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To be もしくは not to be②

「やぁねぇ、声掛けただけで化け物でも見るような目で見ないでよぉ」


 化け物ではないにせよ、人ならざる存在なのは確かなんじゃ、と言いたいところだけど、あえて黙っておく。天使の羽根、ふぁさりと靡く金の巻毛は闇に映え、神聖な宗教画を前にしているようだ。

 二十年前と変わらぬ、おねぃさんの美貌に図らずも目が眩む。ひと時、絶望を忘れて見惚れていると、隣の空気だけが急激に下がるのを感じた。

 ぞくりと肌が粟立ち、空気を引き下げたであろう張本人を見下ろす。うわぁ……、毛を逆立てた子猫、もしくは小型犬宜しく、少女悪魔は小刻みに蝙蝠羽根をぴるぴるぴる!とバタつかせていた。


「出たわね、性悪エロババァ。っていうか、あんたの化粧くさい気配がこの辺りですっごい臭ってきたから、こいつ連れてきて邪魔してやろうかと思ったけど、正解だったわ、何しに来たのよ??」

「あらぁ、人聞き悪ぅいぃー、むしろ、あとから来たのはアナタ達でしょぉ??それにしてもぉ、あの時のボクちゃんが立派なオジサンになっちゃってぇー」


 おねぃさんは少女悪魔を無視するどころか押しのけ、徐に、僕にしなだれかかってきた。

 あの時と変わらない、甘い匂い。甘い吐息。柔らかな二つの双丘が、腕に押し付けられている。

 もう少し若ければ、ドキドキするか、ラッキースケベで役得!で喜ぶかしただろう。けど、生憎、今の僕はあざといなぁ、としか思えない。だてに歳食ってない、というか、単に枯れてるだけかも。

 そんなことよりも――、天使でありながら死神めいたおねぃさん、今日は誰を狙ってやってきたのか。

 標的はまた僕なのか、妻なのか。もしくは、妻の交際相手か。一番そうであってほしくないが――、美優か。


「まさかと思うけど、こいつの娘死なせて天国連れて行く気??」

 僕とおねぃさんの間に、少女悪魔が文字通りに無理矢理割り入ってきた。漫画みたいに擬音がついたなら、ベリッ!と絶対いい音したに違いない、いい割込みっぷりで。

「やっだ、人聞き悪ぅい。おねぃさんだって天使の端くれよぉ??年端もいかない子にまで手を下すなんてさすがにしないわよぉ??」

「どーだかね、あんた、ノルマがヤバい時はなりふり構わないし」

「おねぃさんはただぁ、この家が火事にならないか、期待して待ってるだけよぉ」

「は??どういうことだよ?!」


 華奢な肩に掴みかかれば、一瞬だけおねぃさんは表情を曇らせた。次の瞬間には蠱惑的な笑顔は戻ったが、その際、やんわりと手を払われる。


「だって、見たんだもの」

「何を?!」

「この家の、部屋干しした洗濯物の傍にねぇ、電気ストーブが置いてあったのよねぇー」

 顎に指を当て斜め45°ら辺を上目遣いで見上げながら、おねぃさんはさらりとのたまう。

 聞くが早いか、僕は電柱の影から飛び出し、蛇腹の門扉前に駆け寄った。

「そうそうー、洗濯物干してあった部屋はぁ、門を反時計回りで……」


 説明を皆まで聞かず、言葉通りに門扉を反時計回りする。そこは隣家との間の路地で、車一台通れるか通れないかの狭い道だった。

 その道と家との境界は高さが僕の胸くらいあるブロック塀で、そこから見えるのは引き戸の硝子窓、大小三窓。どの窓もレースカーテンが閉めてあるのみ。ここまで確認すると、三窓の内、真ん中の部屋を見て、あっと小さく叫ぶ。

 窓越しに見える薄明かりの向こう、レースのカーテンが炎に包まれている。


「鍵かかってるから無駄よぉ、無駄!あと、窓も強化ガラスだから簡単には割れないしぃ。素人のボクちゃんじゃ助けるのは無理かもねぇー、娘ちゃん共々焼け死ぬのがオチじゃなぁい??ま、そしたらおねぃさんのノルマが達成できるからぁ、別にいいけどぉー」


 おねぃさんの言葉は全面無視して無我夢中で塀をよじ登る。

 ジャングルジムでは足を滑らせたくせに、雪が塀の上部に薄っすら積もってきているのに。足を滑らせたりもせず、軽々と塀を乗り越えられた。


「勝手に他人の敷地に入るのはまずいんじゃなぁい??無事に助け出したとしてもぉ、不法侵入とかぁ、ストーカー容疑かけられて警察に掴まっちゃうかもぉ??そしたら、もう娘ちゃんとは二度と会えなくなっちゃうかもねぇ!二度会えないんだったらぁ、生きていようと死んでいようとあんまり変わらないとぉ、思うのよねぇ、おねぃさん的にはぁー」

「やかましい!!!!」


 おねぃさんのセクシーボイスによる能書きを遮る、甲高く幼い声が粉雪から吹雪に変わり始めた宵闇にキンキンと鳴り渡る。同時に、バァン!!玄関扉がひとりでに開く。玄関ポーチの段差に乗せた足を止め、思わず振り返る。おねぃさんと並んだ少女悪魔が偉そうに腕組みをして、こちらを睨んでいる。


「鍵、開けてやったんだから!さっさと助けに行きなさいよ!!」

「あ……」

「今度はあんた自身でちゃんと決めな!!」



 開いた扉の奥から煙と異臭、熱気が漂ってくる。そして、美優のか細い泣き声。

 あの子は、まだ、生きている。生きようとしている。





 Should I live or ――??





 段差の途中で止まっていた足を勢い良く踏み出す。そして、思いきって、前進させた。






(了)

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