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商談外伝:頑張る戸川さん

 景気が上向き内定率が上昇し、就職氷河期が終わったとニュースは伝えていたが、当時の僕はそれを信じることができないでいた。

 就活時期がずれ込み、三月から始めた就活ではあるが、それ以前からインターンなどで動き始めていた周囲の人間が先々と内定を確保していき、結果僕一人だけ取り残されていった。

 顔も学業も悪くないと思っていた当時の僕には、到底信じられない状況だったが、想定外に弱く焦りやすくて、目先のことばかりで遠くを見れてなかったことが駄目だったのだと、今なら冷静に振り返ることができる。だがそんなことができる余裕はその時にはなかった。

 就活も終わりに近づいてきたこともあって、開催される説明会や試験なども減っていき、焦りが募るばかりだった僕の目に飛び込んできたもの。

 僕がナビのページで見つけた会社。その謳い文句は『あらゆる個人、集団、国、世界を繋げる仕事を一緒にしましょう』というありきたりなものであったが、説明会も兼ねた筆記試験が近日中に行われるとのことだったので、会社の名前すらろくに確認せずに登録を行った。

 登録完了になって、やっと把握した会社名、それこそが今現在僕が勤める『飛垣根総合商事』である。


 試験当日。スーツに身を固めた僕は、試験会場として指定されたオフィスを訪ねていた。案内された部屋で待ち続けると、最終的に僕を含んで五名の学生がその場に集った。

 結果だけを先に述べると、その場に集まった学生は全員試験に合格し、同期の同僚となっている。この後僕の指導に当たる海藤先輩曰く『集まった奴らが偶然適正を持っていたのではなく、適正を持った学生のみ集めた』のだと。社長がなにやらそういう不思議パワーが使えるため、条件に合致した者のみが、ナビのページを見つけることができるようにしたらしい。ウチの会社という不思議な場所の長なら、それぐらいできるのだろうと考えてしまう時点で、僕も相当毒されている。


 しかし当時の僕はそんなこと知りもしなかったので、とにかく全力で筆記試験に取り組み、それを晴れてパスして、後日面接に臨んだ。

 面接のため、会社のことを出来る限り調べ上げ、既に内定をもらった友人に頼んで模擬面接を徹底的に行った。

 そのため苦手の面接でも比較的冷静に受け応えできたのだが、やはり想定外の質問というものは来るもの。それによって一気に冷静さを失った僕は、質問の答えに窮してしまった。

「君が人生の中で一番ピンチだったのは、どんな時?」

 どうにかしなければ、と思えば思うほど空回りしてしまう僕に、今度はさらに別の質問が飛んできた。ああ、終わったなと思う僕にさらに言葉は投げかけられる。

「言い方を変えよう。君が今まで一番、命の危機に瀕した時、死にそうだった時というのは、どんなものだい?」

 どんな質問だよ、と思ったがその言葉とともに想起される出来事があった。

 だがその言葉とともに想起される出来事があった。

 まだ就活を始める前、コンビニで深夜のアルバイトをしていた時の話だが、そのときバイトの一人が遅刻していたため僕一人で仕事をしていたとき、運悪く強盗に出くわしたしまったのだ。

 強盗は金を要求し、こちらにナイフを突きつけてきた。これが僕の人生の中で最も死にそうだった時だろう。その白い刀身に、この上なく恐怖した。

「うん。その時のことを思えば、今この状況はどう感じる?」

「それは……大変では、ないです」

「だろう? だから落ち着いて答えてくれればいいんだ」

 確かに、あの時のことを思えば、今のこの状況は大したものではないのだろう。

 その言葉を頂いてから、本調子を取り戻し面接を続けることができた。そして面接の結果、ついに念願の内定が貰えたのだ。

 これまた後日、当時の採用担当者に聞いたのだが、『真の最悪を経験したのなら、どんな状況でも慌てないという適正』と、『誰が相手でも差別しないという適正』が本当にあるかを確認するだけの場なのが、面接の意味らしい。

