第十四話 ジョルジア戦のその後
自領の兵達と共に帰路についたジークは、男爵邸の前でシンシアに迎えられた。彼女はベントリー防衛戦後の兵士達の治療に参加し、その衣服のままでの出迎えだった。多くの血痕が残るジークの鎧姿を見たシンシアは血相を変えて駆け寄り、どこに傷があるか必死に探していたが、その血痕がジークのものではないと分かると安堵し、息を整えてから笑顔で「お帰りさないませ」と言った。暫くして次兄や母も顔を出したが、ジークとシンシアに気を使って直ぐに引っ込んでいった。ジークと共に戻って来た者達もいつの間にか姿を消していた。
「ただいま。全て終わったよ。」
「無事にご帰還されて良かったです。お疲れでしょうから汚れを落とされてから部屋でお休みになって下さい。後で温かい食事をお持ちします。」
ジークはシンシアに手を引かれて男爵邸へと入っていった。
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隣国ジョルジアとの停戦交渉は王太子派の貴族が中心となって進められた結果、隣国から侵攻を受けた緩衝地帯が正式に我が国のものとなり、隣国は国境を後退させて新たな緩衝地帯が設けられた。加えて、隣国から多額の賠償金と、捕虜となった指揮官や兵士の身代金が支払われた。戦闘に参加した貴族家には王家からの報奨金があり、貴族家から配下の兵士に分配された。負傷者や遺族には多くの金品が下賜された。
ジョルジア戦では多くの指揮官や部隊長クラスが捉えられ、彼等の自白により隣国と王弟との繋がりが分かると、病床の国王は激怒し、王弟を軟禁し、王弟の取り巻き貴族は関わりに応じた罰を受けた。ジークに対して王太子から感謝状が贈られ、合わせて子爵へと陞爵し、新たに得られたベントリー領東の山岳地帯の加増が認められた。戦争に直接参加しなかった貴族達はジークを成り上がり者と蔑んで彼を子爵とする事に反対したが、王太子はそれらの声を無視した。戦争の原因となった王弟やその取り巻きへの処罰が公になり、同時にナボレス伯やジークの活躍が喧伝されると、反対の声は消えていった。
ナボレス伯は辺境伯となり、領地の加増とともに、近隣地域を含めた軍事指揮権を獲得した。外敵が攻めてきた場合に中央の許可を得る事なく軍を編成できる強力な権限で、国内外、特に隣国に対する強い牽制となり、また同時に中央に対する発言力も高まった。
長兄ジルバはナボレス戦での活躍が評価され、父とは別の独立した貴族となってナボレス東の平原の一部を拝領した。この平原はジョルジアとの緩衝地帯ではあったが、肥沃な土地で、しかも長兄が与えられた領地はアルムンドの倍ほどの広さがある。開拓には時間が掛かるだろうが、将来は豊かな穀倉地帯へと変貌するだろう。
長兄が独立した事で父のアルムンド領の継承先は次兄ジランになると思われたが、ベントリー領へ併合した方が良いと次兄は主張した。既にベントリー領の領主代行の立場にある次兄にとって、アルムンドを継承してその地だけを管理するより、ベントリーに組み込んだ方がやり甲斐があると言う。次兄のこの提案に父と母だけでなく妹までもが賛成した。これによってジークが収める地域は広さだけで言えば伯爵クラスと言える程になった。
ベントリーの山岳民族は、ヨルムによってかつての村々を取り戻してはいるが、半数はジークに与えられた森周辺に定住する事を選択した。新たに領地となった山岳地域の防衛の必要性もあり、ジークは山脈へと繋がる道の整備に着手した。既に領民となっている山岳民族の他にも、今後の発展を期待して多くの移民希望者がベントリー領へ殺到し、審査の上でその多くを受け入れた。その移民希望者の中にはホドムの一族もいて、ジークはホドムとその配下を諜報部隊として採用し、領西部の森にある村と周辺の農地をホドムの一族に与えた。カインは正式にベントリー教会の司教となり、ナディアもベントリー教会所属の聖騎士隊の隊長に就任した。
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隣国ジョルジアとの戦争から数年が過ぎた。
ジークとシンシアは一男一女を授かっていた。この日は昼食後に家族四人で子爵邸の裏にある丘に登ったが、子供達は散々に走り回った後、疲れたのか丘の上の野原で寝てしまった。昔からシンシアに付いているメイドに子供達を任せ、ジークは丘から見える子爵邸と、その周囲の街並みと、その更に向こう側にある農村地帯を眺めていた。
「今年も豊作になりそうね。皆んなで泥だらけになりながら懸命に開墾したもの。この風景がいつまでも続いて欲しいわ。」
「あぁ。ベントリーは随分と発展したよ。全ては君という女神がいてくれたお陰だ。」
「私はお料理と治療をしてただけ。先頭に立って開墾していたのはジークだし、皆さんがあなたを慕って協力してくれたのよ。」
「そうかな?」
「そうよ。そんなあなたの側にいられて私は本当に幸せだわ。」
横に立っていたシンシアが不意にジークへ体を預けてきたので、ジークは彼女の腰に手を回して支えた。丘へ降り注ぐ陽射しに包まれながら二人は暫しその場で見つめ合った。
第一部 完
これで第一部は終わりです。
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