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ミルは魔法が使えない。
幼い子だが優秀な妹がいつまでも出来ないのだと気落ちするのを見掛ける度、どうにかしてやれないかと思い、何かしらの方法が無いかと探した。
本を調べ、教師に尋ね、実際にミル相手に考え付く限りの事を試してみたが、進展はない。
小さな掌を握り、魔力の流れを確かめれば、きちんと反応はある。教師も「魔力は十分過ぎる程にある」と言っていた。問題はどこにあるのか。
既に魔法が使えるツヴァイとも話すが、ミルが魔法を使えないという話題になるとツヴァイは非常に苦い顔をする。それは、言いたくないことや気まずい時にする表情で、明らかに話したくないという顔でもあった。
話したくないなら、無理に話をさせるわけにもいかない。
ツヴァイはミルを慰める時に「まだ小さいから」と言う。
正直に言えば、ツヴァイも十分小さいので差が分からないのだが、僅かな年齢の差が問題なのだろうか。
ツヴァイは命の危険が迫り、それをきっかけに魔法が使えるようになったようだった。俺自身はほぼ突発的に魔法が使えるようになった。
ミルも必要な時が来れば自然と使えるようになるのでは?
思い至って、幾度目か。
まだ魔法が使えないと落ち込むミルに、そう話してみたが
「ひつようなとき、つかえなかった」
余計に落ち込んでしまった。
オレオルシュテルンでのことを思い返せば、魔法が使えれば、と思うこともあったかもしれない。
選択ミスだ。反省も後悔もした。
余計なことを言ってしまったと、宥めるように小さな頭を撫でた。謝るべきかとも思ったが、ミルは感情が見えにくい表情で「ありがとう」と一言。
それだけ言って、てくてくと歩いていってしまったので、言葉を掛けそびれた。
ロシュ・エリュトロンという友人が出来たと報告があり、ミルの周りに人が増え始めてからは、更にその事がプレッシャーになったらしい。
いつもは子供とは思えない落ち着きのある様子のミルが、日毎弱っている姿を見せ始めたので、ツヴァイも気が立ち始めた。
「絶対誰かにいじめられてる」
そう言って、ミルの友人達が訪れる度、剥き出しで威嚇する事も増え、時には魔法を使おうとする。そうなると俺が止めるしかないので、事前にミルから来訪のタイミングを聞き出し、ツヴァイを遠ざけるようになった。
妹想いなのが悪いことではないが、ツヴァイはミルのことになると周りが見えなくなる事が多く、暴走する。
ただの子供なら癇癪程度で済むが、ツヴァイは殺傷能力の高い魔法を使える。ただでは済まない、大事になる。
本当にミルがいじめられているとしても、力で捻じ伏せるのは問題がないとは言えない。詳しく話が聞ければ良いのだが、ミルは口が重い。
泣きそうに見えても泣きはせず、何故か重たそうに生地を抱えて針を持った。ちくちくと針を動かす姿ばかりを見るようになって、何を作っているのかと聞く。
「どれす」
ドレス。
そんな物をこんな子供が作れるものなのか。
「そうか」
「うん」
「…………」
「…………」
頷いたので、恐らくは出来るのだろう。
これより少し前に凝った刺繍の施されたハンカチを受け取った。ツヴァイと俺に1枚ずつ贈られたそれに、ツヴァイは非常に喜んだし感謝の言葉は絶えなかった。
これは凄いことだと俺も思ったが、ツヴァイが話しているのに割って入るのも悪いと、ミルの小さな頭を撫でた。
まだ幼い妹の才能の一つに驚くばかりだが、本人はあまりピンと来ていないようだった。
ここは魔法の国、グランツヘクセ。魔法が何より尊ばれるのが分かっているのだろう。
生地が形を成す頃には、メイドに止められるから匿って欲しいと授業の最中にやって来る事も少なくなかった。とは言え、ただ椅子に座って縫い物をするだけで、何か邪魔をするような子ではない。教師には授業の進行に滞りが無ければ良かろうと一度話してからは黙認された。
ツヴァイもだが、ミルも此方に来てから少しだけ大きくなった。まだまだ小さいが、成長している。
もう幾つになるのだったか。それでも片手で足りる程度の年齢だろうが、出来ることが増え、少しずつ交友の幅も広がった。
この年頃なら、まだ甘やかされても許されるだろうに。
ミルは根気強かった。ドレスを完成させたし、弱った姿を見せなくなった。
ほんの少し甘えているように見えたのは、ドレスが出来上がった日の事。
「みて」
袖を引かれて振り返ると、完成したドレスを広げて見せる。ドレスに詳しいわけではないが、出来が良いと感じた。この年でここまで出来るのは凄くないだろうか?