 この言葉の意味を僕は入社してから、嫌というほど経験していくことになる。



 この日は他国の国策に絡む大きな商談を、一波乱ありながら成功に納めた日であった。

 そこで聞いたのは、指導員である海藤先輩の、契約を取るまでにあった話の流れについての説明である。

 事前に集めた競合他社の情報。その国の国際的な裏事情。そこから類推されるコンペの流れ。失敗した時の対応策。それらについて詳しく聞けたが、酒が抜けて冷静になって考えると、それを成り立たせる前提条件というものが存在する。

 こちらが提供できる商品の質と量。これがないとそもそも商談の場にすら立てない。当然と言えば当然だが、大手である競合他社が、あらかじめキープしていた商品と肩を並べるレベルの商品を、こちらも用意しなくてはならない。『こっち』じゃあまり知名度はないにも関わらず、地方の工場で作られる無名の優良品を見つけ出し、生産量向上のため商談成立以前に工場とライン拡大のための契約を結び、大手が用意するものと遜色ない商品を用意した。

 質と量さえあればほぼ確実に商談が成功するとはいえ、工場拡大に出資するよう調整する能力は、無視していいものではないはずだ。

 それを追及すると『縁を結ぶために全力を出す。社長の口癖だよ』とさらっと言われてしまった。

 このメンタリティーを僕は手にすることが出来るのか、その時の僕は不安だった。



 あえて言おう。あの日の不安は杞憂だった、と。

 この日行ったのは大量の食糧の販売と輸送である。

 それだけならまったく構わない。輸送までするのは不思議には思ったろうが、文章通りの事実だけなら気にも留めなかっただろう。

 --販売する相手が、『こことは違う世界にある、他国と交戦中の、とある中世ヨーロッパのような王国の軍隊』ではなければ。

 --運搬する場所が、『その王国が保有する、大勢の他国の軍隊に囲まれた、矢や魔法が飛び交う砦』に輸送するのではなければ。

 --運搬する方法が、『その世界に住んでいる飛竜という生物に使った、高度三千メートル上空からのスカイダイビング』ではなければ。

 普通なら考え付かない、というか考えない『相手』であり、『場所』であり、『方法』である。

 そもそもそこまでする義理はないのではないか。何故わざわざ異世界などという場所まで来てここまで体を張らなければならないのか。

 そういう疑問に我が逞しすぎる指導員はこう答えてくれた。

『飛垣根とは、あらゆる垣根を飛び越えて、縁を結ぶことに他ならない。これは国王と砦の兵士の意思を結ぶための大仕事だ。だが気にするな、世界の違いという垣根を越えた僕たちにとってこの程度大したことない。つーか後降りるだけだし、大丈夫大丈夫』

 お為ごかしなのかマジなのか。恐らく後者の顔をしてサラリと恐ろしい言葉を口にだし、必死の抵抗を無視してくれた先輩と一体となった僕は、空高くを墜ちていった。

 その砦近くになると、魔法や弓矢が僕たちにも降りかかるようになるが、僕の後ろに居る先輩が矢を掴み弾き、魔法を掻き消していく。

 落下の最中、死んだを連呼していたが、結果生き延びている。

 はっきり言おう。MSM商事とのコンペなど、これに比べれば屁でもない。

 精神が達観したのか麻痺したのか知らないが、とりあえず頑張ろう。それが覚悟出来ただけよかった。じゃないと死ぬから。

 ただその後、砦の人--女性の将軍と先輩がこちらをちらちら見て何を話しているのか、それだけは気になった。言葉が分からないから内容どころではないが、何故か背筋がぞわっとしたのだけは記憶している。とにかく早く言葉が分かるようにならなければならない、ということだけは、分かった


 


 龍と竜の違いは何だろうと考えたことはないか? 

