父の場合
「帰ってこないぞ、子供たち」
「そりゃあそうよ。私たちはあの子らを森に捨てたんだから」
「捨てたのか、俺たちは」
「そうよ。私たちは、森の奥深くまであの子たちを連れて行って、で、捨てたの」
「もう日が暮れてしまったぞ。どうなるんだ、ヘンゼルとグレーテルは」
「食料がないから、餓死かしら。それとも、凍死するかもしれないわね。ホラ、いま冬だし」
「どっちなんだ。どっちで死ぬんだ」
「オオカミに食べられちゃうかもしれないわね。夜になったらよく聞こえるでしょ、オオカミの遠吠え。アオーン、アオーン、って。あいつらに、ガツガツ食われちゃうかも」
「ガツガツ食われるのか、ヘンゼルとグレーテルは」
「内蔵も食われるかもね。グチャグチャ、って」
「グチャグチャ内蔵を食われるのか」
「ガツガツ、グチャグチャ、アオーンアオーン、って。今夜も遠吠えが聞こえるかしら」
「やめろ!」
「あなたが聞いたのよ」
「やめてくれ」
「私たちがしたのはそういうことよ」
「違う、俺じゃない」
「あなたよ」
「俺じゃ、俺じゃない」
「じゃあ誰だって言うの」
「お前が言った」
「…」
「お前が『森に捨てろ』って、言った。お前が」
「そうね。私が言ったわね」
「お前が言った。あの子らが、前の女房の子だから。可愛くなかったから」
「可愛かったわよ。あの子たち、よく懐いてくれてたし」
「ウソだ」
「ウソじゃないわ」
「お前は二人をいじめてた、そうに決まってる」
「いじめてないわ。ヘンゼルは手のかからないしっかりとしたお兄さんだったし、グレーテルはいつも私の料理のお手伝いをしてくれたわ。本当に可愛い子供たちだった」
「だったらどうして捨てた」
「私は捨てたくなかったわよ」
「捨てたくなかったのなら、なぜ捨てたんだ。正直に言え。俺の子供が可愛くなかったんだろう。俺と前の女房の子供が。そうなんだろう。正直に理由を言え。それさえ聞ければ俺は納得するんだから」
「正直に、言ってもいいの」
「正直に言っていいさ。さあ言え」
「あなたがそうしたがってたから」
「バキッ(顔を思い切り殴る)」
「うっ!」
「デタラメ言うな、このアマ。この、この(二度顔を殴りつける)」
「デタラメじゃないわ。あなた毎日言ってた。『もう明日のパンはない』『口減らしなんて実の親ができることじゃない』『それにしてもあの子らはよく食べる』って。毎日毎日そればっかり」
「それはたまたま、思ったことを言ってただけだ。それ以上の意味なんてないんだ」
「あなたわかりやすいのよ。頭の中で考えてること、顔に出てるの。言動に出ちゃうの。私のせいにしないでよ。あなたが、アンタがあの子ら森の中に捨てて、殺したんだからね!」
「うおおおおお!!(頭をガンガンに殴りつける)」
「うっ(気を失う)」
「捨てるなら、捨てちまうなら、俺が捨ててやらなきゃいけなかったんだ。俺はあいつらの父親なんだから、俺からきちんと、正式に、あいつらを捨ててやらなきゃならなかったんだ。それを、お前が(殴る)、お前が先に言っちまうから(殴る)、俺が、血の繋がった俺が、『いいかお前たち、今からお父ちゃんお前らのこと捨てるぞ、森ん中捨てるぞ、恨むんならきちんと俺を恨むんだぞ、天国で神様にちゃんと父ちゃんに捨てられたって報告するんだぞ』って、言ってやらなきゃならなかったのに、それをお前が、寡婦だったお前が、出戻りで、買い手がつかなくてどうしようもないところを俺に拾ってもらったお前が、余計な口出しをするから、お前が、お前なんかが(殴る)」
自分の女房をメチャクチャに殴りながら、俺は暗い森に残されたヘンゼルとグレーテルが可哀想で仕方なかった。寒くて暗い森に、お腹を空かせて、オオカミに怯えるあの子らを思うと、拳の痛みなんて全然感じなかったんだよなあ。




