第50話・堕天者とダンジョンの現状
ベルゼブブが退室するとルージュがジト目で俺を睨んできた。どうやら先ほど無視したのが気に入らなかったようだ。
ルージュはベルゼブブに対して苦手意識があるのか、ベルゼブブが場にいるときは決して俺に対して否定的な行動はとらない。
それは恐らく絶対契約で縛られていることだけが原因ではない。瀕死の追い込んだのは俺でも実際にルージュを拘束し、殺そうとしたのはベルゼブブだ。
言い方は悪いかもしれないがベルゼブブは少しばかり頭のネジが外れている。敵対した者はあらゆる手段で痛みつけ、殺してくれと願うようになってもその手を緩めることはない。
やがて、限界が訪れ精神が壊れても無理矢理精神を元に戻して拷問を続行する。
ルージュは未遂とはいえ、そんなベルゼブブに拘束されて殺されそうになったのだ。恐怖の対象となるのも頷ける。
いじけるルージュの眼差しを受けながら、ベルゼブブを待つこと10分。ようやくベルゼブブともう一人の足音が聞こえてきた。
やがて、入口からベルゼブブが姿を現し再び一礼する。
「遅くなりまして申し訳ございません。ほら、お前も入りなさい」
「はい、失礼いたします」
ベルゼブブがが手招きするともう1人の人物が姿を現した。その容姿はこのダンジョンには珍しく人型だ。
金糸を編んだような金髪を肩ほどで切りそろえ、澄んだ青空のような瞳をしている。その相貌は整ってはいるが、肌が病気的なほどに白い。白というよりは青白いといった方がよいくらいだ。
背丈は低くリムほどではないがずいぶん幼い。ゆったりとした祭服を着ているため体の凹凸は見て取れないが、膨らみやくびれへの希望は薄いだろう。
おかしいな、こんな魔物このダンジョンにいたっけ。このダンジョンで人型の魔物は少ないため、こんな魔物がいたら覚えているはずだが。見覚えはある気がするがよく思い出せない。
誰だったかと思いながら鑑定を使ってステータスを確認する。
【名称】 ルセア・クラーク
【種族】 フォーラー
【ランク】B
【LV】 40
【HP】 190
【MP】 200
【力】 160
【魔力】 210
【防御】 120
【俊敏】 180
【スキル】
『堕天LvMax』『光魔法Lv3』
『形態変化Lv3』『魔物使役Lv2』
『回復魔法Lv2』『闇魔法Lv1』
『繁殖Lv1』『飛翔Lv1』
【称号】
『堕天者』『元冒険者』
『元人間』『魔女の卵』
『聖女の卵』
【称号】フォーラー ランクA〜D
ランク不定の魔人族魔物。人間に禁術を用いることで発生する。特定の能力を持たず、個体差が激しい。魔物の中では珍しく進化、退化の過程を経ずにランクが変動する。
そうだ、思い出した。こいつはダンジョンに侵入してきた冒険者の1人だ。たしか蝿共の苗床にした神官の少女はずだが、いつのまにか魔物になっているな。
前回会った時は苗床のままだったはずだが、俺が寝ているうちベルゼブブが何かしたのだろう。
「お久しぶりでございます、蟲王様。私はルセアと申します。私が愚かな人間であった時とはいえ、かつて犯してしまった愚行お許しくださいませ」
ルセアは聞き覚えのある甲高い声で謝罪し、大きく頭を下げる。
「こちらのルセアが人間の国でのダンジョンに対して起こす行動について説明したします。…ん?どうなさいましたか?」
ルセアを前に複雑な表情をする俺を見てベルゼブブは怪訝な顔をする。そして、何か納得したかのような表情をして頷く。
「ご安心ください。堕天したことにより価値観や思考が変化しており、人間に対しての情はございません。また、種族はフォーラーではございますが、能力の影響で虫の魔物に近いため私のスキルでも支配できておりますので裏切り等の心配はございません。また、魔物の身となった今でも苗床としての機能は健在です」
いや、そうじゃない。確かにそれらのことも心配なことではあるが、俺が悩んでいるのはそんなことではない。
俺がこいつに対して嫌悪感がほとんどないことが自分のことでありながら気持ちが悪い。こいつは仮にもかつては敵だった相手だ。実際に殺すよりも苦しい罰を与えた。
にもかかわらず、俺の心はこいつを仲間として認めつつある。その矛盾が何より複雑で気分が悪い。
