第45話・暗闇の世界
俺が瞼を開けるととそこには僅かな光さえない真っ黒な世界が広がっていた。距離感すらつかめない純粋な闇だ。
何事かと思い、上半身を起こして周りを見渡してみたが何もない。絵具で塗りつぶしたかのような光沢のない暗闇が続いているだけだ。しかし、周りの物は見えないにもかかわらず、自分の身体は光ってもいないのに鮮明に見える。
何故だか、俺の衣服は普段がダンジョン内で着ている上下ジャージだった。龍との戦闘時はもっと真面な装備だったはずだ。とはいっても、龍の一撃で穴が開き、白炎で焼かれてボロボロになっていたが…。
それに龍と戦う時に身に着けていた妖刀の黒蛍は見当たらない。あれ高かったんだけどな。
「なんだ…ここは」
何故俺はこんな摩訶不思議な所にいるのだろう。俺は確か突然倒れて、龍のブレスを受ける寸前だったはずだ。ということはここは死後の世界か?
それにしてはずいぶんと殺風景な世界だな。死後の世界といえば、てっきり神様や閻魔様でもいるのかと思っていたが、人どころか物1つない世界とは。せめて川やら雲やらないものか。
「もう来てしまったのかい?」
俺が状況確認していると突然、後ろから声がした。咄嗟に振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。明るめの茶色の髪を肩ほどまでに延ばし、ローブのようなものを羽織っている。顔立ちは大人というにはまだ幼く、15歳くらいだろうか。
先ほど見回したときはいなかったはずだが、いつの間に現れたのだろう。
「お前は誰だ」
俺は警戒しながら、少年の様子を確認する。
「僕がだれかなんてどうでもいいことさ。それよりも君をここから出すことが最優先だ」
「ここから出す?ここは死後の世界じゃないのか」
「死後の世界か…当たらずと雖も遠からずってところかな。説明している暇はないけどね」
「説明ぐらいしてくれよ」
「駄目だよ。そんな時間はない」
こちらの要望を一切聞かない、なかなか強気な少年だな。
俺がある意味感心していると、少年は俺に近づいて突然俺の手を取る。すると、まるで自分の身体の中まで盗み見られているかのような感覚に陥った。
俺は少年の手を払いのけるが、少年はまるで気にすることなく口元に手を当てて考え込む。
「なるほどね。竜王の血縁の血が引き金となってしまったようだね。道理で覚醒が早いわけだ」
竜王の血?引き金?何を言っているのだろうか。
「どうやら、思っていたよりも時間がないようだ。それにしても竜王の血縁の血を取り込むだなんて、なかなか無茶するね」
「えっ、まずいのか」
「うん、並の人間や魔物にとっては猛毒のようなものだからね。君が蟲王じゃなければ只では済まなかっただろうね」
げっ、マジか。そんな危ないことだったのか。俺が蟲王で良かった…。
ん?待てよ。何故この少年は俺が蟲王であることをを知っているんだ。今までの発言からしても不思議な少年だな。この世界に詳しいみたいだが、何者なんだろうか。
「カナデさん!」
俺は何やら考え込んでいる少年を観察していると、どこからともなく聞き慣れた声が聞こえてきた。間違いない、これはアリシアの声だ。
辺りを見回すがアリシアの姿はない。声だけが聞こえてくる状態だ。この現象に対して、少年驚いた表情でこちらを見る。
「へぇ、この世界まで声が届くなんて、君が余程信頼している人物がいるんだね」
「アリシア、俺の大切な家族だ」
「家族…そうか、君には家族がいるのか。なおさら、君は戻らなきゃいけないよ。君を待ってる家族のためにも」
少年は正面へと手をかざして、何やら呪文のようなものを唱える。すると、俺の身体が輝き始め、少しずつ透けていく。
「なんだよ、これ…」
「大丈夫、もうすぐ元の世界に戻れるよ」
「あ、ああ。ありがと」
この少年は何者なんだろうか。なんだか元の世界に返してくれるようだが。
「けど、安心はできない。蟲王には竜王の力が混じってしまった。恐らく、僕が蟲王の力を抑え込んでおける時間は長くない。次、君が蟲王に飲まれれば、僕にはもう戻せない。君が自分で蟲王の力を制御しなければいけないよ」
「蟲王の力を制御…」
「けどきっと大丈夫さ。君には支えてくれる家族がいる。孤独だった彼とは違う」
俺の身体の発光が強くなり、奥の景色を見通せるほどに薄くなる。
「君が目覚めたときにはこの世界での記憶も消えてしまうだろう。けれど、これだけは覚えておいてほしい。君と君の家族を信じて生きろ。もう二度と彼のような悲劇を僕に見せないでくれ」
彼…彼って誰だ。もしかして――
「さようなら、今代の蟲王よ。君は苦悩多き人生を送るだろう。しかし、君はそれを乗り越えてくれることを信じているよ」
少年の声を聞きながら、俺の意識は薄れていった。
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