サプライズ。
紛らわしい名前のついた研究室には入る事敵わず。主人公はシブシブ自宅に戻る事になるのだが…
『愛の研究室』知らない人が見るとこれ、愛を研究してる部屋としか思えないと思うのだが、断じて愛を研究している部屋ではない。ボクの母の名前が『愛』なのだ。つまり母の研究室なのである。
今はここには入れなくなっている。何故なら父親が本当に母に会いに来たからだ。恐らく喜一に聞いた復縁の話しでもしているのだろう。ボクが帰るよりも早く来ていたみたいで、残念ながら顔はまだ見ていない。
先に母に伝えておこうと思っていたのだが、こうなってはここに居ても仕方がない。ボクは洋子さんの待つ自宅に帰る事にする。勿論歩いて帰る。
そう、洋子さんは親子の再会だと言って気を使い、転移の際に自宅へと直接戻っていた。進んで会うつもりは無いのだが、洋子さんに冷たい人間だと思われたく無かったので、仕方なく中央司令部の母の研究室に転移したのだ。実際会わなくてホッとしている自分がいる。
正直な気持ちで言うと、ボクや母を捨てて、奈々子の元へ行ってしまった父親など、父親と呼ぶにも抵抗があるくらい大嫌いだ。同じ男として、あるまじき事をした父親を許せない。
ボクは洋子さんが愛していてくれている限り、それを裏切る事もしたくないし、出来ない。いや、仮に洋子さんが愛してくれなくなっても、ボクの洋子さんへの想いは変わらないと誓ってもいい。我ながら少し気持ち悪いが、それ程洋子さんを愛して止まない。
今はボクの愚痴や惚気話よりも、世間を騒がせている敵の正体を知ることが先決だ。思い当たるのは藤永しか今はいないのだが、組織はかなり大きかったはずなので、ボクの知らない人間がいてもおかしくはない。こういう時、善さんがいてくれたらと、心の声がボクを苦しめる。
「お兄ちゃん!元気にしてた?」
考え事をしながら歩くボクに、そう声をかけてきたのはカズちゃんだった。その両脇にはマスターと和枝さんが、カズちゃんの手を取り幸せそうに微笑んでいた。
「カズちゃん、久しぶりだね。この前家まで遊びに行ったんだよ?まだお店開けてないんだね?」
そう、マスターはこの街で喫茶店を開く事になったのだ。建物は既に建っているのだが、まだ開店には至っていない様子だった。
「それは申し訳ない事をしましたね。実はまだ仕入れが終わってないんですよ…。前の店を閉めてしまい、結構な時間が経ってしまいましたからね。業者さんがウチ専用のコーヒー豆を、取り置き出来なくなってしまったんですよね。」
「そうでしたか…、マスターの淹れてくれるコーヒーは美味しかったですもんね。こだわりがあったんですね。ただ飲むだけのボクには気付けませんでしたよ…、ごめんなさい。」
「いえ、お客さんにはそういう事は一切気にして頂く事無く、ウチのコーヒーを飲んで頂きたいので、伊町さんが謝る事ではないですよ。ただこれだけは譲れないんです。」
マスターの気苦労も知らずに、能天気な事を言ったと思い謝罪するボクに、マスターがそう返してくれた。そして、その理由を和枝さんが説明してくれて納得した。
「この人が私にプロポーズしてくれた時に、あのコーヒーを淹れて口説いてくれたんです。横に添えられたスプーンに指輪を通してあったんですよ。『ボクの気持ちを込めて淹れました、貴女が甘さを足して混ぜ合わせてくれる時、ボクの気持ちが形になって分かります。』って言ってくれたのを、今でも覚えています。」
「わぁ、素敵なプロポーズですよね。喫茶店のマスターならではの口説き文句ですよね。ボクには真似出来ない魅力が伝わってきました。ご馳走さま。」
先程まで、敵の事をマスターに相談しようと思っていたが、こんな幸せそうな家族を見てしまうと、巻き込んでしまうのもどうかと思う。今回は相談せずにおこうと心に決めた。
「ところで何か考え事をされていた様に見えましたが…、どうかされたのですか?」
「え…、あぁ、いえいえ。そう、洋子さんが先に帰ってるので、今頃何してるのかなぁと。アハハ…。」
「まぁ、伊町さんも惚気話しが出来る様になったんですね。うふふ、開店したらお知らせしますから、是非お二人でいらして下さいね。」
マスターの鋭い質問に何とか上手く答えたボクに、和枝さんがイタズラっぽくそう返してくれた。お陰で相談しようとしていた事が悟られずに済んだ様子だ。
