Chapter 2
ガタゴトと重々しい音を立てて、遠ざかっていく列車を見送る。その後ろ姿が春の霞の彼方に消えていくのをじっと眺めながら、親子は静まり返ったホームへと降り立った。
視界の先には、冬の名残をとどめる真っ白な残雪と、その下から顔を覗かせる鮮やかな緑。そして、冷たさの中にもどこか優しさを孕んだ、新しい季節の空気。あまりの環境の変化に、少年は少し緊張した面持ちで周囲をきょろきょろと見回していた。
「⋯⋯大丈夫よ。」
どこか不安げな息子の様子にいち早く気付いた母親は、少年の小さな手をそっと包み込むように握りしめた。
「ふう、やっと着いたわね。まずは役場に行って、引っ越しの手続きをしなくちゃ。」
お母さんは長旅の疲れを隠すように、額ににじんだ汗を洋服の袖でそっとぬぐいながら微笑んだ。
二人が年季の入った古びた駅の改札を抜けると、すぐ目の前に、立派な木枠に収められた「街の観光案内地図」が掲げられているのが目に入った。お母さんは人差し指で現在地から目的地までのルートを丁寧になぞりながら、優しい声で少年に語りかける。
「ええっと、役場に行くには……この先の交差点を右に曲がったらすぐみたい。道がシンプルで、迷わなさそうで本当によかったわ。」
少年はお母さんの手をしっかりと握り、地図で確認した通りのルートを一歩一歩、踏みしめるように歩み進めた。
驚いたことに、まだ雪が残る北国であるにもかかわらず、街道沿いには寒さに負けじと、色とりどりの美しい春の花々が健気に咲き誇っている。時折、心地よい春の風が吹き抜け、少し上気した二人の頬を優しく撫でていった。
新しい生活への大きな期待と、見知らぬ土地への少しの不安。そんな相反するふたつの感情を胸に抱きながら歩くこと数分、目の前に白壁が美しくそびえ立つ、気品ある立派な建物が現れた。それこそが、この街の中心である「ピリカ街役場」だった。
重厚な木製の扉を開けて中に入ると、それまでの少し肌寒い外気が嘘のように、暖房の温かい空気が二人を優しく包み込んだ。
奥にある役場の受付窓口へと向かい、お母さんは張り切って、この街へ移住するための引っ越しの書類を提出した。窓口の担当職員は非常に手際が良く、複雑な手続きは滞りなくスムーズに済ませられていく。
「はい。これで手続きはすべて完了いたしました。」
役員は優しく微笑むと、席を立ち、奥にある厳重にロックされた大きな棚へと向かった。
そして、恭しい手つきで、大切そうにふたつの不思議な「卵」を取り出し、親子の目の前へと運んできた。その卵は、まるで宝石のように、内側から不思議な、そして温かみのある光沢を放っている。
「こちらがお二人の生涯の相棒となる『アミキティア』でございます。」
役員はそう言って、少年の目線に合わせて腰を落とした。
「アミキティアの詳しい育て方やマニュアルは、こちらの用紙にあるバーコードからスマートフォンなどで読み取ることができます。いくつかの重要な注意事項が記載されておりますので、必ず最初にお読みになり、マニュアルをよく理解してから、大切に育ててあげてくださいね。」
「ありがとうございます。」
お母さんはにっこりと役員にお礼を言い、両手でコワレモノを取り扱うように、そっとふたつの卵を抱きかかえた。まだ生まれてないはずなのに、手のひらからは、確かにトクトクと小さな命の鼓動と温もりが伝わってくる。
こうして役場での大切な手続きがすべて終わり、親子は支給された詳細な地図を頼りに、これから自分たちの家となる新しい住まいへと向かった。
まだ家具もまばらな、がらんとした静かな部屋に入ると、二人はほっと一息つき、さっそく荷ほどきを始めた。部屋の片隅では、これから始まる新生活を祝福するように、けれど確かに未来の光を宿したふたつの卵が静かに二人を見守るように置かれていた。