この世界に来て自分自身に対する違和感は今まで何となく感じていた。アリシアに初めて出会った時もそうだ。よくよく考えたら初めて会った者のために命を懸けて戦えるだろうか。いや、できたかもしれないが地球にいたころの俺ならもっとためらっただろう。
リムに会った時は逆に同情の感情はほとんどなかった。地球にいたときの俺なら可哀そうと感じ、助けるためにリムを連れだしただろう。
人を殺すことにも大した抵抗を感じない。人間がまるで虫けらのように感じてしまう。触れ合えばリムのように情が湧くのだが…。
人間に何も感じないというよりは虫にだけ情が湧くといった感覚だ。これも蟲王になった影響というやつなのかもしれないな。
まあ、悩んでもどうにかなる問題ではないか。今はとにかく目の前の元敵対者であるルセアに対してだ。裏切りの心配もなく魔物となった今なら、情報源としても戦力としても重宝するべきだ。
元敵ということでいささか思うところはあるが、俺たちを殺しかけたルージュが仲間となっているのだ。今更だろう。
「良いだろう。ルセアだったな。話せ」
「畏まりました。お話しする前に、私は浅学非才のため言葉がくずれますことをお許しください。では、お話しします。まず人間の国がダンジョンを発見しても即座に攻略が行われることはありません。その前に行わなければならない工程が行くかあるからです。まず第一にダンジョンそのものの存在の確認が行われます。具体的にはダンジョンの位置であったり、稼働しているかどうかを確かめたりします」
見つかって一か月たっているので、この段階はとうに終わっているだろうな。
「第二にダンジョンへの道の開拓、およびその周囲の魔物の調査をします。もし周囲に魔物が多数存在する場合は排除される場合もあります。そして第三にダンジョン内部の調査です。調査といっても基本的には比較的表層である3、4階層まででそれよりも深部は行われません。それより先の攻略はダンジョンの公開後に冒険者に任せる形になります。」
これらの工程はほとんどが冒険者のためのものだな。ダンジョンは国のものではあるが、その資源を外部へと持ち出すのは冒険者たちだ。戦争の危険が付きまとうこの世界ではダンジョン攻略に騎士を使うわけにもいかないのだろう。
国からすればなんとかして冒険者がダンジョンに潜りその資源を持ち帰ってもらいたいわけだ。そのために冒険者がダンジョンに潜りやすい環境を作るわけだ。
「そして最後にダンジョンを正式に公開するという手順を踏むことになります。これらの工程は早くとも半年近くの時間がかかります」
「それならこの1か月で事態が急変したりとかはないわけだな」
「はい。それにこのダンジョンは大森林の中に位置していますので、開拓に時間がかかりますし、開拓をするにあたっても周辺の部族やエルフの国からの反感も予想されます。このダンジョンが公開されるまでには相応の時間がかかるかと」
「そうか」
ほっと俺は息を吐いた。どうやらまだまだ余裕があるようだ。とりあえずは安心できた。
俺が安堵していると、難しい話に飽きたのかリムがむずむずと動きだした。
「ねえ、おにいちゃん。あの子と遊んでも良い?」
リムは俺の顔を見上げながらルセアを指す。よく考えればルセアはこの中でリムの次に幼い。年が近いため気になっていたのだろう。
「ああ、いいぞ。ルセアも遊んでやってくれ」
俺が許可を出すとリムは俺の膝から飛び降り、ルセアに近寄りその手を引く。そして、リムの部屋へと連れて行こうとしていた。
ルセアに関して悩みはしたが、リムに年の近い者がいなかったため案外良かったかもしれない。それに皮肉だがルセアのおかげで現状もある程度わかったしな。このダンジョンの魔物として受け入れるしかあるまい。
ダンジョン公開への猶予が分かり安心し笑顔になる俺に対して、ルージュはまるで寝取られたといわんばかりの表情でリムとルセアと見つめていた。
リムと紛らわしかったため神官の名前をリリ→ルセアに変更しました。
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