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To be もしくは not to be①

(1)


 一つ、言っておきたいことがある。


 屋上から飛び降りたり、ジャングルジムに登ったからといって、僕は高い場所が好きな訳じゃない。

 自殺するには飛び降りが一番手っ取り早い気がしたからだし、ジャングルジムは――、裏通りに居てさえ伝わってくる、クリスマスによる幸福の押し売り感が煩わしくて。幸福濃度高めの空気が息苦しくて。

 その空気を少しでも薄めたくて、たまたま通りがかった公園の古いジャングルジムに登って避難したかっただけ。

 だから、別に高い場所が好きな訳じゃない。しつこいけど、大事なことだから繰り返しておく。

 なのに、それなのに。僕は今、冬の夜空に溶け込むように、きらめく星々に紛れるように。

 大きな羽音を立て、ごつい蝙蝠羽根拡げる少女悪魔に腕を掴まれ、一緒に空を飛んでいる。


 眼下に広がる街の灯りは遠目にも、区域ごとに受ける印象が全然違う。

 繁華街のネオンはいっそ色鮮やかな反面、いっそ毒々しさを覚える程にぎらつき。オフィス街の灯りは硬質で青味が強いせいか、寒々しい。住宅街の灯りは落ち着きと暖かみに満ちている。

 ネオンはともかく、住宅街とオフィス街の灯りの違いは地上じゃ余り感じられなかった。そもそも、気にすら留めていなかった。僕だけじゃない、きっと皆同じ。

 上空に向かって飛べば飛ぶ程、月や星の輝きで夜闇の色は薄くなる。さながら天然のスポットライトを浴びているような。粉雪は花吹雪かフェザーシャワーか。


 そういえば、子供の頃に読んだ本でこんな話があった。ケチな金貸し爺さんが三人の幽霊に過去や未来を視せられ、改心するっていう。もしかして、彼女はそれが目的??


「あのさ、黒歴史プレイバックさせるつもりで俺を空に連れ出したわけ??」

「は??なにそれ」

「だって、昔話であったじゃないか。クリスマスに三人の幽霊が」

「幽霊ごときと悪魔を同列にしないで」


 そっぽを向かれてしまったので会話は中断せざるを得ない。

 灰色の雲を突き抜けるとびゅぅう、と雪と共に強い風が頬を叩きつける。冷たさと痛みに小さく呻く。

 鼻の奥がつん、となり、目にうっすらと涙が滲む。ぼやけた視界に映るのは暖かな家々の光。確か、あの辺りは二年程前にできた新興住宅地じゃ――


「な、なぁ、俺、そろそろ帰りたい、なぁー??」

「ダメ。あんたにはこれから動いてもらわなきゃ。イヤだなんて言わせない」

「もしも、嫌、って言ったら」

「うるさい、黙ってアタシについてこればいいの。ほら、今から降下するよ」



 僕の手首を掴んだまま、少女悪魔は超高速で急降下していく。

 落下の恐怖だけじゃない、内臓が浮く感覚が物凄く気持ち悪い。口から飛び出てしまうんじゃないかと思う程に。喋ることは当然、叫ぶこともまともに思考することもできそうにない。

 我に返った時には、少し前まで遥か遠くに見下ろしていた新興住宅地に降り立っていた。否、実際に降り立っていたのは少女悪魔だけで、着地と同時に腰が砕けてしまった。

 そんな僕に向かって「情けない」と毒づくと少女悪魔は、どうにか立ち上がった僕を強引に引きずっていく。

 広い国道沿いに連なる住宅群の屋根は鈍色の三角屋根、白もしくは生成り色のコンクリート外壁に板チョコに似た玄関扉の二階建て。判で押したような建売住宅の中、オレンジ色の外壁、屋根のない三階建て住宅は夜闇の中でもよく目を引いていた。


「どうしても、あの家に、行かなきゃダメなわけ??」


 一歩前を行く少女悪魔は答えもしなければ、振り返りもしない。返事の代わりに、僕の腕を掴む掌に少し力が籠る。柔らかな髪が一房、頬を掠った。

 少女の細腕など成人男性なら振り払うのは容易い筈なのに。振り払うどころか、僅かに動かすことすら敵わない。信じられないけれど、少女の腕力の方が僕よりもうんと勝っている。僕はすっかり諦めの境地に陥り、件の三階建て住宅に向かった。





(2)


 件の三階建て住宅に一歩、また一歩と近づくごとに、僕の足取りは重くなっていく。心なしか、胃もキリキリ痛くなってきた。逃げたくてしかたない。

 そう思いながらも目と鼻の先まで近づいてしまった時、その家の蛇腹の門扉が開いた。反射的に少女悪魔の身体ごと、門扉に程近い電柱の影に身を隠す。当然、不信も露わに横目で睨まれた。

 だけど、文句を繰り出そうと開きかけた小さな唇はすぐに閉じられた。僕と彼女自身の存在が、()()()に見つかったら厄介だと判断したのだろう。

 門から出てきたのは一組の男女、つまり、僕の妻、今となっては元妻か――、と、元妻の、現在の交際相手、そして、ほぼ一年振りに見た美優(みゆ)だった。


 別居及び離婚後、半年程は月に一、二度、美優と面会できていた。

 元妻がすぐ目の前にいる男と交際始めるまでは。


『今の彼と再婚を前提に付き合っているの。彼の家で美優と三人で暮らすことになったし、美優には新しくパパになる人に慣れてほしいから』


 元妻の目にはもう、僕と生活していた過去じゃなく彼との新しい未来しか映っていない。

 だったら、その背中を黙って見送ってやるしかないじゃないか――


「やだやだ!みゆを置いていかないで!!ママ、おねがいぃ!!」

「大丈夫だって、パパと一緒にコンビニ行ってくるだけだから!ほんの15分か20分待つだけだから、いい子でお留守番できるでしょ??」

「やあだ!!」

「おい、早くしろよー」

「あ、ごめん、待って!じゃあね、ちゃんと鍵閉めて大人しく待ってなさいね」

「やあぁぁああ!!」


 美優の泣き叫ぶ声が冷たい夜気を大きく震わせる。そんな美優を、元妻は半ば抱きかかえる形で開いた玄関扉の奥へ押し込んだ。素早く鍵をかけると、元妻は先に歩き出した男の後を慌てて追いかけていく。

 玄関扉の脇ではモールと電飾が飾りつけた鉢植えのモミの木がピカピカ輝いている。幸せの象徴の筈なのに、美優の悲痛な泣き声を聞いた後じゃ色褪せて見えてしまう、なんて、自分への棚上げも甚だしいけど。



「あらあらぁ、聖なる夜にまでお仕事熱心ねぇー」


 吐息がかった色っぽい声が、感傷に浸りかけている僕の背中を撫でる。少女悪魔に続き、聞き覚えのある懐かしさと嫌な予感。恐る恐る振り向いた視線の先には、神々しいまでに輝く純白の羽根が闇に浮かびあがっていた。

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