第21章:死の監査(デス・オーディット) ―― 兵站炎上
ルークソウ城の伝統的な弓矢の射程からわずか外れた広大な平原で、王国の軍事行動は圧倒的な威圧感をもって展開されていた。
夕闇の空に土煙が舞い上がり、輸送馬車から巨大な木材が轟音と共に下ろされる。それはまるで、死の軍鼓が打ち鳴らされているかのようだった。
「全軍展開! 攻城塔と破城槌を急げ! 天幕を張り、城内へ続く川を堰き止めろ! 夜明けまでにこの地を蹂躙するのだ!」
カエル将軍の怒号が響き渡る。その声は傲慢さに満ち、百騎の精鋭騎士たちに隙のない作業を強いていた。鋼の規律に統制された騎士たちは、無機質な動作で杭を打ち、白亜の天幕を整然と並べていく。
城壁の隙間からその光景を見るルークソウの守備兵たちは、生唾を飲み込んだ。月光に輝く銀色の鎧は、まるで門前に整列した死神の軍勢。対する自分たちの乏しい備えを思えば、喉がからからに渇くのを感じずにはいられない。
【マーベリー卿の執務室】
一人の伝令が息を切らして駆け込み、マーベリー卿の前で膝をついた。「ほ、報告します! 王軍が攻城兵器の建造を開始、川の流れも完全に遮断されました! 敵の数は……多すぎます!」
マーベリー卿は拳を握りしめ、指関節が白く浮き出た。血の気の引いた顔で私を振り返る。その老いた瞳には、深い恐怖が宿っていた。「ど、どうすればいいのだ、サラ様。これでは持ちこたえられん……!」
私はすぐには答えなかった。周囲の時間が減速していく。私はただ、半分ほど残った苦い茶の表面に映る、自分の静かな顔と黒いターバンを見つめていた。
苦いジャスミンティー。――今の状況そのものね。そして、私はそれが嫌いじゃない。
カチャリ、と静かな音を立ててカップをソーサーに戻す。その音が、部屋を支配していた窒息しそうな沈黙を切り裂いた。
「……ええ、始めましょうか。奴らを『攪乱』するのよ」
冷徹に、感情を排した声。まるで天気の世間話でもするかのように。窓の外の敵陣を見据える私の口元に、極めて微かな笑みが浮かぶ。
「矢に布を巻き、油を浸して火を灯しなさい。狙うのは兵士ではないわ」私は優雅な所作でターバンを整え直した。「天幕と、あそこに積まれた攻城用の木材よ。奴らのロジスティクスを焼き払い、愚かな戦略を立てる前にパニックに陥らせなさい」
マーベリー卿は絶句した。騎士道精神とは無縁の、しかし極めて効率的で致命的な策。「……急げ! 現場の将軍に伝えろ! 今すぐだ!」
【三十分後 ―― ルークソウ前線】
城門がわずかに開く。作業の騒音にかき消され、数隊の弓兵が闇に紛れて滑り出した。彼らは断崖の影や峡谷の隙間を這うように進み、戦略的要衝へと展開する。そして、隠し持っていた火種で矢に火を灯した。
――ヒュッ、ヒュッ、ヒュオッ!
木槌の音と騎士たちの高笑いに満ちていた夜は、一瞬にして降り注ぐ「流星群」の地獄へと変貌した。数百の火矢が夜空に美しい放物線を描き、平原に咲いた白い花――敵の陣営へと突き刺さる。
ゴォォォォッ!
「火事だ! 補給天幕が燃えているぞ!」
恐怖に震える叫び声が、集団ヒステリーの引き金となった。整然としていた陣営は数秒で阿鼻叫喚の渦に飲み込まれる。風に煽られた炎が隣り合う天幕へ次々と飛び火し、キャンプ全体が巨大な「オーブン」へと成り果てた。
「水だ! 水を持ってこい!」
「クソッ! 川を堰き止めたせいで水が足りない!」
人間の悲鳴に、パニックに陥った軍馬のいななきが重なる。
馬たちは燃え盛る炎に目を剥き、繋ぎ飼いのロープを狂ったように引きちぎった。逃げ出した馬が天幕をなぎ倒し、鎧を纏う暇もない騎士たちを踏み潰していく。
カエル将軍が天幕から飛び出した。その顔は驚愕と絶望に染まっている。攻城塔の資材が爆ぜる音は、まるで骨が砕ける音のように不気味に響いた。
「消火しろ! 延焼を防げ、この能無し共が!」カエルは怒号を飛ばすが、軍の混乱はもはや制御不能だった。暗闇の峡谷から放たれる火矢は、姿の見えぬ「亡霊」の攻撃そのもの。反撃を試みても、敵はすでに闇に消え、嘲笑っている。
城のバルコニーから、私はその業火を虚ろな瞳で見つめていた。隣には死神のごとくサミュエルが控えている。
「睡眠を奪われ、寝所を失い、装備を失い……そして明日の朝、奴らは自らの無知ゆえに、水を失うことに気づくわ」
私は夜風にターバンをなびかせながら、低く囁いた。
「カエル将軍。貴方は平地での戦いには長けているのでしょう。けれど、『名誉』など捨て去り『結果』のみを追求する敵との戦い方は、教わってこなかったようね」
私は闇の中で、残酷な勝利の笑みを浮かべた。
「これは私の『死の監査』の第一段階よ、カエル。……貴方は今、最初の物流審査に落選したの」