暫くドレスを眺めていると、ミルはかなり珍しいことに常より大きな声で
「ひとりでできた」
そう言って、じっと此方を見上げてきた。
そのいじらしい姿に、衝動的にミルを抱き上げる。
小さく軽い身体を持ち上げると、ゆっくりミルの表情が柔らかくなる。
頭を撫でると一瞬だけ笑い、ドレスを抱えて去っていく後ろ姿を見送る。
あれだけの事が出来るのに、魔法だけが使えない。
何か方法はあるのだろう。まだ、見つけられないだけで。
魔法さえ使えれば、あの子はずっと笑っていられるだろうか。
本当にいじめられているのかと確認をするようになった。
どうにも年齢差のある令嬢達との話題について行けておらず、ロシュ・エリュトロンが度々話題を変えていたが、それでも分かり難く困っていたので間に入る。
スクールに通っていれば分かる程度の話を振ってみても、言葉を返してくるのはロシュ・エリュトロンだけで、他の令嬢は口を閉ざす。
ツヴァイや、時にミルも答えられる程度だったが、何故一人しか応えないのか。
ドレスや化粧などの役に立つとは思えない話では喧しいと感じるほどに喋るのだが。
幼いミルがこういった話に乗るのが難しいだろうことは分かりきっているだろうに、何故、わざわざ会いに来てまで相手に合わない話題を選んで話すのか。
女というのはよく分からない。
これがいじめというものかも判断がつかず、ミルの世話係であるメイドに尋ねてみたが
「これは女同士の戦いです」
真剣にそう言われ、理解出来なかった。
幼子がどうして戦わなければならないのか。
ツヴァイも同じような質問をメイドにして、声を大にして「なんでミルが戦わなきゃならないのさ!」と怒っていたし、それを聞いてからは俺の目が届かぬ内にミルとその友人の間に入っていくようになってしまった。
ツヴァイの警戒心が一段階上がった頃。
ミルは自分で縫い上げたドレスを着て、友人達に会っていたらしい。ちょうど、その時はツヴァイも俺も授業を受けていて、どちらも顔を出さなかったので初耳だ。
言葉少なにロシュ・エリュトロンに褒められたと言う。
公爵令嬢の目に叶うならば、やはりミルは凄いのだ。
ツヴァイはミルに蕩けるような甘い笑顔を見せ「良かったね。それだけミルの腕が良いってことだよね」と何度も頷く。
ほぼ反射的に褒める事が出来るのは一種の才能では。
ツヴァイはミル限定だが、褒めるのが上手い。
こういう所を見習わなければならないだろうと、弟妹のやりとりを眺める。
言葉を尽くして褒めるツヴァイに、ミルはふにゃりと笑ってみせ、そうなるとツヴァイも嬉しくなるのか。更に褒めちぎる……授業の成果か語彙が増えたな。
聞いているのもソワソワするようなツヴァイの褒め殺しが終わると、ミルが口を開き
「ロシュにうぇでぃんぐどれすをつくれるっていわれた」
照れ笑いのような表情が可愛らしかったが、それ以上に気になる単語が引っ掛かる。
「「……ウェディングドレス?」」
ツヴァイと声が重なる。
咄嗟に連想したのは成長したミルのウェディングドレス姿。相手は思い浮かばなかった、思い浮かべたくもなかった。まだ嫁にやるには早すぎる。
ミルが結婚適齢期になっても、ツヴァイが許す気はしない。多分だが、婿がどんな相手であれ殺しに行くと思う。
その時は俺が止めるべきなのか、むしろ加勢すべきなのか。
どちらにしても血を見そうだ。
ミルの様子がおかしい。
どう見ても悲しそうで困っているようで落ち込んでいるようで。とにかく、可哀想な状態になってしまっていて、かなり焦った。
何があって、そんなに辛い思いをしているのかを確かめなくちゃいけない。ミルに直接聞いてみたけど、ミルは何があったのかを話してくれない。
いつだって、僕にはほんの少しだけでも何かしら話してくれたのに。
大事件だと授業のーーそれもよりにもよって行儀作法のーー時も集中出来なくなって、久しぶりに定規で打たれた。
痛かったけど、それよりもミルのことが気になって、それどころじゃない。
赤くなった肌を擦りながら、ミルの様子を観察しているとため息を吐いていた。
大事件だと食事の時も集中出来なくて、兄さんから「行儀が悪いぞ」と言われたけど、それどころじゃない。
ミルがため息吐いてたのに、兄さんは何も気にならないわけ? 勉強出来るのに頭空っぽなの??
