34 リリーとリュカ
自室へ戻るリュカの前を、飼い犬達が歩いている。
「なんだ、お前達。もしかして私の部屋に行こうとしているのか?」
後ろを歩いて行くと、その予想は当たっていた。
二匹は先に部屋の前に着き、扉の前でお座りをしてご主人様を待っている。
「部屋に入りたいのか?」
いつもはあまり来ないのに、と思っていると、
「キャン!」
今来た廊下の方を向き、スピカが吠えた。そしてポンポン走って行く。
(どうしたんだ?)
不思議に思いスピカの姿を目で追っていると、廊下の曲がり角からリリーが姿を現した。
エリナと話しながら歩いていたが、足元のスピカに気づいてしゃがみ込むと、すぐに抱き上げた。
(ああ、そういえば仲がいいんだったな。心配して会いに来たのか)
納得しながらその光景を見ていたリュカだったが、ふと疑問を持ち、隣でお座りをしているチェイスを見おろした。
「お前はいいのか?」
そう尋ねて頭を撫でる。
「ワン」
チェイスは嬉しそうにリュカに頭を撫でられていたが、
「リュカ様、戻りました」
スピカを抱いたリリーがやってくると、不思議そうに左右に首を傾げながらリリーを見上げ……、
「ワンッ!」
急に後ろ足二本で立ち上がり、リリーに抱きつくような姿勢になった。
「ワンワンワン!」
千切れんばかりに尻尾を振り、ピョンピョン跳ねながら抱きつくチェイス。
「ちょっと待って! 危ない!」
スピカを抱いているリリーは、チェイスの重さと勢いに押されヨタヨタしている。
「あらあらまあまあ! こーら! 止めなさい!」
エリナが慌てて抑えようとしたが、チェイスの勢いは止まらない。
「チェイス!」
リュカが大きな声で名前を呼び、首を押さえつけてようやく落ち着かせる。
「まーあ、チェイスったら喜んじゃって。スピカもチェイスも、リリーさんの事が好きみたいね。わかるのね、リリーさんが良い人だって」
ニコニコ笑顔のエリナ。
「じゃあ、このわんちゃん達は私が連れて行きますね。いつもミッシェル様と一緒に眠っているんですよね」
「ああ。頼む、エリナ」
「はい、かしこまりました。それじゃあリリーさん、おやすみなさい」
そう言いながら、エリナはなぜか胸の前で拳をつくった。
まるで『頑張って!』というような仕草を不思議に思いながら、リュカはリリーを促して部屋の中に入った。
「エリナさんは、リュカ様の子守りメイドさんだったんですね」
「ああ。何か言っていたか?」
「子供の頃の事を少し教えてもらいました」
(……だからエリナは嫌だったんだ。何を聞いたのだろう)
内心そう思いながら、ちょっと言葉に詰まる。
「? どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
いつもと違う、黒いワンピース姿のリリーを見て動揺してしまった事を隠そうと、リュカは言葉を切り、そんなリュカに少しの違和感を感じ、リリーは「えーと」とソワソワし出した。
「……えーと……じゃあ、寝ましょうか」
何か話題を、と思ったのだが何も浮かばなかったので、リリーは眠る事を提案する。
「お互い今日はクタクタですもんね。もう眠った方がいいですよね。さ、着替えなきゃ。えーっと夜着は……」
いつもはリュカがベッドの上に用意してくれているのだが、今日は無い。
「すみませんがリュカ様、夜着を貸してもらえますか?」
「ああ。だが、その前にちょっといいか?」
ベッドに腰かけ、リリーを手招きする。
(う、うそ……本当に、二人が言ってたみたいに……)
「犯人の事について、もう少し聞いておきたいのだが」
「あ、あー、はい、勿論」
(……エリナさん、キャシー……やっぱり、心配する必要無かったです)