 僕はその日、その答えを見つけたぞ。

 砦に行くとき乗ったものが竜ならば、そのとき僕の目の前に居たのが、龍というものなのだ。言葉で説明するのは難しい。そう感じただけ、いや確信しただけなのだから。

 ただそんな龍であっても、意思の疎通が出来て、求める物があり、注文されたのなら、ウチにとってはお客様である。

 どうやら常連のお客様、いわゆるお得意様であるらしく、先輩とも知らない中ではないらしい。

 そんな人と龍がする世間話をするという異常な空間の中、急に先輩に呼ばれた。龍が放つ捕食者のオーラというか、強者の雰囲気というか、そういうものに威圧されながら、先輩の横まで来た。すると先輩は会社の新人で後輩であると、僕の紹介を始めたのだ。。

 まさか龍に紹介されるなど思いもしなかった。このシチュエーションを想定して生きている人間が、どれほどいるというのか。少なくとも僕は出来てなかった。

 だが、この会社に来て想定できた仕事って何かある、と訊かれても、あり過ぎて答えに窮するほど想定外を経験してきた僕にとって、この状況は思考停止に至るほどではなかったらしい。

 多少つっかえながらではあるが、先輩の後を引き継ぎ自己紹介を行うと、常人ならそれだけで気絶しそうな笑みを浮かべて、僕を迎え入れていただいた。何が琴線に触れたのかは分からないが、気にいってもらえて何よりだ。

 あれよあれよという間に龍と友諠を結んだあと、本題の商談に入った。

 ここで興味を引いたのは、これぞ龍、これぞドラゴンというこのお客様がが欲しい商品とは、一体何なのだろうか。

 フィクションでは、龍はよく財宝を集めているから、巨大な宝石か? いや、この山と見紛うばかりの巨体、その腹を満たしうる大量の肉では? 待て待て、もしや己と戦える、強い者を所望するかも。しかし我が社は人身売買はしていないし。

 などなど様々な憶測や邪推をしていた所、大きな口から三つの要望を伝えられた。

 肉と、美容品と、ヘビーメタル。

 何その組み合わせ。

 一つ目の肉はある意味予想通り、しかしその内容は予想外。体の大きさと要求量がまったく釣り合ってない。

 火山に近いところに住んでいることもあって乾燥しやすいらしく、化粧水やら保湿クリームを使わなければ、(はだ)の輝きが落ちてしまう、とのこと。

 ヘビーメタルは子供たちの子守歌代わり。

 やはり龍。人とは感性やモノの考え方、ライフスタイルが違いすぎる。

 ただこれもいつも通りの注文のようなので、すぐに慣れるようだ。

 というより、今度からこの(ひと)の担当は僕になるようだ。曰く穏やかな方なので滅多なことでは怒らないし、悪質なクレームはでないとのこと。お客様のほうも快諾していただいたので、今後注文は僕が受け付けることになる。

 されどそこはやはり上得意なお客様。気を抜いたりおざなりな対応をしてはならないだろう。

 この商談はいつも以上に気を引き締めて見学していなければ。

 契約は滞りなく結ばれたが、売買は金銭ではなく物々交換ということで成立した。ただ相手側の物品が現在手元にないらしく、今後その物品が手に入るまで(かけ)--大雑把にいえばツケ--として商談を終えることができた。

 その物品とは何なのか聞いたら大変驚いたが、確かに高価そうだと思った。

 僕の友人の一人が、『いつか異世界に行って、ドラゴンと友達になる!』と宣っていたな。

 それをからかって、正直すまんかった。僕の方が先に知り合いになるとは、人生良く分からん。

 とりあえず今度、松阪牛と美容品、そんでヘビーメタルを持っていけばワンチャンあるぞ、とだけ伝えておきたい。

 


 王道RPGでの最終決戦。

 その場とその状況を一言で表せと言うならば、僕はこう表現するだろう。

 二組の人間たちが、正確には一組と一人のヒトたちが、城の玉座の間のような場所を破壊しつくす、そう思えるような激闘を繰り広げていた。

 そんな激しい戦いの最中であったが、急に現れた僕たちを見て、互い自然と距離を取っていく。

 一方は、非常に顔が整っている金髪の男性を中心とした四人組のグループ、この場合はパーティと言った方が正しい気もするが、とにかくその四人組が剣やら槍やら杖を構えて、一人とこちらを警戒していた。