放っておけないと出来る限り優しく「ミル、何かあったの?」とため息には触れずに聞いたら
「なにも」
無くはないよね???
でも、ミルはこれ以上聞かれるのが嫌って顔をしている。
しつこいと僕と話すのが嫌になるかもしれない。
引き際は分かるので、渋々食事に意識を向けたが、それよりミルが気になる。
あまり食事が進んでいないし、やっぱり悲しそうで困っていて落ち込んでいる。可哀想だ。
何とかしてあげないと、と思って暫くミルの周囲を観察。
ミルを悲しませている原因は早々に分かった。
友人と名乗る意地悪な女達が原因だ。
例のデ……ロシュとか言うのが連れてきた取り巻き達に何かされている。
だって、ミルは女達が来るととても困った顔をする。
いじめられてるんだ!!! 絶対にそうだ!!!
あのデ……ロシュとか言うのも意地悪だから、周りの人間も意地悪なんだ。類は友を呼ぶって習った、そういうことだ。
助けなくちゃ、とデ……ロシュと類は友を呼ぶ女達が来る度にミルを庇いに行ったら、途中から兄さんに邪魔をされるようになった。
「魔法はやり過ぎだ」と言われたけど、いじめはする方が完全に悪いので徹底的に潰さないといけない。ましてや、可愛いミルがいじめられているのだから、素早く排除しないと。
治癒魔法は習ったので致命傷でなければ治せるから、痛い目にあわせるくらいならどうにでもなるんだって説明したけど、兄さんは聞いてくれなかった。
ミルは気持ちを隠すように縫い物に集中し始めた。
最初の頃はハンカチを縫ってくれて、とても嬉しかった。
でも、それからのミルは使えるだけの時間を目一杯使って、大きな布に針を刺していた。
物に当たることも出来ない優しい妹の出来る限りの発散方法だったのかもしれない。
「ミル、大丈夫?」
「だいじょうぶ」
「休憩しない? お茶にしよう?」
「だいじょうぶ」
「疲れてない?」
「だいじょうぶ」
大丈夫しか言ってくれない!!!
何とか休ませたかったけど、針を使ってる時に手を出すとミルが怪我をしてしまう。痛い思いなんてさせたくないから、最後の手段だとミルの側にお茶とお菓子を用意する。
ミルは甘いものが好きだから、こうしておけば興味が向くかも、と思ったけど、駄目だった。
こうなると、もう完成するまで見守るしか……。
兄さんが邪魔をするから原因は取り除けないし、ミルの邪魔はしたくないし。
裁縫にばかり時間を使うミルをメイドが注意するようになると、ミルは僕の授業の時間にやって来ては「かくまって」と僕に頼んだ。
頼られるのは嬉しい。お願いされたら、何でも叶えてあげたくなる。
いいよと言った時のミルのほっとした顔。久しぶりに見る柔らかい表情に、胸がざわざわした。
本当ならミルが辛いことは全部僕が何とかしてあげたい。
ミルが悲しむと分かっている原因はどうにかしたい。邪魔がなければ出来る。
兄さんは魔法も勉強も出来るのに、こういう時にどうしたらミルにとって一番良いのかが分かってない。
ミルは自分のドレスを縫っている。
まだ小さいのに自分で自分のドレスを縫うなんて、とても凄いことだ。
ミルは凄い。小さいのに大人しくしていて行儀が良いし、字も読めるようになって僕の授業も理解していたりするし、何より可愛い。
魔法は使えない。使ったらまずいのはクルクから聞いた。
実際、ミルが魔法を使った時はかなり危なかった。
兄さんもミル本人も知らない。でも、ミルは魔法を使わない方が、使えないと思われている方が良いんだ。
特にブースターと勘付かれるのは良くない。
魔法使いばかりのこの国はミルにとっては危険なんじゃないか。
だとしても、僕はまだ子供でミルは僕より小さい。住む場所を変えるのは子供には難しい。
兄さんに言ったら、どうにかしてくれる。
兄さんは大人じゃないけど、強いし何でも出来る。
ミルの事を本当は兄さんにだけは話した方が良いって思う時もあるけど、兄さんはママとおじいちゃんを殺したから、いつかミルを殺してしまうんじゃないかって思う時もある。
信用したい。けど、まだ無理だ。
死んじゃえばいいとはもう思っていない、多分。
どうしたら、ちゃんと信用出来るのか分からない。
だから、兄さんには教えられない。
僕がミルを守らなきゃいけない。
とにかく、今はミルをいじめる奴は皆、やっつけないと。
メイドは何やらミルは戦わなきゃいけないみたいな事を言ってたけど、何でミルが戦わなきゃいけないのさ?