開店したら必ず行くという約束を交わして、ボクはマスター達と別れた。カズちゃんだけはまだ何か話したそうにしていたが、和枝さんに手を引かれてシブシブといった感じで別れていった。
何故か和枝さんが去り際にニコリと微笑んで返してくれた。
しばらく歩くと、安心出来る景色が視界に映り込んでくる。大きな犬小屋が目印の我が家だ。マスターのプロポーズの話しを聞いていたからか、ボクは早く洋子さんの顔が見たくて、少し早足で自宅へと駆け込む様にして玄関をくぐった。
「洋子さん〜…。あれ…、いないの〜?」
何とも間抜けな言葉を発してしまう。いないのなら返事もあるわけがないのだから。どこに行ったのだろうと考えていたが、あの大きな犬小屋にノイジーが居なかった事を思い出して、散歩にでもいっているのだろうと考え、少し寂しい気持ちになる。
もう今の生活に、洋子さんがいない事なんて考えられない程に、彼女の事を愛していた。
洋子さんも同じ気持ちだとは思うが、ボクの様に一秒だって離れたくないと思っているのだろうか?今やボクの方が凄く欲張りになっている事がよく分かる。こんな事を考える度にボクはネガティブな思想に駆られてしまう。洋子さんはもう前程ボクを求めていないのではないだろうか?と。
そんな事を考えながら、乾いた喉を潤そうとキッチンへと向かう。
パーン!パパーン! 『お誕生日おめでとーーー!!!』(大勢)
「稜くん、お誕生日おめでとう。お義母さんに聞いたんだよ。今日だよね?」
「え…、と。そうなの?ボクは六月十七日生まれだけど…。」
「あ、お義母さんが言ってたんだけど、それ、稜くんを知り合いの叔母さん夫婦に預けた日なんだって言ってたよ。本当のお誕生日は今日、四月三十日だって。」
本当ならば驚くべき事なのかもしれないが、ボクの気持ちはいつもと変わらず正常だ。誰に聞いた訳でもない自分の誕生日、それは自分で記憶した勝手なモノだった。ようやくボクは自分の真実を一つ知った訳だ。
それに、こんな大掛かりな事をしてくれた洋子さん、集まってくれた皆んなにも悪いので、ここは素直に喜び受け入れる事が一番だろう。というよりは、本当に嬉しいのである。今まで自分の誕生日なんて祝ってもらった記憶がない。ボクは素直に心からの言葉を皆んなに向けた。
「こんなボクの為に、本当にありがとう。皆んなと知り合えて、本当に心から良かったと思うよ。洋子さん、ありがとう。これからもよろしくね。」
そう言って、ボクはここに集まってくれた皆んなの顔を見渡してみた。ゆうこさん、ユキさん、シャクシさん、さっき別れた筈のマスター家族。佐々木さん一家、そして、たった今、息を切らしてやってきた母。
「はぁはぁ、間に合った!…、稜、誕生日おめでとう。今までごめんね。…、ほら、アンタも何か言いなさいよ。」
そうお祝いの言葉をかけてくれた母の後ろから、かすかにしか覚えていない男性が姿を見せる。そう、ボクの記憶が正しければ、彼は父親だ。母にそう声をかけられて、その男性は少し遠慮がちにボクに言葉をかける。
「り、稜…、くん。誕生日おめでとう。その…、色々と本当にすまなかった。」
子供のままのボクであれば、ここで罵倒してもおかしくないのだろうが、不思議と今のボクにはそんな気持ちは少しのカケラも無かった。逆に気の毒にまで見えてくるし、母とここにいるという事は、母も許したという事だろうと、冷静な判断まで出来た。この間まで色々と悩んでいた自分がウソの様にも思えた。
実際に本人を目の前にしたからというのもある。今後の母との仲をしっかりと結んでもらいたいものだ。そして、洋子さんの為にも、これから良い父親としての姿勢を見せてくれると願う。
「まだ、その、お父さんとは呼び難いけど、そっちはボクの事…、稜と呼んでよ。父親なんだしね。」
傍目からもぎこちない父親の会話にそう伝えると、父は下を向いて涙を流し出してしまった。それを母が優しくハンカチで拭ってあげている。その様子で、本当に母が父を受け入れた事が確認出来た。
「では、皆さん、改めて稜くんのお誕生日会を始めますよー!せーの!」
『稜くん、お誕生日おめでとーーーー!!!!!』
洋子さんの音頭で、再びボクに祝福の言葉が全員から贈られた。
誰にでも勘違いや秘密は在るもの、はてさて、キミ達のお誕生日は、本当にその日なのかい?
一度親に確認した方がいのかもだね。




