第21章:不衛生な消耗戦(バイオハザード)
東の地平線から夜明けが訪れたが、その光は王宮騎士団の陣営に希望をもたらすことはなかった。昨夜の火災による黒い煤が、焼け焦げた薔薇の野に降り積もっている。
焦げた布の臭いと、焼き殺された軍馬の異臭が、冷たい朝の空気に混じり合っていた。
「クソッ……天幕も木材も、すべて灰になりやがった」
一人の兵士が力なく地面に座り込み、泥に汚れた手で空の水筒を握りしめて呟いた。周囲では、王国の誇りであるはずのエリート騎士たちが、馬を失い、物乞いのような惨めな姿を晒している。
火の粉で穴の開いた本陣の天幕では、カエル将軍が焼け残った地図を凝視していた。表情は硬く、目は一晩中不眠であったために赤く充血している。
「……直ちに本国へ伝令を出せ。四日分の緊急物資を要求する。最速の馬を出せ!」
カエルの声は枯れ果て、掠れていた。
「はっ、将軍!」
伝令が飛び出し、崩壊したキャンプを後にして馬を走らせる。間もなく、数人の分隊長たちが荒々しい足取りで入ってきた。彼らの鎧が鳴らす音には、抑えきれない怒りが混じっている。
「報告します、将軍! 今すぐ奴らに突撃を! 殺させてください!」
一人の屈強な分隊長が、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。「あの砦にいる者共を一人残らず斬首すべきだ! あんな卑怯な真似を……騎士の誇りに対する冒涜だぞ!」
「落ち着け、軽挙妄動は許さん」
カエルは鋭い声で部下の感情を圧した。
「我が軍はスタミナを失っている。兵は眠っておらず、士気も不安定だ。本国からの補給を待つのが先決だ」
「待つだと!?」別の分隊長が声を張り上げた。
「我らは辱めを受けたのだぞ、将軍! 誇りが懸かっているんだ! 一晩寝ていない程度で、我らの剣は鈍りなどしない!」
「黙れ!」カエルが机を叩きつけた。「これは命令だ! 兵を地面で寝かせろ。残った天幕に押し込んでも構わん。総攻撃は補給が到着する明後日だ。炭になった攻城塔など押せるはずもなかろう!」
天幕内は凍てつくような沈黙に包まれた。カエルは理解していた。理性的に振る舞おうとしても、部下たちの心には「屈辱」への報復という毒が確実に回っていることを。
【視点:トーマス ―― 北の上流】
混乱する陣営から遠く離れた場所で、トーマスは巨大な樫の枝に立ち、遠方の煙を冷徹な目で見つめていた。その下では、傭兵たちが昨夜堰き止めた川の流れで「汚い仕事」に従事している。
「見ろよ」隣の枝に潜んでいた傭兵隊長が囁いた。「巣を熱湯で流された蟻のようだ。将軍は持ち堪えようとしているが、部下たちはすでに血に飢えているぜ」
トーマスは薄く笑い、音もなく地面に飛び降りた。
「血に飢えるのは二の次だ。まず直面するのは、本当の『飢え』だ」
彼は即席の堰へと歩み寄った。せき止められた水は濁り、淀み始めている。
「サラ様は、奴らがここに留まる理由を奪えと仰った」トーマスは敵陣へと続く細い流れを指差した。
「フェーズ2だ。その流れに毒草と動物の死骸を放り込め。死ぬほどの猛毒にする必要はない。ただ飲めないほどに汚し、腹を下させて内臓を抉る苦しみを与えろ」
傭兵たちは手際よく、猪の死骸や毒性のある雑草を水路に投げ込んだ。
「トーマスさん、奴らが水場を探しにこちらへ来たらどうします?」
トーマスは巨剣を引き抜き、朝陽をその刀身に反射させた。
「それこそが狙いだ。数人の『目撃者』を生かして帰し、上流には悪魔が潜んでいると吹き込ませる。剣を交える前に、恐怖という病を蔓延させてやるのさ」
トーマスはルークソウ城を振り返った。そこには静かに茶を飲み、王宮軍の崩壊へのカウントダウンを刻んでいるアイシャの姿が容易に想像できた。
「……汚い戦い方だな」トーマスは低く呟いた。
「許せよ、カエル将軍。サラ様の学校に『名誉』という科目は存在しない。あるのは『結果』だけだ」
【作戦ステータス:生物学的サボタージュ ―― 発動】
【敵コンディション:慢性疲労 & 赤痢 ―― 24時間以内に発症予測】




