第21話・侵入者 後編
遅くなってすいません。
俺が侵入者の意表を突くために指示をした魔物はフェル・アント、5階層の階層ボスと同種の魔物だ。
見た目や大きさはパワー・アントとほぼ変わらず、わずかに形状が違うくらいだ。光苔のおかげで真っ暗ではないにしろ、薄暗い洞窟ではその差には気づかないだろう。
見た目は似ていてもパワー・アントはFランク、それに対してフェル・アントはDランクだ。2段階分のランクの差は大きい。
パワー・アントだと思い対処すれば、痛い目を見るのは間違いない。
相手には神官がいるため、手傷を負わせても治される可能性がある。フェル・アントには悪いが、死ぬ気で致命傷を狙ってもらう。
このフェル・アントは階層ボスではないため死ねば蘇ることはない。Dランクを使い捨てにするのは少しもったいない気もするが、騎士の1人でも殺せれば元は取れるはずだ。
今回は3体のフェル・アントに頑張ってもらうか。
☆☆ ☆ ☆
フェル・アントが侵入者たちと遭遇したのは、2階層を突破された頃だった。一体のフェル・アントは地を這い、他2体は暗くて見えにくい少し後方の位置で天井に張り付いている。
騎士たちには、これまでにパワー・アントとしか戦わせていない。今、フェル・アントと遭遇してもパワー・アントとしか思わないだろう。
フェル・アントと遭遇して、騎士が発言した。
「3階層まで来ましたが、また同じ魔物のようですね」
「全く、まさかこのダンジョンにはこの魔物しかいないのではないだろうな。もしそうだとしたらレプテン子爵様は落胆されるやもしれんな」
「まだ序盤です。最奥まで行くまで分かりません」
「そんなことはわかっている!しかし、レプテン様は非情なお方だ。役に立たない者は躊躇なく始末する。
たった一度の失敗で首を飛ばされた同僚を何人か見ている。今回のことで成果を上げられなければ、我々の首も危ないのだ」
「…そうならないことを祈りましょう」
「クソッ、この魔物ごときが…。剣を貸せ!」
文官の男は騎士の剣をひったくるように奪い取った。
「うおりゃ」
自らの不安の八つ当たりをするようにでたらめな太刀筋でフェル・アントを斬りつけた。文官が攻撃したとはいえ使っているのは騎士の剣だ。パワー・アントであれば倒されていたかもしれない。
しかし、斬りつけたん魔物の正体はパワー・アントではなくフェル・アントだ。騎士が攻撃したのなら傷を負わせられただろうが、非力な文官ではそうはいかない。
キンッという甲高い音と共に文官の振るった剣ははじかれた。
「へっ?」
文官の男は想像と違う光景に呆然とした。
「キシャア」
攻撃を受けたフェル・アントは剣をはじかれ無防備な文官の首へと噛み付いた。
大きな顎が首を捉え、血が噴き出しながら文官が倒れこむ。文官の予想外の動きと相手が所詮パワー・アントだと油断していたことで、とっさに反応できなかった騎士たちがやっと状況を理解した。
「くそっ、このっ!」
騎士が文官へと喰らいつくフェル・アントへと剣を振るう。文官と違い騎士の剣はフェル・アントの体に傷をつける。
「グギャッ」
悲鳴を上げるフェル・アントへと他の騎士も剣で攻撃をした。フェル・アントは続く攻撃にたまらず文官を離した。
残りの騎士が文官を引きずり神官の元へと移動させる。神官は魔法を唱え文官の傷を癒すが、傷が深すぎてうまくいっていないようだ。
フェル・アントへと止めを刺す騎士たちは、動揺して焦っていたため迫りくる天井を這う2体のフェル・アントには気づくことができなかった。
フェル・アントたちは天井から飛び降りて、同族を傷つける騎士の首へと飛び掛かる。
「ぐわぁ!」
「ぬわっ!」
2人の騎士が他の2体のフェル・アントの犠牲となり、鮮血をまき散らす。さらなる犠牲者の発生に無事な騎士、神官の3人はこれ以上なく動揺していた。
