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猫に転生しましたが、思ったよりも大変です。  作者: カナリア55
第三章

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夜の訪問者

「で、その後進展はないのかい?」

「そうなんです。もう、なにをどう調べていけばいいのか困っちゃって。あ、これが今回の注文票です」

「わたしもね、リリーが見てるものを一緒に見てるが、気付く事はないんだよねぇ……おっ、唇用クリームの注文が多いね。小さい分安いから、他の物より買いやすいのかねぇ。えーと、それから……」

「そうだ! 前回もらった増血用のお薬、またお願いします。すごく効いたみたいで。ねっ、リュカ様!」

「ああ。これまで色々試してきた薬と、カミーユ殿の薬は全く効き目が違うと大変喜んでいて、継続購入希望です」

 ルウを抱いてブラシをかけていたリュカは、カミーユとリリーの会話に加わった。

「前回はご厚意で頂いてしまいましたが、今回は代金を預かってきています。本人の希望で、できれば前回分の代金を払い、残った金額で頂けるだけ譲り受けたいそうですが」

 そう言って出した金貨を見て、カミーユは『無理無理無理!』と苦笑する。

「何枚? 五枚持ってきたのかい? どれだけ買うつもりだい」

「足りなければ明日にでもまた用意すると」

「いやいや、そうじゃない、多すぎるんだよ。一瓶、大銀貨二枚。金貨一枚だって、五つ分になるけど、今譲れるのは三つしかないよ。まあ、ひと月で一瓶あれば充分だろう。前回分のお代をもらうにしたって、金貨一枚で釣りが出るよ」

「そうですか……実は私も、副団長の予想は高すぎるような気がしたのですが、薬には、驚くほど高価な物がありますし……」

「確かに、貴族相手の医者には、一般の者が手に入れられない高い物を飲んだり貼ったりすれば良くなると思っている奴がいるからね。わたしから言わせりゃあんなの、なんの効果もない事がほとんどだけどね。じゃあ、釣りは大銀貨二枚っと……」

 釣りを用意しようと、その辺をガサゴソしだしたカミーユに、リリーが提案をする。

「あの、お釣りの分、髪用オイルやお肌のクリームを使ってもらったらどうでしょうか。女性って、髪や肌がツヤツヤになるだけで、気分良くなるじゃないですか。副団長さんの奥様、長い黒髪なんですけど、体調が良くないせいか艶が無くて、もったいないなーって思ったんです」

「ああ、そういうのは大切だ。それじゃあ、伯爵家に持っていく分と一緒に、店の方から各3つずつ持って来ておくれ。」

「はーい……って、そんなに持って来ていいんですか? そうすると計算が……」

「ああ、大丈夫。薬の値段、貴族価格で2倍にしているから、クリームの方はまけとくよ」

「貴族価格は2倍……」

 リリーは思わず、貴族であるリュカの様子を伺ったが、特に思う所はないらしい。 

「ほら、富めるところからは頂いて、貧しい者の負担を減らさないと。ねえ? 伯爵様」

「それでいいと思います。むしろ、とても良心的な値かと。効果の確かさに、副団長は金貨5枚でも前回の代金を引いたら、今回一瓶全部は手に入らないと思っていたくらいですから」 

