第58話・師弟の契り
タイトルによる酷いネタバレ
「弟子?」
俺はイレーネの唐突な勧誘に戸惑っていた。門前での騒動の償いとして鍛錬に付き合ってくれるくらいならまだ分かるが、いくらなんでも弟子にとるのはやり過ぎだろう。
「そればっかりはすぐに返事はできない。第一なんでそこまで俺にこだわる?」
イレーネは生唾を飲み込み、自身を落ち着けるように息を吐く。
「笑わないでほしいんだけど…聞いてくれる?」
「ああ」
「私が君に構う理由、それはね…君の中に王を見たから」
「王?」
「うん。まだ若く、未熟だけど何者よりも強大な王の風格を見たんだ」
ほう。そこまで見えるのか。どうやらイレーネの持つこのスキルは思ったよりも優秀なようだ。
【スキル】 『慧眼』
対象の大まかな実力を見抜くことができ、また魔力や力の流れを見ることができる。
イレーネに鑑定を使って最も目についたのがこのスキルだ。てっきり見えるのは能力の大きさだけかと思ったが、蟲王としての格まで見抜けるようだ。
「カナデくんを見た瞬間、一目惚れって訳じゃないけど、この人に仕えたいって本気で思ったんだ。けど私はこの国の騎士副団長、全てを捨ててカナデくんに仕えることができる立場じゃない。騎士ってことで一応グリム王国に忠誠を誓っている訳だからね。だから、私が出来る範囲でしてあげられることをしようと思ったの」
「それが剣術ってことか」
「門前で君から離れたことを心底後悔していたんだよ。でもその後、騎士講習で君を見たときは運命すら感じたの。だから私は悟った。ここで君に剣術を教えることが私の役目なんだって」
イレーネは両手を胸の前で握りしめ、息が荒くなるほどに興奮しながら熱演している。恍惚な表情で俺との出会いを語るその姿はまるで狂信者のそれだ。
そうか…このイレーネも蟲王に魅せられた1人ということだ。そう思えば悪くない。根拠が分からない不気味な親切も、その発端が分かれば可愛いものだ。
「それにしても、何故弟子なんだ。わざわざ弟子にしなくても剣術は教えられるだろ」
「いや、そうもいかないんだ。私の使う剣術は一般の騎士が使うものとは違う1つの流派なんだよね。だから多少の基本は教えられても流派の神髄まではそう簡単には教えられない。だから弟子になってもらえれば気兼ねなく君に私の剣術を伝授できる」
剣術を教えるためとは言ってもそこまでするか。余程執心しているようだな。それでも俺からすれば渡りに船、せっかくだし弟子になっておくか。
「分かった。イレーネの弟子なるよ。というか既にあんたが俺の師匠みたいなものだしな」
「えっ、ホント?ホント!?やった!」
イレーネは少し跳ねながら小さくガッツポーズをする。おいおい、キャラ変わり過ぎだろう。口調も家に来てからずっと崩れているし、興奮し過ぎだろ。
待てよ…まさかイレーネが俺の前で言葉遣いが崩れるのは感情が高ぶったり、興奮していたりしたのが原因なんじゃ…。
そう思えば可愛いじゃないか。美人で俺大好きな師匠か、ますますアリシアには言えなくなって来たな。好きと言っても異性としてというよりは崇拝に近いけどな。
「それじゃあ、えっとね、弟子の君には私の奥義…必殺技?…ええと、そうだ十八番、十八番を見せてあげる」
「十八番?」
「そう!私の剣術龍屠の技。鍛錬次第で君にも出来るはずだからどうかな」
「それなら、俺に向けて打ってくれないか?見るだけよりも実際に体験した方が得るものがあるかもしれないからさ」
「う〜ん…分かったよ。でも木剣で君が防御の構えをとった状態でやるからね。この技は初見で防ぐのは難しいから」
イレーネをもってしてそこまで言わせるほどの技なのか。少しばかり楽しみだな。
「じゃあ、木剣を持ってそこで構えて。横薙ぎでいくからちゃんと防いでね」
「分かった」
俺は木剣を手に取り、部屋の中心から少し逸れた位置で防御の姿勢で構える。それに対してイレーネは甲冑を外し、軽装になると俺と少し距離を取り木剣を握る腕の袖をまくる。
「こうした方がこの技に仕組みがわかりやすいからね。それじゃあ、ちゃんと見ててね」
イレーネは忠告し終わるとしっかりと木剣を握り直し、剣を構えながらハァと一度息を吐く。
すると、剣を持つイレーネの腕に数本の筋が浮き出て、少しずつ筋肉が膨張していく。やがて膨張が収まる頃には倍近くまでになっていた。
そこにはあの華奢な美しい腕はない。剛腕の名がふさわしい屈強な腕だ。
「行くよ」
俺は一層力を込めて防御の型を取る。イレーネはそれを確認すると、地を蹴り接近してくる。
ここまでは何ら今までと変わりのない行動だ。しかし、俺が反応できたのはここまでだった。
次の瞬間、腕に強い衝撃を感じたと思ったら真横に大きく吹き飛ばされた。イレーネによく転ばされていた経験のおかげか、即座に受け身を取り無防備での地面へと衝突は免れる。
俺は何が起きたかわからないと言った方にイレーネを見つめると、イレーネは得意げににっこり笑う。
「どう?この技凄いでしょ」
「ああ、一体何が…」
「私の剣術|龍屠流は元々は大剣術から派生した剣術で、文字通り龍を殺すことを主眼に置いているんだ。それを最も反映したのがこの技、豪閃だよ」
「…豪…閃」
「仕組みは単純で身体強化スキルを腕だけに収束するだけ。とは言ってもそれが難しいんだけどね」
身体強化スキルにそんな使い方があったのか。今の技、あらかじめ防御の姿勢を取っていなかったらほぼ確実に当たっていたぞ。
攻撃を防いだ木剣も大きく亀裂が入りもう使い物になる状態じゃない。
「俺にその豪閃が使えるようになるのか?俺は剣術に関してはまだまだなんだが」
「大丈夫、大丈夫。なんとかなるって。それじゃあ、早速練習しよっか」
「ちょっと早くないか」
「ダメダメ。カナデくんが王都にずっと居られるわけじゃないんだから。やろやろ」
あれ?俺のこと崇拝している割に言うこと聞いてくれないな。俺が弟子になったことで興奮して暴走しているのかもしれない。
「2回目行くよ。構えて〜」
「ちょっ、待っ、木剣壊れて、あーーっ!?」
イレーネの嬉しそうな声と俺の悲鳴が部屋いっぱいに響き渡った。
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