第34話・自己鍛錬 前編
俺は30階層に急遽作った闘技場に立っていた。闘技場といっても大きい四角形な岩の中心を円形にくり抜いただけだ。
本当はコロッセオのような形にしたかったが、ダンジョンコアの魔力が足らず簡素なものしかできなかった。
複雑なものであればあるほど必要となる魔力は多くなるため、とりあえずは最低限闘技場として機能すればそれでよかった。
30階層は洞窟ではなく32階層のように広い1つの空間になっている。32階層のつくりは崖に囲まれた大きな森だが、30階層は広い墓地だ。
西洋風の墓もあれば、和風な墓もあり大きさも様々だ。その数は尋常ではなく32階層にも匹敵する広さである30階層の一面に配置されている。
生臭い臭いもしており、もしかしたら本当に死体が埋まっているんじゃないかと思うほどだ。
そんな30階層に闘技場を作ったため、かなり不気味な建造物に見える。実際には情けないつくりなのだが。
そんな闘技場の大きさは直径50mほどでそこそこ広い。簡素なつくりで入口などないため、中に入るためにはよじ登っていくしかない。
観客席などはもちろんなく、観戦するならくり抜かれた場所の上から見下ろす形になる。
闘技者たちが戦うくり抜かれた空間には砂が敷かれており、雰囲気だけはある。
俺はそこにいるが、俺だけでなく20mほど離れたところに1体の魔物がいる。それは赤黒い毛皮を持った体長3mほどの熊の魔物、ブラッド・ベアーだ。
ダンジョンから生まれた魔物ではなく、外の森から連れてきた魔物だ。今はアリシアの糸を使って身動きが取れないようにしてある。
俺はこれからこのブラッド・ベアーと戦うことになっている。これは俺自身が言い出したことで、俺が戦闘経験を積むためでも力を使いこなすためでもある。
当然、俺がこの戦闘をやろうと言い出した時はアリシアが止めてきた。自己の力を知ることは良いが、何も実戦である必要はないと。
しかし、いろいろと説得して何とか実行に移せた。
そのアリシアは闘技場の壁の上から俺を見守っている。アリシアが危険と判断したときには即座に魔物を殺すためだ。
ブラッド・ベアーを捕らえている糸はアリシアへとつながっていた。彼女の意思で開放することができる。
「カナデさん、用意はいいですか?」
「大丈夫だ」
「では、糸を解きますね」
アリシアが糸を握りしめると、糸が全て霧のように消えていった。
「グァー!」
ブラッド・ベアーは糸が無くなり自由になると、雄叫びをあげながら正面の俺めがけて走ってきた。長い間拘束されて随分とお怒りのようだ。
今の俺の装備は胸当や膝当てなどの最低限の装備だ。武器も今回は妖刀ではなく一般の剣だ。妖刀を使えば、一瞬で終わってしまうため武器も変更した。
ブラッド・ベアーは力が強いが動きは遅く俺でもある程度対応できるはずだ。しかし、慢心はいけない、俺自身の能力は呆れるほど弱いのだから。
ブラッド・ベアーはがむしゃらに突っ込んでくる。シンプルな突進だ。俺は突進を受ける寸前のところで地面を蹴り、真横へ飛ぶようにして突進を回避する。
回避の最中に剣を振るいブラッド・ベアーへと攻撃するが、僅かに傷をつけるだけで終わる。
ブラッド・ベアーは俺が先ほどまで居た位置から5mほどのところで止まり、方向転換してまた俺へと突進をしてきた。
俺はそれを先ほどと同じように避けまた斬りつける。それが何度か続いた。与える傷は浅いが回数を重ねればそれなりのダメージにはなる。
俺がこのままいけば勝てると油断した頃に変化があった。ブラッド・ベアーが何度目かの突進をしてきたから、俺はまた避けて斬りつけようとしたところでブラッド・ベアーが腕を横薙ぎに振るってきたのだ。
油断して居た俺はその攻撃に対して防御が間に合わず、腹部へ受けてしまった。
俺より遥かに大きいブラッド・ベアーの一撃を受けて体が吹っ飛ぶ。腹部を抉られたような激しい痛みを感じながら、地面へと衝突する。
本能的に受け身を取り地面との激突の衝撃を和らげ、ゴロゴロと地面を転がる。
回転の勢いが弱まり、うつ伏せの形で止まった。俺は両手を地面につき、上半身を起こして傷を確認する。
攻撃を受けた箇所の装備が破られて素肌が見えており、その周りには僅かに血が付いている。しかし、抉られたはずの腹部の傷はない。
「へぇ、やっぱりすごいな」
俺は自身の力に感心しながら起き上がった。俺を弾き飛ばしたブラッド・ベアーは驚愕して俺を見つめている、
当然の反応だ。確実に仕留めたはずの相手が無傷で何事もなく立ち上がったのだから。
この力こそがアリシアが俺の実戦を許した最大の理由だ。俺が攻撃を食らったのに無傷でいられたのは、攻撃を避けたわけでも防いだわけでもない。
攻撃は間違いなく受けた。ただ負った傷を瞬時に再生しただけだ。
俺のステータスにおいて異様といっても良いほど高い治癒力、そしてスキルの超再生。この2つをもってすれば内臓が吹き飛ぶ程度の傷であっても一瞬で再生できる。
俺がこの力に気づいたのは、単純に自分の強みを考えたところまず一番にこれが上がったからだ。いくつかの魔法で保険をかけてから、指なんかを切り落としてみたりした結果発見できた力だ。
この力がある限り俺はほぼ不死身に近い。たとえ木っ端微塵にされても元に戻ることは容易いからだ。
この力を実感して気づいたことがあった。もし封印された蟲王がこの力をもっていたのだとする。そうすると、魔王や人間たちが蟲王を封印したのは殺すわけにはいかなかったのではなく、単純に殺すことができなかったのではないかということだ。
普通の魔物なら致命傷となる傷でもこの力の前では、かすり傷と同義だ。どちらも一瞬で治るからそこに大きな違いはない。
きっとこの力を目の当たりにした者たちは、目の前のブラッド・ベアーと同じ表情をしていたのだろう。
傷の再生を確認した俺は、立ち上がり衣服の砂を払った。
そして、剣の鋒をブラッド・ベアーへと向けて挑発する。
「おい、こんなものか獣畜生。来いよ」
ブラッド・ベアーは言葉の意味は分からずとも、挑発されていることは分かったようで怒りながら再び向かってきた。
俺はそんなブラッド・ベアーに対して剣を構える。
ブラッド・ベアーは僅かに片手を上げながら突進してきた。おそらく再び避けたところを狙うつもりなのだろう。
しかし、俺は立ったままブラッド・ベアーへと剣を突き出した。
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