 その集団と戦っていた一人のヒトは、僕たち人間とは少し容姿が違った。黒に近い肌と三つ目、両方の米神から生えた角を持った、ヒトである。そのヒトももう一組と同様に、こちらへ気を置いている。

 まあ急に人が現れたら、普通でも警戒するってのに、死力を尽くしている最中ならばなおさら警戒するというものだな。

 しかしあの金髪の男性、本当に美形だな。元の世界に行けば芸能界に行くか、BLの対象なんかにされそうだ。

 そんなことを思っていると、先輩が何故かこちらを注視していた。その視線はまるで『お前が言うな』と言わんがばかりのこちらの視線に気づくと逸らすように二組の方へと視線を戻したが、あれは一体なんだったのか?

 とにかく商談を進めていくこととなった。今回は戦っている両方がクライアントである。

 金髪の青年は魔王--戦っていた黒いヒト--を斃すための武器である聖剣を。魔王はやられた部下たちへの医療品および臣民たちへの食糧を。

 それを伝えたとき、勇者--金髪の青年--は態度を急変させ図々しくも、こちらに聖剣を出せと詰め寄ってくる。僕たちがこの世界の人間で、勇者の協力者であるのならば、それでよかったのだろうが、生憎とこちらはボランティアではなく、商売人。

 商社マンなのである。

 そして先輩は、ここに来る直前に立ち寄った場所で聞いたことをそのまま伝えたが、勇者一行は聞く耳持たず。代金を払うそぶりすら見せず、ただ剣を寄越せと要求してきた。それを聞くと先輩はもう勇者一行を一顧だにせず、魔王の方へと話を進めていった。

 そして魔王とのみ、契約を結んだ。

 それを目前で見届けることとなった勇者は、背後から先輩に向けて剣を振り下ろす。

 以前の僕なら慌てふためいていたのかもしれない。逃げてと、避けてと、叫んだかも知れない。

 だがこの入社してからの短い期間でも十分に理解できている。

 結界云々を抜きにしても、この人は、この程度で斃れるような人間ではない、と。

 事実、先輩は勇者の一撃をいなし、反撃の一撃を加えた。

 このときから両者は、互いに人間を見るような目をしていなかった。

 --勇者は、悪魔や鬼、はたまた神か、人智では測れないような異常な存在を。

 --先輩は、一片の興味すらわかない、石ころよりどうでもよいような物体を。

 そんな感情が透けて見えるような目を、それぞれしていた。


 今回の一番の収穫は、先輩は切れたら怒鳴らずに、早口に攻め立ててくるタイプだということが知れたことなのは、間違いない。



「勇者一行を見殺しにしたこと。後悔している?」

 魔王さんとの更なる商談をまとめた後、先輩は僕にそう尋ねてきた。

 勇者さん達死んでないけどね。確かに彼らに聖剣を渡せば魔王さんを斃せたろうけど。

「何でそんなこと聞くんすか?」

「お前、ラールライのこと、どう思う?」

 どう思うって、あんま知らないけど、うーん。

「強くて黒くてカッコよくて三つ目で、幽○白書のヒ○イみたいだなぁって」

「……そんだけ?」

「そんだけっす」

 何が聞きたいのか要領がつかめないな。

「人間とは違う姿だったけど、それで忌避感を覚えたりしてないのかなぁって思ってさ」

「そりゃ今更っすね。龍やらなにやらと出会った段階で、もうそんなの気にしてないっすよ」

 確かに会社に入る前だったら、見た目からして勇者たちに肩入れしてたかもしれないけど、勇者といってもダメ人間だったり、魔王といっても賢王だったりして、見た目じゃなくて中身の方が大事って気づけたな。

「そんなもんか」

「そんなもんっす」

 そう、大事なのは金と信頼(なかみ)である!

