さようなら
弔いの、鐘の音が響いている。
水色の空に、白い雲。
穏やかな、午後。
「いやー、いい葬儀だった。哀しいが、長生きしてくれたから諦めもつくってもんだ」
「そうね。……リリーが亡くなってすぐだったから、どれだけ仲がいいんだって、ミッシェル様は泣きながら笑ってたわね……」
荷造りをしながら話すカミーユを、本棚の上から見下ろし、黒猫のルウが返事をする。
「リュカ様、常々言ってたものね、リリーより先には死ねないって」
「ああ。最後までリリーが猫の姿になるのを心配していたからね。もしリリーが亡くなった時、猫の姿になったら大変だからって言ってたが……そんな心配は不要だったね。……リリーが亡くなって三月か……。リュカ様もいなくなって、寂しくなってしまった……」
「四十年以上の付き合いだったものね。ミッシェル様が爵位を継いで、リュカ様とリリーが王都から離れた伯爵領に移ると言うから、わたし達も一緒についてきて……これだけ同じ人達と長く付き合うのは、珍しい事だったわね」
「そうだねぇ。ルウはごまかしがきくけど、わたしは見た目が変わらないから難しいんだ。王都からこっちに引っ越せたのは、いいタイミングだった。……寂しいが、気がかりも無くなったことだし、リュカ様からいただいたお金もたくさんあるから、しばらく旅をするものいいね。気に入った場所が見つかったら、そこで薬屋を開こう」
その時、扉を叩く音がした。
「閉店の札を掛けといたのに……」
渋々『はーい』と返事をし、扉を開けたカミーユは、『おや?』と笑った。
そこには、今や、自分達の秘密を知る唯一の人物が立っていた。
「ミッシェル様じゃないか。葬儀の方はもういいのかい?」
「ええ、一応ひと段落つきましたので。それと、生前父と母が、自分達が亡くなったら、貴女がどこかに行ってしまうんじゃないかと言っていたもので、心配になりまして。……どうやら、予想はあたっていたようですね」
ごちゃごちゃと荷造りをしている様子を見て、苦笑する。
「……もう少し、時間が経ってからでも良いのでは?」
「まあ、そうだがね、いくら多くの人を見送ってきたわたし達でも、これ程長く関わった友人を無くすと、寂しいもんでね。思い出が多すぎるこの地は離れようと決めていたんだよ」
そう話しながらも、さりげなく荷造りを再開したカミーユに、ミッシェルは残念そうに『そうですか』と言ったが、
「……では、王都に越すというのはどうでしょう。妻のアンジェも娘達も、貴女の美容品が気に入ってます。息子も、騎士団の訓練で怪我をしては、貴女の傷薬にお世話になっていますし。店を出すお手伝いなら我が伯爵家におまかせを」
「んー、ありがたい誘いだが、ちょっとの間、旅をしようと思っているのさ。美容品や薬は、全くの同等ではないが、似た物が作れるよう弟子達に教え込んでるから安心しておくれ」
「弟子というと、『鳥おじさん』の」
「そう、『鳥おじさんの一族』さ」
そう言って、カミーユは笑った。
「薬草の採取から製造まで、あの一族は立派に薬屋家業をやってるよ。王都だけじゃなく、この伯爵領にも支店があるからね。だからわたしも安心して店を閉められるよ」
「そうですか。……ところで、どうしてカミーユさんは、あの人の事を『鳥おじさん』と呼んでいたのですか? 父も母も、訳を知っているようでしたが、聞くといつも苦笑いで……」
「大切な事を忘れぬよう戒めを込めて、さ。彼は真摯に受け止めて、一生涯、妻と子を大切にし、家業に励んだよ。まあ、奥さんがしっかりしてるからうまくいったのもあるだろうが」
「……よくわかりませんが……きっと、良い事なのでしょうね」
「ああ、そうだね」
にっこりと笑うミッシェルに、カミーユも微笑んだ。
「……じゃあ、さよならだ。またいつか会いましょう、ミッシェル様」
「必ずですよ、カミーユさん。お元気で! ルウ、君も元気で」
「ニャー」
水色の空に白い雲が流れる、穏やかな午後。
ベルナルド伯爵領から、一人の美しい女性と一匹の黒猫が旅立った。
『また、彼らみたいな人達に出会えたらいいが』
『きっと会えるわよ。まあ、もし出会えなくても、こんなに可愛いわたしがいるんだから、いいでしょう?』
そんな会話をしながら。




