33.陥落
「なぜシクロ殿下がここに? まさか……」
「そのまさかですよ。私も、彼らに協力している者の一人です」
「なっ……グレスバレー王国が、レイニグラン王国に付いたというのですか?」
「まだ完全ではありませんが、ね。ただ、私は彼らの計画を支持しています」
山を砕いた時より、リッツバーグ国王は驚いていた。
驚き過ぎて顎が外れてしまわないか心配なほど、大きく口を開けたままだ。
「……も、申し訳ないが、少し頭を整理させてくれないか?」
「構いませんよ。ゆっくり話しましょう。今はまだ……慌てなくても大丈夫ですから」
シクロ殿下はニヤリと笑みを浮かべる。
何かよくないことでも企んでいる顔は、味方でなかったらぞっとするかもしれない。
シクロ殿下は私の隣に腰かける。
「順調かい?」
「見ての通りよ」
「そうか。ならよかった」
ちょうど今は宮廷でも休憩の時間だ。
一時間は自由に使える。
それだけあれば、交渉を決めるのに十分だろう。
私たちは考えを整理しているリッツバーグ国王の反応を待つ。
そして数分後、彼は腕を組んで言う。
「シクロ殿下、貴殿はなぜ彼らに賛同しているのです?」
私たちではなく、シクロ殿下への質問。
彼はニコリと笑って答える。
「簡単です。利害の一致と、目的に達するための力を、彼らが持っているからです」
「……貴殿の目的とはなんです?」
「私の妹が、セイレスト王国にいます」
「――!」
リッツバーグ国王は今までになかった反応を見せる。
驚きよりも切なげに、悲しそうな顔をする。
「なぜいるか、リッツバーグ国王……あなたもおわかりでしょう?」
「……ああ。おそらく、同じ理由で私の娘も……セイレスト王国にいるからな」
「やはりそうでしたか」
シクロ殿下が以前に言っていた。
彼以外の国でも、同様に人質がとられている。
シクロ殿下の妹君がルガルド王子の愛妾になっているように、リッツバーグ国王の娘もセイレスト王国に軟禁されているようだ。
そして、この反応を見る限り、リッツバーグ国王も脅されていたのだろう。
従わなければ滅びるのみだったから、仕方なく従った。
だとしても、犯した罪は消えない。
彼らの弱さが、レイニグラン王国を追い込んだのだから。
「つまり、貴殿の目的というのは」
「妹を取り戻すことです。私にとってはそれが最優先でした」
「そう、でしたか……」
「はい。そして今、近いうちに解放できそうなんです」
「なんと! 本当なのですか?」
シクロ殿下は頷く。
そして続ける。
「今進めている計画が上手くいけば……私の妹だけではありません。セイレスト王国に、不本意に囚われている皆を解放できます」
「――! 私の娘も……アリーシャも帰ってくるのか?」
「はい。そのために、私は彼女に賭けました」
シクロ殿下の視線が、私に向けられる。
期待と、これは脅しかな?
失敗は許さない。
ここまで手を貸したのだから、絶対に成功させろ……と言っているように見える。
上等だわ。
私だって、ここまで来て失敗なんて許さない。
だから――
「へ、陛下大変です! またしても上空にドラゴンが!」
「なっ、こんな時に……」
会談中、慌てて入ってきた男が報告した。
窓の外を見れば、ドラゴンが街の空を飛んでいるのがわかる。
いつ襲ってくるのかわからない恐怖に晒され、リッツバーグ国王は決断を迫られる。
「リッツバーグ国王」
その隙を見逃さず、レオル君が尋ねる。
「お選びください。我々と協力を得て、共に戦うか!」
「――!」
決断の時は迫る。
こういう時の人間は、何を最も大切にしているかが浮き彫りになる。
金か、名誉か、自分の安全か。
それとも――
「いいだろう! ドラゴンを退けてくれたら協力する! それで娘が、アリーシャを取り戻せるならば!」
「よろしいですか? 撤回はできませんよ」
「構わん! 我々とて望んであの国に従ったわけではない! 貴国が再び全てを取り戻すというなら、その未来に期待しよう!」
私はレオル君と顔を合わせる。
交渉はなった。
さて、ここからは毎度おなじみの茶番劇の時間だ。
「頼めるか? アリス」
「はい、もちろん」
私は姿を消す。
実際は少し前から、分身と入れ替わっていた。
本体はドラゴンの背にいる。
分身が消えたことで、分身の記憶が本体に流れ込む。
「上手くいったみたいね」
私は笑みを浮かべ、ドラゴンの背から飛び上がる。
そのままドラゴンを包むように正方形な結界を展開した。
「派手に行きましょう」
見ている国民、リッツバーグ国王にもわかりやすく。
ドラゴンが私にひれ伏す様を。
結界の中で暴れるドラゴン。
それを結界の圧縮で抑え込み、続けて結界がまばゆい光を放つ。
この効果に意味はない。
ただの演出、派手に見せるための光。
直後に結界は爆散し、光の粒子が街中に降り注ぐ。
「はぁ……見せる魔法も疲れるわね」
◇◇◇
リッツバーグ国王は目撃した。
ドラゴンが一瞬にして大人しくなる様子を。
「ドラゴンが……まさか本当に」
「手懐けたんですよ。彼女が、ドラゴンを」
レオル殿下が隣に立ち、共にドラゴンを見上げる。
暴れる様子はなく、大人しく空中で停滞している背に、アリスティアの姿がかすかに見えていた。
「凄いでしょう? うちの魔法使いは」
「……」
驚きで声も出ない。
これが決定打となり、彼らは今後レイニグラン王国に協力する。
ドラゴンを軽く捕まえてしまえる魔法使い。
加えて同盟国の裏切り。
ここまで出目が揃えば、自ずと天秤は傾く。
後にリッツバーグ国王はこう考えるだろう。
あの時の判断は正しかった、と。