 ただその後の急な無茶ぶりに関してはほとほと勘弁してもらいたいものである。

 そのおかげで、どれほどの男の睾丸を潰したことやら 。


「それでは皆さんグラスを持ちまして!」

『カンパ~イ!」

 本日は僕たち同期五人が集まって開かれる飲み会の日である。

 入社以来月に一、二回程度であるが実施されているのが、この同期飲みだ。

「いやー、それにしても、慣れてきたよね」

「うん、僕でも驚きだわ」

「入社当初は愚痴どころじゃなかったよね」

「超営業部ってなんだよってバカにしてたけど、超つける理由も何となくわかるわー」

 ここは、日々の仕事で溜まったストレスや不満、愚痴などを発散することを目的とした場である。あるのだが、初めの方はまともに機能していたとは、正直言い難い。僕たちが勤めている会社の実情を把握するのに精一杯で、愚痴どころではなかったのだ。皆、口を揃えて『何なんだこの会社は』とつぶやくか、何をしたのか、どこに行ったかなど、現状の摺合せしかしなかったのだ。

 だが人間は適応する生物ということか。一月、三月、半年と過ごしていく内にこの異常な環境にも慣れてしまった。そうして冷静さを取り戻すと、やはりどのような環境でも職場の人間や仕事の内容を肴にして楽しむことができてしまう。

 本日は、どこに行ったというのが主な話題となっている。

「俺、泳げないってのに、海底の方まで行っちゃってさー。シャチっぽいのに捕まって高速移動。水圧はやばいし、船でもないってのに酔って吐きそうになったわ」

「うわっ、キッツ。僕は海上都市だから船酔いと吐き気だけですんだよ」

「まったくすんでねぇよ。俺はその点楽だったな。スゲェ濃霧に包まれた崖際歩くだけで行けたし」

「実は、私が行ったところさ……ラ○ュタだったんだよ!」

『マジか!?』

 酒が進むと話が弾む。話題は変わり、膨らんでいく。

「霧を抜けたら、これぞ仙人みたいな人たちが居たんだよ。白髭白髪。テンプレ過ぎて突っ込めんかったわ」

「いいじゃんテンプレ。海底じゃ呼吸するだけでも一苦労でさ。声出せないからわざわざ手話覚えなきゃならなかったんだぜ」

「襲われないだけましだよ。僕こんなナリだからね。海賊みたいな連中に目をつけられて襲われたちゃったよ。もちろん返り討ちにしたけど」

「私の所はとにかく龍が沢山いたな。まさしく龍の巣って感じ。太陽に近いせいで、日焼け止めが大人気だったわ」

 皆も色んな所に行って、色んなお客様と出会ったようだ。

 楽しく談笑しながら、思い起こされるのは、仕事に慣れつつあったある日の飲み会で話題となった、こんな疑問。

 『辞めるつもりはあるのか?』

 その時の皆は、言葉を濁しながらも遠からず辞めることを示唆していた。

 あれから数ヶ月。皆の今の心境は、どうなったのか、聞いてみた。すると--

「う、ん。その時はヤバすぎる会社だとしか思ってなかったしなぁ」

「そうそう。海外飛び越えて異世界まで行くとか、なにそれ? って感じ」

「いつ死ぬか戦々恐々としていたから、僕はいつも退職のこと考えていたとおもうよ」

「私もそう。やっていける自信がなかったよ」

 口々にその時の心境を吐露していく。

 僕たち、社会人一年目の覚悟を嘲笑う様な、突き抜けた業務内容。五里霧中にあったその時、生き抜くことで必死で、楽しむことなど到底できなかった。

「でも慣れてくると、スゲェ楽しいよな。この仕事」

「確かに。他の企業じゃ絶対体験できないし」

「これ以上はないだろうと思ったこと衝撃が、次の日にはあっさり超えられることなんてザラだしね」

「うん。今は、凄くこの仕事を楽しんでいる。辞めるなんて、考えられないよ」

 しかし、心に余裕が生まれ、僅かながらも霧が晴れると、周りを、状況を楽しむことができるようになる。そしてその霧が更に晴れていくのを心待ちにし、新たな楽しさを見つけることが出来る。

