9.作戦会議
「なんかさ、他の勇者達がどうやったかとかの前例ないの? 私が初勇者じゃないんでしょ?」
勇者のその言葉にミネアとロベルトとレオナルドは揃って顔を見合わせ、そしてしばしの沈黙の後揃って視線を足元へ下げた。
気まずい。あまりにも気まずいが過ぎる。
けれども説明をしなければならないとレオナルドは顔を上げた。
「……先代勇者様が真実を暴くまで私の祖先が魔王だと勘違いされていたお話は先程しましたね? 実は、その勘違いによりずっと私の祖先達が間違えて討伐されていましたので、本物の魔王討伐は今回が初めてなのです」
「は? 何しとんの。揃いも揃ってアホなの?」
「うっ」
「うっ」
「うっ」
ごもっとも過ぎる勇者のツッコミはこの世界の人々の心を抉った。
魔王だと思い込んでいる側と、何故か延々と殺しに来られる側と。彼らの間には対話など無かった。互いに互いとは話などとても出来ぬ、通じぬと思い込んでいたのだという。
「呆れた。……まあ良いや。その先代さんは強かったの?」
「歴代勇者様の中で最強です。今のところ。妹殿がどれほどのお力を秘めていらっしゃるのかでこの評価も変わってくるかと思いますが、こちらの見解としては妹御の方が――」
「あ、そういうヨイショ要らない。こちとら歴代最弱でも良いんだわ。とにかく情報、情報、情報だよ。正しい情報な」
「うっ」
「うっ」
「うっ」
また痛いところを突かれた。
勘違い魔王やその一族は魔力が強く、むしろ魔王討伐に大きな力となるという事実が判明した時、人々は驚愕した。
長きに渡りその最大の協力者となり得る一族を攻撃していて、魔の物を滅するどころかその逆の事をしてしまっていたのかと。現実を認められない者も多かったという。
「最強勇者はどやって山田のご先祖様の所に行ったん? その方法で本物の魔王のとこに行けないかなぁ」
「……徒歩です」
「は?」
「徒歩です」
「は?」
「徒歩です」
「は? って聞き返してんだから他の説明加えて。同じ単語を繰り返してんじゃねぇよ」
イラッとした様子で勇者は先程まで涙を拭うのに使っていたハンカチをレオナルドに投げ付けた。
辛うじて受け止めたハンカチの湿り気を感じて、レオナルドは少しだけ落ち込んだ。あんなに泣いていた少女がやる気になってくれているのに、何一つとして情報を渡せない。
「うちの先祖は当時、世界で最も高い山に住んでいたそうです。恐らく討伐から逃れる為でしょう。その時代に召喚された勇者様、歴代最強の勇者様ですね。彼の御方の世界にあったという乗り物を勇者様ご自身でお作りになり、それに乗り山の麓まで行き、山頂までは徒歩だったそうで……」
「何そのとんでも勇者。まるで参考にならない」
「面目ない」
「ごめんね、ルナ。私がもうちょっとちゃんと乙ゲーをやっていたら……」
「乙ゲー? なんそれ?」
首がもげてしまいそうな勢いで勇者は姉へ顔を向けた。思いがけぬ単語が聞こえた気がする。
「ここね、ちょっとだけやった乙ゲーの世界と同じなのよ」
「待って。そもそも乙ゲーって何? 私の知ってるのと合ってる?」
「貴女が知ってる知識が何なのか分からないけれど……乙ゲーはつまり、乙女ゲーム。主人公になって攻略対象キャラときゃっきゃうふふするゲーム」
「と○メモ?」
「どうしてそれは知っているの? ……それの女性向け版のこと」
「ア○ジェ△ーク?」
「貴女のその知識はどこから!?」
「山田。それより、お姉ちゃん乙ゲー趣味なんてあったの!?」
衝撃だった。
生前の姉がシューティングゲームやRPGをやっていた所は見た事がある。よくゾンビに向かって散弾銃をぶっ放したり、序盤でレベリングしまくって中盤以降のボスを相手に無双しまくっていた。
だが、架空上の人間ときゃっきゃうふふする姉ではなかった筈だ。