「そうですか……じゃあ取ってきますね!」

「頼んだよ。ああ、唇用クリームも持っておいで」

「はーい!」

 元気良く返事をし、リリーはパタパタと店の方へ走って行った。 




 カミーユの所から伯爵家に戻ったのは、それなりに遅い時間だった。

 いつもならリュカの意向で、限られた使用人しかいないはずの屋敷内が、なにやら騒がしい。

「……どうかしたんでしょうか?」

 いつもと違う雰囲気に、リリーがリュカの腕にそっとしがみついていると、

「旦那様、お出迎えせず申し訳ございません!」

 ものすごい早歩きで、ロイドがやってきた。

「リリーさん、ようこそいらっしゃいました。しかし、ちょっと困った事が……。エヴァン様が、おいでなのです」

「エヴァンが?」

 あからさまに、顔をしかめるリュカ。

「突然だな。何の用だと?」

「それが、久しぶりに寄ってみた、と」

「まったく……客間か?」

「はい。エリナがお相手しております」

「わかった。リリーは先に私の部屋へ。キャシー、一緒に頼む」

「はい!」

 後からやってきたキャシーが、リリーの手を取って頷いた。

「早く行きましょう。旦那様のお部屋なら安心だから」

「う、うん」

 いつもより使用人の人数が多くワサワサしている中、リリーはローブのフードを被り、キャシーと一緒に部屋へ向かった。

「リリーは、エヴァン様とは会った事無いわよね?」

「う、うん」

『猫の姿では会っているけど』

 そう思いつつ、リリーは頷く。

「とても美男子な方なんだけど……仕えているお屋敷の方を悪くいうのは使用人として失格だけど……エヴァン様は、ちょっと自由な方で……ご結婚前から、メイドに手を出す事とかあったらしいの。ここ2、3年はあまりいらっしゃらなかったけど、先輩からは『気をつけなさい』って言われていて……エヴァン様の場合は本当に、その場限りのお遊びだからって。それに、気性が激しい方なの」

「そうなんだ……」

「そのうちご挨拶しなきゃいけないかもしれないけど、今日はなんの準備もしていないんだし、いないフリしてた方がいいわ。みんな、今日リリーが来ることは話してないから!」

「うん、ありがとう」

 そうして二人は急いで部屋に向かっていたのだが、もう少しで辿り着くというところで、

「ああ、そこのメイド、ちょっと」

 後ろから声をかけられ恐る恐る振り返ると、そこには金髪巻き毛の男性が立っていた。

「どうしよう、エヴァン様だわ」

 キャシーが、小さな声で囁く。

 呼び止められたのに、無視することは出来ない。

 不敬にならないようリリーはフードを脱ぎ、顔を見られたくないので深々と頭を下げた。

「人を探してるんだ、呼んで来い。メイドのリズ……いや、シェリン、か。シェリンを呼んで来い」

『え? ちょっと今、リズって言った?』

 動揺している事がばれないよう頭を下げたまま、エヴァンの言ったことを考える。

『聞き違いじゃないよね? リズって言ったよね? リズって、ここ数日ずっと探していた、あの鳥仮面の人の好きな人だよね!?  そりゃあ、珍しい名前じゃないけど、でも……』