そんなことさせるくらいなら僕が代わりに戦う。兄さんの目を盗んで、いじめの現場に駆け付けられるようになってからは、寄って集ってミルをいじめる女達に睨みを利かせた。
一歩でも近付いたら魔法で先ずは足を吹っ飛ばしてやる。
目だけでそう威嚇すると、女達はそれ以上ミルに近寄らなかったけど、d……ロシュだけは違った。
偉そうに女達に話し掛けて、それからミルに話し掛ける。何? と思ったけど、ミルはロシュが話すと少し気が緩んだようだったから、意地悪な奴なのに、なんで? ってなった。
気になって話を聞いていたら、いじめの犯人である女達はミルが悲しくなったり困ったり落ち込んだりする事を言って、ロシュはそれとは違う話に切り替えているようだった。
パーティーの時、ミルに意地悪していたのにどういうこと?
よく分からないけど、ミルを庇ってる?
ミルの為になるなら、とロシュと話してみると何やらきちんとミルを評価している。なんだ、分かってるんだ。
なら良いや、と他の女達が話す隙を与えずにミルと僕とロシュだけで会話を回した。
案外気が回るようでロシュに話しかければ、途切れずに話を続ける。合間にミルが話しやすい間を作れば、ミルはリラックスして口を開く。
そうしている内に全員おさらばの時間になり、解散となるとミルは心底安心したという顔。
可哀想に、次からはお兄ちゃんが守ってあげるからね。
そう決めていたが、ミルは出来る子だった。
意地悪な話をされても、ちゃんと返事が出来るようになった。悲しくて困って落ち込んで、そこまでされてもそれだけで終わる女の子じゃなかった。
魔法が使えなくても、誰かが助けなくても、ミルは一人でも何とかしようと努力して結果を出した。
「おにいちゃん、みて」
ミルのドレスは完成した。
気が遠くなりそうな作業をミルはやりきった。
それがどれだけ凄いことか、言葉にするには難しくて、それでもミルに伝えたくて、知っている全部の言葉を使った。
ミルは笑ってくれた。
暫くぶりの笑顔に僕はとても嬉しくなった。
ドレスはミルに似合っていたし、出来映えは偉そうーー実際に偉いみたいだけどーーなロシュが褒めるくらいだというのだから、やはりミルは凄い。
凄いけど、ウェディングドレスという言葉がミルの口から出た瞬間に、頭の中でミルのウェディングドレス姿が浮かんだ。
まだ小さいのに???
え、相手、誰??
手足吹っ飛ばしてからくっつけて、もう一度吹っ飛ばす?
普通に嫌なんだけど。めちゃくちゃに嫌。
結婚って必要? 僕はパパが居なくても平気だったし、ミルには僕が居るから要らないよね、結婚相手。
ミルに確認しようとしたら、兄さんが首を横に振っていた。何、それミルと僕どっちに向けてるの?
分からないけど、兄さんはずっと首を横に振っていた。
普通に嫌で、めちゃくちゃ嫌な顔をしていた。