「た、退避、退避しろ!」
3人は襲われた騎士を見捨てて、文官を背負い退避を始めた。フェル・アントも襲った騎士の首を噛み切り、逃走者の追撃を始める。
全速力で走る両者の差はなかなか縮まらないが、文官を背負う騎士が遅れ始めた。それを見かねて、もう1人の騎士が支援するが少しずつ差が縮まる。
やがて、フェル・アントが追いつき騎士へと襲い掛かる。騎士の1人が走りながら後方へと剣を振るい1体のフェル・アントを壁へとたたきつけた。
「キシッ」
フェル・アントは鳴き声をあげて仰向けに倒れてじたばたと暴れる。
騎士は1体のフェル・アントは対処できたが、もう1体のフェル・アントへの対処が遅れてしまった。
その隙に対処できなかったフェル・アントが文官を背負う騎士へと襲い掛かる。騎士は身をそらし何とか躱そうとしたが、文官を背負っているためうまく身動きが取れなかった。
そんな状態でフェル・アントの攻撃をかわし切れるはずもなく左腕に喰いつかれてしまった。強靭な顎が左腕へと食い込み鮮血が飛び散る。
「ぬうぅぅ」
騎士は何とか耐えようとするが、フェル・アントの大顎は瞬く間に閉じていく。やがて肉を切り裂きその大顎は骨へと到達する。
たとえ骨に遮られようとも大顎が閉じる速度は衰えず、やがて骨をも切り裂き左腕を切断した。
「ぐわあぁぁぁ?!」
騎士も流石にこれにはたまらず文官を振り降とし、その場でうずくまってしまう。当然フェル・アントがそんな隙を見逃すはずはなく、今度は首元へと食らいつく。
左腕の時とは比較にならないほどの血潮が飛び散り、赤い水たまりを作る。
騎士は必死にもがくが、フェル・アントは顎を離そうとはしない。やがて顎は閉じ切り騎士の首がゴトッと音を立てて地面へと落ちる。
もう1人の騎士は壁とたたきつけたフェル・アントと応戦していたが、騎士を殺し終えたもう1体のフェル・アントの加勢により形勢は一変した。防戦一方となり、体の一部を食いちぎられていく。
やがて足を負傷して身をかわすこともできなくなり、フェル・アントの大顎の餌食をなった。
残りは神官だが、彼は騎士たちのことは気にも留めずに出口へと向かっていた。
騎士を仕留め、逃げる神官に気付いたフェル・アントたちは後を追った。しかし、騎士との戦いで時間がかかっており大きく差をつけられてしまっていた。
神官はすでに1階層まで後退しており、追いつくことは不可能だった。道中のパワー・アントたちに妨害をさせようとしたが、Fランクでは足止めにもならず結局神官には逃げられてしまった。
結果的には逃げられたのは神官1人、他は全滅だ。想定していたよりも多く殺せた。2体のフェル・アントを隠密行動させていたのが良かった。
騎士たちが思わぬ事態に混乱していたおかげで、不意打ちがうまく決まった。もし、単純にフェル・アント3体を正面からぶつけていたら、ここまでうまくはいかなかっただろう。
騎士4人に文官1人、合計5人を狩れたわけだ。神官は薄情にも仲間見捨てて逃げたが、生き残るには良い判断だっただろう。さすがに、後衛の神官が加わってどうにかなる状況ではなかった。
こちらの犠牲は替えの利くパワー・アントたちとフェル・アント1体だ。大した損害ではない。
今回の戦いはかなり良い戦績だった。逆に言えば、少し良すぎた。あまり、危険なダンジョンと思われたくはないのだが。
実際にはそこまで危険な魔物たちではないのだが、それがどう伝わるかは逃げた神官の報告次第ということだ。
頼むから、起きたことをそのまま報告してくれるのを願うのみだ。
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