 余所では味わえない刺激的な毎日に、どっぷり嵌ってしまった同類達(・・・)を見て、大声を上げて笑った。

 そうだな次は、魔王と勇者の戦いに横入りした時の話をしよう。



「ねえ、早くしてくんない。後ろ並んでるんだけど」

 お客様の元へ商品を届け、休日を挟んで本日。家を出て会社に行く前にコンビニで買い物をしようとしたら、朝早くだというのにレジを独占しているおっさんに文句をつけた。経験者として言わせてもらえば、ここから大量の出勤者が雪崩れ込んでくるため、そこまで時間をとらないでやってもらいたいものだ。

「ああ!? お前これが見えてないんか!?」

「? ナイフでしょ? 見えてるけど、それがなに?」

 そういって振り返った男の手には、ナイフが握られていた。レジの後ろに立っている店員は両手を挙げており、もう一度男の方を見るともう一方の手の中に札束が握りこまれている。そこから推測すると--。

「お前、コンビニ強盗だな?」

「気付くの遅えよ!」

 ……休み明けで気が抜けていたようだ。こんな簡単なことにすぐ気付かなかったなんて。

 まあいい。早くお帰りになってもらい、警察の方にまかせよう。そういうことで早期退出を願ったのだが。 

「おい、お前俺を舐めてんのか? 舐めてんだよな!?」

 何故か怒りを買ってナイフを突きつけられてきた。なんだなんだ。僕が何をしたっていうんだ。

 しかしナイフを突きつけられて、僕はある事実に気づいた。

 最終面接で答えたように、僕はコンビニ強盗にナイフを突きつけられて、恐怖を抱いた記憶。トラウマとなってもおかしくない出来事だと、記憶している。

 そう、記憶しているだけなのだ。その時の恐怖も忘れたわけではないのだが、入社後の経験と比べるとその感情の、なんと小さなことか。その事実に、思わず笑みがこぼれた。

「な、に笑っとんじゃお前はーっ!!」

 僕の笑みを挑発と取ったのか、その男はナイフを振りかぶり、そこで停止した。

 振りかぶられる腕、そこで畳まれる肘とその手首を瞬時に掴み、腕を固定。力を加える向きを変えることにより、男は体勢を崩し、背中から叩き付けられる。

 背中を強打し、息が詰まった男が咳をする直前、男の米神を蹴り抜き、意識を刈り取った。

 気絶した男をまたぎレジの前に立ち、一連の行動を茫然と見ていた店員に声を掛けた。

「警察への連絡……の前に、これらの会計を頼みます」

 おい店員よ。笑顔で頼んだのに、なぜそこで顔が引き攣る。



「おはよう。いつもよりちょっと遅いがどうした?」

「おはようございます先輩。ちょっとしたトラブルに巻き込まれただけっすよ」

 僕の指導員を務める先輩と挨拶を交わし、席に着く。僕の席の上には、今度僕たちが行く場所の情報が記された書類が置かれていた。

 はてさて今度はどんな場所なのかと思い書類に目を通すと、そこには今までとは全く趣の異なる世界について書かれていた。

「中世とかファンタジーなんかは十分に経験したな。今度からこの世界よりちょっと技術が進んだ世界、いわゆる近未来とかSFとかに行くから、しっかり覚悟しといてくれ」

 ここで準備ではなく覚悟というのがウチらしいとこなのだろう。先輩がそういった以上キツイ場所であることは間違いない。まったくもって大変である。

 しかし、それとは相反するように、僕の心の底から未知への好奇心、歓喜が溢れてくる。

「定時が来たし、さあいくぞ」

「承知したっす先輩!」

 僕はその感情に従って、今後も様々な垣根を飛び越えていくだろう。


『ま、安心しろ。入社出来た段階で、この仕事は天職だと決まっている』

 先輩のこの言葉。以前なら否定していただろうが、今なら言える。

 間違いなく、この仕事こそが僕の天職なのだと。


 あっ。長々とすいません。

 申し遅れました。(わたくし)、飛垣根総合商社、超営業部門の『戸川観古都(みこと)』と申します。今後ともよろしくお願いいたします。


滑り込み完結。

70000字に届かなかったことが心残りですが、初完結できてよかったです。

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