勘違いした事を恥ずかしく思いながら、急いで隣に腰かける。
「詰所で少し聞いたが、小屋には二人の男がいたんだったな?」
「はい。一人はリュカ様を誘拐した髭の男で、名前は確か、ガンズとか。侯爵家の護衛の人と「団長の娘だけでなくもう一人の邪魔者の子供も誘拐できたから、礼金をはずんでくれるだろう」とか言ってました。もう一人はスキンヘッドの大柄な男で、すみません、名前は忘れちゃいました。それからもう一人、小屋に尋ねて来た男がいて、声の感じから若いと思いますが、鳥の仮面を被っていたから顔は見ていません。「なるほどなるほど、間違いない」とか言ってて、二人の事を知ってるみたいでした」
「ミッシェルとアンジェレッタの顔を知っている者か……」
「はい。ミッシェル様の誘拐は予定外だから、どうするか確認すると言ってたので、その人よりも偉い人がいるんだと思います。あと、お金をたくさん渡してたみたいです」
「ということは、団長と私を煙たく思っていて、財力のある人物が黒幕ということか……」
「そうだと思います」
「あと、何か気づいた事は?」
「あとは……場合よっては殺すかもしれないけれど、今は生かしておけ、なんて言ってて……」
その時の恐怖を思い出し、リリーは身震いした。
「ミッシェル様に対して、いつでも殺せるんだからおとなしくしてろ、と言って、すごく嫌な人でした」
「そうか、わかった。嫌な事を思い出させて悪かった。だが、もしまた何か気づいた事があったら教えてくれ。それともう一つ、言っておきたい事がある」
「はい」
「私はこれから、リリーを抱きたいと思っているのだが」
「はいっ!?」
思わず、高い声を出してしまい、リリーは慌てて両手を口に当てた。
(ちょ……この話の流れでそういうことを、しかもハッキリ、キッパリと言う? こう、情緒というか、雰囲気というか……)
しかし、そういうものは欠片も無く、リュカは真面目な顔で説明をする。
「通常こういう事の前には、交際、婚約、結婚、という流れがある」
「はい」
照れてしまうが、『そんな真面目なところも、リュカ様のいいところ』そう自分に言い聞かせ、リリーも真剣に向き合う事にする。
「そういうきちんとした段階を踏むのが一番良い。だが、リリーとはそうできない」
「はい」
「しかも、宝石もドレスも贈っていない。それなのにいきなりこんな事を言うなんて、申し訳ないと思う。しかし、私はリリーを心の底から愛している。結婚はできないが、全身全霊をかけ、リリーを守り、リリーだけを愛し続ける事を誓う。だから私のものに……私だけのものになって欲しい」
照れる様子もなく、じっとリリーを見つめて言うリュカ。
『ご自身から何かを求めたり、我が儘を言ったりする事はなかった。ご希望を言わない、というか、思いつかないのかもしれない』
さっき聞いた、エリナの言葉が脳裏に浮かんだ。
そんなリュカが「私だけのものになって欲しい」と望んでくれたのだ。その事に、泣きそうになってしまう。
リリーは、潤んだ瞳でリュカを見つめた。
「……宝石もドレスもいりません。リュカ様がわたしを望んでくれるのなら、それでもう、他には何もいりません。わたしもリュカ様が本当に好きだから……リュカ様だけを愛し続けます」
「ありがとう、リリー」
唇が重なり、リリーが目を閉じると、溜まっていた涙が頬を伝った。
そのままベッドに倒され、ワンピースの前ボタンが上から外されていく。
(本当に、こんな事が突然起きちゃうのね。……どうなっちゃうのか怖い。怖いけど……)
ボタンが全て外され、ワンピースの前を開かれる。
(とりあえず……キャシー、ありがとう!!)
