第62話 追想2 糸鋸平和×六分儀ユキノ
「あんたって将来なにになりたいとか、ある?」
「そうだな……少なくとも、こんな狭い部屋に住まないだけのお金は欲しいかな」
「目標低くない?」
彼は祖父の亡くなる前後に際して、自身の生活費も切り詰めていたらしい。
ジムには通ってくれていたが、かといって裕福というわけでもなく。
「とにかく舞台に立って気持ちよく歌いたい、なんだよね。
それだとアイドルってか、歌手だけど」
「まずはなんでも試せばいいんじゃないか?
今のうち、サインでも貰っとこうか」
「気が早い。まぁ――あんたが私のファン第1号ってなら、憶えといてあげるよ」
「謙遜するか上から目線かどっちかにしたら?」
彼はなかば呆れて苦笑した。
*
「ユキノ、今日から作詞担当ね!」
「えなに急に、私が?」
「そういうの得意でしょ、うちはユキノの詞で歌いたい」
「――」
最初は押し付けられただけだが、平和に歌詞やコンセプトのまとめ方が上手いと褒められると、それが嬉しくてそれから何枚でも書けた。
「悔しいけど、語感はユキノがピカイチなんだよね。
コンセプトだけ丸投げってのも気が引けるから、譜面では私も必死でなぞるし、言葉と音を最大限に活かすセンスとインプットが欲しい」
「平和もセンスあると思うけどなぁ、見せたい自分をどう演出する、みたいのは、ほら、その日着るステージの服とか、チャチャっと決めちゃうじゃん。アドリブ力も高いし」
「それこそユッキーのおかげだよ、もうやりたいフレーズが頭にあるから、それを私の全身で、最大限ノイズや我の少ない、でも確固とした届けたい表現、みたいなの。そのときにはきちんと固まってる。ユッキーの新しい詞が届くと、いつも私、身体の芯が熱くなって、ワクワクするんだよね!
その日の自分を燃やし尽くして、語れる価値がある」
そうして彼女は本当に喜んでくれて――だが帝国へ行ってからの私らは、すっかり何も書けなくなった。
パズルが私たちを選んだとき、一番変化に戸惑っていたのは、いち早く順応してみえたジグソー、平和だったかもしれない。
「天都戸くんと喧嘩した?
どうして」
「いやまぁ……」
しばらく口ごもっていた彼女だったが、やがて云う。
「街にビットマテリアール獣とモノリスが現れたとき、あいつのお祖父さん危篤だったらしくて――乗ってた電車止まったから、間に合わなかったんだって」
「それであいつ平和に八つ当たりしたの、最低ッ!」
「違うって――ほんと違くって……」
平和の声が徐々に沈んでいた。
「私が、酷いこと言っちゃったの、無責任なこと『きっといつかパビリオンがあいつらやっつけてくれる』って、でも魅那は『ただ間に合いたかっただけ』、それだけなんだって」
「――」
確かに、おじいちゃん子の少年にはやりきれないことだったろう。パビリオンは必死で戦ったし、魅那とてそれを否定することはなかった。
「喧嘩ってより、単に気まずくって合わす顔ないだけだよ」
「でも平和は……好きでしょ、あの子のこと」
「私が、どうして?」
平和はそれに自覚がないまま戦い続け、やがてナンバーとして変身した彼へ対峙することになる。