「かしこまりました。シェリンですね、呼んでまいります」

 キャシーはそう言い、頭を下げ続けているリリーの手を引いた。そして、足早にその場を離れようとしたのだが、

「キャッ!」

 数歩進んだところでガクンと衝撃があり、リリーは驚いて後ろを振り返った。見ると、エヴァンがローブの裾を掴み、笑っている。

「あ、あの、離していただけませんか」

「君、メイドじゃないでしょう。もしかして、兄上の恋人?」

『まずい!!』

 一瞬、ローブを脱ぎ捨てリュカの部屋まで走って逃げる自分の姿を想像したが、

『ダメ、無理……』

 リリーは、覚悟を決めて、エヴァンに向き合った。

「……ご挨拶をせず、申し訳ございません。リリーと申します」

 名乗り、深々とお辞儀をする。

「呼び止めなきゃ、無視して行くつもりだったんだ?」

「行儀作法を知らない無知な者です。どのようにしたら良いかわからなかったものですから、ご挨拶は違う機会の方が良いかと思いました」

「いいんだよ、庶民とはいえ、君は兄上の恋人なんだから。もしかしたら、義姉上になるかもしれないんだし?」

「とんでもございません。そのような事はありえません。では、失礼致します」

 そう言い、リリーはお辞儀をしたまま数歩後ずさりをしたのだが、

「待て。もう少しここにいろ。おい、メイド、お前はさっさとシェリンを呼んで来い」

「申し訳ございませんがエヴァン様、わたくしは旦那様よりリリー様をお部屋にお送りするよう申しつけられておりますので、こちらにお一人で残すわけにはまいりません」

 そう言ったキャシーに、エヴァンは『あー、そうか!』と笑いながら近づき、

「余計な事言ってないで、さっさと行け」

 笑顔のまま、キャシーの肩を突き飛ばした。

「メイドのくせに、口をきくな。言われた事を黙ってやれ」

「申し訳ございませんが、」

「ほら、早く」

 キャシーの言葉を遮りそう言うと、エヴァンは『パチン』とキャシーの頬を叩いた。

「ほら、グズグズするな。ほんっと、役立たずだなぁ」

 そう言いながら、強くではないが、ペチペチと頬を叩き続けるエヴァン。

「ちょ、ちょっとやめて下さい!」

 目にしている事が理解できず、混乱してしまったリリーだったが、我に返り、慌ててエヴァンとキャシーの間に体を入れた。

「エヴァン様、すぐに呼びに行かせますからお許し下さい」

 そう言って、キャシーを振り返る。

「キャシー、エヴァン様の仰る通りに」

「駄目。だってリリーが……」

 涙目になりながらも、プルプルと首を横に振るキャシーに、リリーは『大丈夫だから』と言い聞かせる。

「早く、呼んできてちょうだい、ねっ」

 両手でキャシーの手を包み、ギュッと握りしめると、コクリと頷きキャシーは小走りでその場を離れた。

「はー、まったく、使用人の質が落ちたんじゃないか? 困ったもんだよ。ねえ」

 綺麗な笑顔をリリーに向けるエヴァン。

「君も伯爵夫人になったら、使用人には甘く見られないようにしないといけないよ」

「……わたくしが伯爵夫人になる事は有りえません。わたくしには、そのような資格はございません」

「……ふ~ん……なかなかしっかりしてるじゃない、庶民のわりに」

 自分に対してずっとお辞儀をし、顔を見せないようにしているリリーを、エヴァンはジロジロ見ながら笑った。

「顔を上げて見せてよ」

「申し訳ございませんが、恐れ多く」

「そういうのいいから! ほらっ!」

 乱暴に後ろ髪を引っ張られ、無理やり顔を上げさせられた。

「へーえ、なかなかの美人じゃない。兄上が、手を出したのも頷ける」

顔を近づけてきたエヴァンから、酒の匂いが漂ってくる。

『酔ってるんだわ。でも、それだけとは思えない。……最悪。リュカ様には悪いけど、最低最悪の人だわ』

「本当の事言ってごらん? 本当は狙ってるんだろう? ベルナルド伯爵夫人の座を」

「本当に狙っていません。貴族になりたいなんて、思った事もありません!」

「じゃあ金の為か。だったら俺が面倒をみてやろうか。ドレスでも宝石でも靴でも、好きなだけ買ってやるよ。兄上に気に入られようとして、こんな質素な恰好をして、清純で、欲がないフリしてるんだろう? 俺は兄上と違ってそんな事気にしないから安心しろ」

 髪を掴かまれ動けないのをいい事に、エヴァンはリリーの身体に手を伸ばした。

「ふうん、細いな。胸はまあ、そんなに大きくないが、なかなかいいじゃないか。真面目で面白味の無い兄上の事だ、どうせ夜の方も真面目でつまらないんだろう? その点俺は、充分に楽しませてやるぞ? どうだ? 最高だろう?」

 腰に腕を回し、自分の身体と密着させたエヴァンを、リリーは見上げた。

「……エヴァン様は、ご存じないでしょう? リュカ様が、どんなに素敵な夜をくださるか」

 人が来るまで、とにかくエヴァンを刺激せず、低姿勢でやり過ごそうと思っていたリリーだったが、

『暴力振るうわ、胸触るわ、おしり触るわ、リュカ様の事悪く言うわ……なんなのこの馬鹿!』

 怒りでひきつる口元を上げ、無理矢理笑顔を作る。

「わたくしはリュカ様しか知りませんから、他の方がどうなのかわかりませんが、あれほど丁寧に、隅々まで愛して下さる方はいらっしゃらないのではないかと、常々思っているんです。とても優しく、愛情を持って、わたくしのこの身体を、髪を、触って下さいます。素敵な言葉を囁いて、幸せで包み込んで下さいます。それなのに、リュカ様以外の方に抱かれたいなんて、どうして思えるでしょう。……エヴァン様は、『自分は最高の男だ、楽しませてやる』と仰いますけど……自分が気持ち良くなる事だけ考えて、相手を気持ち良くさせる事は考えなさそうですよね」

