第31話・名付け
みんなで朝食を取った後、魔物たちにリムを紹介することにした。
これから一緒に過ごしていく新しい家族の1人であり、このダンジョンの住人の中で唯一の人間だ。
魔物は基本的に人間に関して良い印象はない。互いに狩る狩られる存在であるから、人間を嫌う魔物はいても好む魔物はほとんどいない。
それはこのダンジョンの魔物も例外ではない。仮にもこのダンジョンは、かつて人間の国に攻められている。
そのため、人間を恐れていたり憎んでいる魔物は少なくない。
しかし、人間を憎む事自体は別に構わないが、リムにもその態度では困る。
もはやリムは俺たちの家族であり、このダンジョンを構成する一部なのだ。とはいえど、ダンジョンの魔物の大半がリムのことを知らない。
つい先日、連れて来たばかりなため当たり前なことだ。しかし、このままでは初めてリムを見た魔物が侵入者と勘違いして襲ってしまう可能性がある。
それを防ぐためにも、少なくとも数体の魔物にリムを紹介しておく必要がある。リムは基本的にこの最下層で過ごしてもらう予定なので、この最下層にいる、又は来る可能性がある魔物に紹介しておく。
代表的なのはベルゼブブやイブリース・スコーピオンだ。彼らはこのダンジョンの最高戦力といって良い。
情報収集をしているベルゼブブは最下層に来る機会も多く、イブリース・スコーピオンに至っては最下層に住んでいる。
そのためリムに会う時が早々にくる。その時にリムが襲われるわけにはいかないため、早めに紹介しておこうというわけだ。リムの紹介のほかにも用事はあるしな。
まずはイブリース・スコーピオンからだ。奴はこの最下層の壁にある洞窟を住処にしている。そこに向かうつもりだ。
「カナデさん、リムちゃんを紹介するのはいいんですが、歩いて行くんですか?」
アリシアが不平を漏らした。実はその不満はもっともだ。イブリース・スコーピオンの住処は同じ層にあるとはいえ、この32階層はとてつもなく広い。
転移陣などを使えば各階層に飛ぶことはできるが、同じ階層ではそれは使えない。
住処の場所は分かっているが、徒歩ではかなりの時間がかかる。しかし、当然その対策はしている。
「その点に関しては安心しろ、俺たちの乗り物となる魔物を呼んである」
「乗り物ですか?」
「そうだ、外に移動するぞ」
リムとアリシアを連れて32階層の森へと移動した。そこで俺たちを待っていたのは大きな蜘蛛だった。
【種族】大蜘蛛 ランクB
Bランク上位の虫族魔物。糸による罠ではなく、直接獲物を捕らえる。牙には麻痺毒があり、動きが速い。
この大蜘蛛は俺がこのダンジョンに召喚された時に、移動に使った魔物だ。
乗り心地が悪くなかったので、これから乗り物の代わりをしてもらうつもりだ。
「こいつに乗って移動するぞ」
「うわぁ、大っきいクモさんだぁ」
リムは興味津々といった感じだ。女性は虫嫌いが多いと思っていたのだが、子供ゆえの好奇心からかそういった感じはなさそうだ。
大蜘蛛は俺たちが乗りやすいように、身をかがめてくれた。俺が先頭に乗りその後ろがリム、最後がアリシアという順番で乗り込んだ。
「イブリース・スコーピオンの住処まで頼むぞ」
俺の指示に大蜘蛛は了解の意を示して、進み始めた。
大蜘蛛に乗っていると、初めてここに来た時を思い出す。あの時は不安で仕方がなかったが、今は事情も分かり落ち着いて過ごせている。
あの時には美女、幼女と一緒に蜘蛛に乗ることになるとは思っていなかった。なんだかんだで幸せにやれてる。
「カナデさん、もうすぐ着きますよ」
アリシアの言葉を聞き、前を見ると大きな洞窟が見えてきていた。あれがイブリース・スコーピオンの住処だ。
洞窟に付くと俺の気配を感じたのか、イブリース・スコーピオンが洞窟から駆け足で出てきた。初めは陽気とも言っていいほど元気よく現れたのに、リムに気付いた瞬間に警戒するように動きを止めた。
「安心しろ、この娘は仲間だ。名前はリム、仲良くしてやってくれ」
「よろしくね、おっきなサソリさん」
リムは丁寧にお辞儀をした。その様子を見て、イブリース・スコーピオンは少し警戒を解いた。今回はこのリムを紹介することが目的だが、目的は他に2つある。
「イブリース・スコーピオン、お前に名を与えたい。お前は信用できる存在だから、その証に他の魔物とは区別をつけたい。いいか?」
イブリース・スコーピオンは肯定するようにその身をかがめた。
「さて、どんな名前にしようかな…」
「えっ、カナデさん考えてきていなかったんですか」
うっ、痛いところをつかれた。
「仕方ないだろ、俺は名前とか考えるの苦手なんだよ」
「それでしたらイブちゃんなんてどうでしょう?可愛くて良い名前だと思いますけど」
「イブか、別に俺は構わないが、イブリース・スコーピオンお前はそれでいいか?」
イブリース・スコーピオンは鋏を挙げて反応した。これは喜んでいる…よな。まあ、本人が喜んでいるならそれでいいか。
「よし、ではもう1つ用事があるんだ。アリシア、持って来ているよな」
「はい、もちろんです」
アリシアは糸で作った網の中に入れた2つの古龍の卵を取り出した。
「この2つの卵は古龍の卵だ。これをお前に預ける。お前が温める必要はない。ただ、お前の近くに置いていてくれ」
イブはアリシアから卵を受け取った。そして、アリシアに糸で卵を体へと張り付けてもらっていた。たしかに、あれなら落とすことはないだろう。
イブは卵が背中に乗っているせいで違和感を感じるのか、しきりに体を震わせた。
「あまり激しく動かないでください。糸がほどけちゃうでしょ!」
イブの行動を見てアリシアの叱責がとんだ。怒られたイブは先ほどとは打って変わり、落ち込んだように洞窟へと帰っていった。
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