どちらかと言うと義兄予定だった人物の方が、乙女意識が強かった覚えがある。高校生相手に婚約指輪を用意するほどだったのだから。
「無いわね。友達に勧められたからやってみたけど合わなくて放り出したの。だから魔王の居場所も倒し方とかもよく分からなくて……」
「やっぱり。ウケる。安心した。お姉ちゃんが乙ゲーやったら、秒でイラって攻略サイト見に行って内容のネタバレ読んでやってられっかってキレて終わりそう」
「まさにその通り」
妹の前では優しくて穏やかで優秀な姉を気取っていたが、どうやら彼女にはしっかり本性がバレていたようだ。前世でとった言動をそのまま言い当てられた。
「……ロベルト様」
「どうした?」
「勇者様が妹だと知ったからという実に身勝手な理由なのですが……」
「ミネア? まさか魔王討伐に一緒に行きたいなどとは言わないよな?」
「そのまさかです」
「絶対に許さん! 許さないからな!!」
「いやいやいや絶対にダメだからね!? これでお姉ちゃんがまた死んだら今度は私もリヒトくんみたく死んでやる!」
ロベルトと妹の大反対が揃って飛んできた。妹に至っては嫌だ嫌だと繰り返し叫びながらヘドバンまでしている。
癇癪を起こすといつもやる動作だが、必ず目を回すと知っているのでミネアはあえて放置した。
「……うえ、気持ち悪くなってきた」
「落ち着いて。ヘドバンは止めようねっていつも言っているでしょう?」
「二年振りだもん」
「……そうね」
「お姉ちゃん、止めて。絶対に付いて来ないで。ここに居て」
「でもね、ルナ。何の情報も無いままに貴女だけを命の危機に晒すなんて嫌。妹に命をかけてもらっておいて自分はここで――」
「のほほんと生きて待ってて。生きてて。ここで生きてて。平然と平和を感受してて!!」
先程ヘドバンで具合が悪くなったというのにまた癇癪を起こしてヘドバンをし始めた妹を見て、ミネアはどう説得しようか思考を巡らせた。生まれる前から会えるのを楽しみにしていた妹一人に危険な旅などさせたくはない。
乙ゲーの世界だ乙ゲーの世界だと思ってはいたが、こうして縁のある人が勇者として召喚されると現実が見えてくる。
異世界の為に命を危険に晒させる事を強要する召喚の惨さと言ったらない。
これが妹だったから気付けたが、もしもそうではなかったら。きっと半分ゲームの世界に生きている気分のまま、その者にそれを押し付けていただろう。
今更ながらに気付いた現実からミネアは目を逸らせなかった。
「難しい言葉を使うようになって……」
「山田のせいかな」
「えっ!? あ、え? すみません?」
「や、ダ・ヴィンチじゃない方の山田の事だから」
「どっちですか?」
説明が面倒になった勇者はレオナルドに舌打ちだけ返して姉へ向き直った。
大魔道士は勇者のあまりの態度にしょぼくれている。彼女は姉以外に対してあまりにもおざなりだ。
「良いじゃん。リヒトくんと待っててよ。結婚式の準備とかしとけば良いじゃん。私、勇者なんでしょ? 万国……万世界? 共通事項だよ。勇者は魔王を倒す者。大丈夫だよ」
「何を言われても、はいそうですねって受け入れられないわ」
「えー。どうしよう、お兄ちゃん」
「どうするかな。ミネアの妹を思う気持ちも分かるが、こればかりは承諾できん」
「だよね! いっそ軟禁してよ」
「なるほど。良いな、それ」
「あとさあとさ、妊娠でもさせちゃえば旅とかとてもじゃないけど無理だと思うよ」
「おいおいおい妹よ。それは流石に……最高だな」
「な?」
「……そこ。黙らっしゃい」
「あい」
「はい」
流石に言葉が過ぎたらしい。久方振りの姉の本気の怒気を前に勇者は素直に正座した。それに倣ってロベルトも勇者と並んで正座する。その様子を見てあたふたしていたレオナルドもやがて二人と並んで正座した。
何とも異様な光景の作戦会議の場であった。