魔女の場合
外で何か声が聞こえたのよ。小さい子供たちの声。それも、すっかり日も暮れた夜遅くに。何かと思って、最初は窓から様子を窺っていたの。
「グレーテル!見ろ!お菓子の家だ!」
「普通の家よ、お兄ちゃん」
「いいや、お菓子だ。ガブリ(噛み付く)」
「お兄ちゃん、それは壁よ。レンガよ」
「固いな、このチョコ(歯が折れる)」
「レンガよ」
「石の味がするな」
「レンガだからね」
「チョコってのは甘いと聞いていたのに。きっと高級チョコなんだな。うん、大人の味だ」
「レンガよ」
「鉄の味もする」
「お兄ちゃん、歯から血が出てるよ」
「そこで何をしてるの」
「うわ、魔女だ」
「魔女じゃありませんよ」
「普通のおばあちゃんだよ、お兄ちゃん」
「魔女だ、魔女だ」
「魔女じゃありませんって」
「全国的に平均的なおばあちゃんだよ、お兄ちゃん」
「こんなお菓子の家で、僕らを誘いだして。ガブリ(レンガを噛む)」
「普通の家よ」
「レンガよ、お兄ちゃん」
「歯が痛むぞ、魔女め」
「とにかく入って。寒いでしょう」
「お兄ちゃん歯がなくなっちゃうよ」
最初はわけがわからなかったんだけど、もう夜も遅かったし、とにかく子供たちを家に入れたのよね。
「やっぱり魔女なんだな。こんなイスに縛りつけて。僕らを食べる気だな」
「ごめんなさいね。でもこうしないとあなた、家にあるもの何でも食べちゃうから」
「お兄ちゃん、木でも鉄でもお構いなしだもんね」
「魔女に食われる。ああ(頭を抱える)」
「いま温かいスープ持ってくるから」
「やったね、お兄ちゃん」
「ああ、太らせてから食う気だ」
「グレーテルちゃん、ちょっと来てくれる?ヘンゼルくん、少し待っててね(部屋の扉を閉める)。グレーテルちゃん」
「なあに、初見のおばあちゃん」
「こんな夜遅くに、二人で何をしてたの」
「私たち捨てられたから、食べるもの探してたの」
「まあ」
「だけど見つからなくて。冬だから木の実もなっていなくて」
「まあまあ」
「最終的に芋虫みたいなのしか見つからなかったんだけど、お兄ちゃんが、確か南の方の大陸の人たちは幼虫を食べるんだ、って。それがわりかし栄養があって、味もそれなりにいいらしい、って」
「あら」
「だからそれを二つに割って食べよう、ってことになったんだけど、いざ割ってみるとその芋虫の体から、緑色のイヤーな液体が出てきて」
「あらあら」
「きっとお兄ちゃんそれ見て、私たちこれからずっと、こういう緑色のイヤーなもの食べて生きていくんだろうな、って想像したと思うの。ああいうイヤーなものを栄養にして生きていくメンタルの図太さは、お兄ちゃんにはないの。それで、人の家のレンガを食べるようなお兄ちゃんになってしまったんだと思うの。人の家のレンガ食べて、『チョコだあ、チョコだあ』ってはしゃいでしまうような兄になってしまったんだと思うの」
「あらー」
「以上が、妹としての見解です」
「大変だったわね、二人とも」
「いえいえ」
「はい、温かいスープよ」
「…あったかい。美味しい」
「かぼちゃのスープよ」
「ありがとう、おばあちゃん」
「二人とも、しばらくここにいていいのよ」
「いいの?」
「おじいさんがいなくなってずっと一人でこの家で暮らしてたから、おばあちゃん寂しいのよ。こちらこそ、お願いします」
「お願いされちゃったぜ、エヘヘ」
「お願いしちゃったぜ、エヘヘ」
そうして二人の子供たちを預かることになったんだけど、しばらく一緒に暮らしてるとすっかり情が移っちゃってね。もう二人とも、可愛くてしょうがなくて。でも私も、もう老い先短いからね。いつまでも老人の道楽に付き合わせるわけにもいかないと思ってね。私が死んじゃったら、またあの子たちは途方に暮れちゃうだろう?だから信頼できる人を見つけて、二人がちゃーんと暮らしていけるようにしてやらなきゃ、って思ったの。それが神様に与えられた私の最後の仕事なんだって、年甲斐もなく張り切っていたのよね。