あとはもう、リュカに身を委ねるしかないと、リリーはギュッと強く目を瞑った。
(……油断した)
リリーの服を脱がそうとしていたリュカは、自分で開いたリリーの胸元を見て顔をしかめた。
(……私は男で年上で経験もあるのだから、こういう事は初めてであろうリリーを、怖がらせず、不安にさせず、導いてやらなければいけないと思っていたし、そうできると確信していた。だいたい、ロイドが言っていたではないか、メイド用の一式だと。それがなぜ、こんな下着を身に着けているんだ! いや、それが問題なのではない。私が相手の力量を見誤り、侮ったのがそもそもの間違いだったのだ。いつも団長に言われているじゃないか。敵を侮り、実力を知りもしないのに想像で判断し、しかも過小評価をするのは、自ら敗北を招く行為だと。いや、リリーは敵ではない。敵ではないが、本当に……まずい)
思いがけない煽情的な下着と、その下に透けて見えるリリーの肌に思わず息を飲み、動揺してしまったリュカだったが、
(衝動に駆られてはいけない、力の加減を間違えてはいけない、驚かせてはいけない、焦ってはいけない)
スッと短く息を吸い、吐く。
(……危なかった。思うがままに触れてしまいそうだった)
数秒で気持ちを落ち着けて、改めてリリーを見る。
扇情的な下着姿だが、目をギュッと瞑り、口もしっかり閉じ、耐えるようにしている姿を見ていると、少し笑みがこぼれた。
(……とんでもなく、愛らしい)
前髪をかき分けおでこに唇を押し当てると、ビクッとしたが、目は閉じたままだ。
頬に指先をあて、首から鎖骨へとなぞってみると、さらにギュッと目を瞑るリリー。
薄い肩を掴み、華奢な腕をさすり、細い腰を撫で……ツルツルと滑りの良い絹地の下着の上を、太ももから腹の方に手を滑らせてゆき、胸の上で止める。
緊張しているのだろう。浅い呼吸を繰り返すリリーの胸が、手の下で上下に動く。
(……ずっと、触れてみたかったんだ。布を挟まず、直接、この肌に……)
レースの下にそっと手を潜り込ませ、直接胸に触れた。
「っ……」
リリーが息を飲む。
その小さな声に理性を吹き飛ばされそうになるが、
(駄目だ、慌てるな。希望が叶ったのだ。ゆっくりと丁寧に……え?)
柔らかな胸の盛り上がりが、シューッと下がっていく。
驚いて見つめるリュカの目の前で、リリーの身体がどんどん小さくなっていく。
「あ…………」
長い金髪が消え、白い肌が黒い毛に覆われ……みるみるうちに、猫の姿になる。
「……そう、か……もう、そんな時間……」
さっきまで白い胸の上に置いていた手は、今は黒い、ふわふわの毛に埋もれている。
(参った! 夢中になりすぎて、猫になるのを忘れていた……)
そう思いながらリリーの顔を見たリュカは、思わず吹き出しそうになってしまった。
素敵なレースの下着の下で仰向けになっている黒猫のリリーは、目を真ん丸にして、口を三角に開け、茫然としている。
その表情があまりにも可愛くて、リュカは思わずふわふわのお腹に顔を埋めて笑い出した。
「ニャーッ! ニャニャニャニャ!」
抗議するように、リリーが声を上げる。
「ハハッ、リリーは人でも猫でも可愛いな、本当に」
笑いながらお腹から顔を上げ、リリーの濡れた鼻に、自分の鼻をくっつけた。
「……リリー、大好きだよ」
抜け殻のような服と下着をベッドの下に落とし、リュカは横になって腕を伸ばし「おいで」とリリーに声をかける。
「ニャーゥ」
少し迷ったようにウロウロした後、リリーはリュカの脇にピッタリとくっつき、腕に頭を乗せた。
「リリー、ずっと一緒にいてくれ」
「ニャーン」
夜が明け始め、鳥の鳴き声が聞こえ出した頃、二人はようやく長い一日を終え、眠りについた。
今日のところは『おあずけ』です。