「おっ……お前っ!」

 白い肌がみるみるうちに赤くなり、エヴァンの唇がワナワナ震え出した。

 激怒しているのがわかり、リリーは恐怖に襲われたが、気合で笑顔を維持した。

「もしかしてエヴァン様は、勢いだけの乱暴な行為で、相手の方が痛がっていたり嫌がっているのを、喜んでいると勘違いされているのでは?」

「この下賎な女がっ!」

 そう叫び、エヴァンは拳を振り上げた。

 避けたものの、完全には避けきれず、拳はリリーのこめかみあたりをかすった。

『痛っ! リュカ様の事を悪く言われたのが頭にきて、つい言いすぎちゃった。これは、逃げた方がいいわね』

 そう思い、リュカの部屋に向かって走り出そうとしたリリーだったが、 

「お前まで、お前までそういう事を言いやがって! お前も殺されたいのか!」

 激高し大声で叫ぶエヴァンに、リリーは一瞬動きを止めてしまった。

『お前まで? お前も!?』

 エヴァンの言葉に驚き逃げそびれたリリーは、両手首を掴まれた。

「ふざけやがって、ふざけやがって!! リュカ様リュカ様! あんな奴のどこがいいってんだ!」

『顔も性格も頭も体も全部良いって言いたいところだけど、さすがにそんな場合じゃない!』

 激しく揺さぶられ、壁に押し付けられる。

「いいか! 俺はなあ! お前なんて、これっぽっちも好きじゃないんだよ! 兄上の女だから! だから世話してやろうって言ったんだよ!」

「あー、良かったです。気に入られたって、ほんっと迷惑なんで」

「っつ! このクソ女がああっ!」

『ああ、黙ってればいいものをわたしったら……』

 リリーは反省しながら覚悟を決め、振り上げられた手が降ろされるのをギュッと目を閉じて待ったが、

「キャンキャンキャンキャン!!」

 小型犬の吠える声が響き、ハッと目を開いた。

「お姉さま!」

 茶色の毛玉が、エヴァンの足元にもの凄い速さで突進してきて、蹴られて壁にぶつかり動きを止めた。

「キャーッ! スピカお姉さま!」

 堪らずリリーは悲鳴を上げ、エヴァンの手を振りほどき、脇を通り抜けてスピカに駆け寄った。

「お姉さま、大丈夫ですか?」

 床に膝をついて抱き上げると、スピカはプルプル震えてはいたが、目をしっかり開け、なおもエヴァンに向かって吠え続けた。

「うるっさいなぁ、殺すぞっ!」

 そう言い、エヴァンが数歩近づいた時、

「ワンワンワン!」

 今度はチェイスが、そしてその後ろからは、ミッシェルが走ってやって来た。

「あっ! 叔父上! こんばんは! あっ、リリー、どうしたの? 大丈夫? チェイス、スピカ、おとなしくして!」

 なぜかいる叔父、床に座り込んでいるリリー、吠え続ける飼い犬達。

 ミッシェルは慌てながらも、それぞれに声を掛け、改めてエヴァンを見上げた。

「お久しぶりです、叔父上。どうしたんですか? 父上に会いに来たのですか?」

「…………」

 しかめっ面で、無言のエヴァン。

『……お前までそういう事を言いやがって、お前も殺されたいのか。……クルクルの、濃い色の金髪……』

 さっきエヴァンが言った事を思い出し、そして、並ぶ二人を見て、リリーは息が苦しくなるのを感じる。

『どうしよう、なんだか、すごく嫌な感じがする。嫌な感じが……』

「エヴァン!」

 リュカの声が響き、リリーは少し安心した。けれど、息苦しさは増していくばかりだ。 

「何をしに来た。リリーに何かしたのか!」

「いやだなぁ、兄上。ちょっとご挨拶をしていただけですよ。まあちょっと、彼女に貴族の洒落のきいた会話は難しかったようですが」

「彼女を侮辱するような言動は許さん。大丈夫か、リリー」

 肩を掴んで立たせてもらいながら、リリーは『大丈夫です』と頷いてみせる。

「こんな遅くにいきなり来るなんてどういうつもりだ。……お前、酔っているな?」

「それほどじゃありませんよ。……そう、彼女に会いに来たんですよ」

 ちょうどそこへキャシーに連れられてやって来たシェリンを指差す。

「追い出されたんじゃないかと心配になりましてね」

「コールドウェイ家のいなくなった使用人のリストを提出させる代わりに置いてやる、という約束をしただろう。約束は守る。が、今後もこういう事をするつもりなら話は別だ」

「おお、怖い怖い。では、今日の所は帰るとしますか。あーあ、自分の実家だっていうのに」

 大げさに肩を竦めてそう言うと、エヴァンはさりげなくリリーを睨んでから、その場を去った。


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