があったのだろう。
わたしが――
禁術を覚えたことにも意味があるのだろう。
全ては繋がっているのだ。
だから、もっと使おう、禁術を。この力はきっと『素敵な未来』を作るためにあるのだから。
「ミリア、お前にして欲しい仕事だが――」
ダグラスからの話を聞いた後、わたしはうなずいて応じた。
「はい、頑張ります」
宮廷魔術師でいさせてもらっているから頑張ろう――
そんな気持ちはどこにもない。
自分自身に対する誇らしい気持ちとともに言えたことが、とても心地よかった。
最初の区切りと考えていた部分まで書いたので、これにて『完結』となります。
10万字は出したので、一定の読み応えは提供できたかな……? と思っております。楽しんでいただけたのなら幸いですね。
評価していただけますとありがたいです。
また別の作品でお会いしましょう。それでは!




