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<数か月後>
「カナタ!! どこだ?!」
カナタがベッドの上に居ない。もぬけの殻であるベットを見た時、めまいがした。錯覚だと信じたかった。だがカナタを探さなければ、ほんの数秒で混乱から抜け出す。すぐ思考を切り替え、療養中の小屋内部を探した。
トイレ、居ない。食堂、居ない。ベランダ、居ない……。冷や汗で手が手が震え、心臓が速くなる。室内ではないと外へ探索範囲を広げた。ベランダ、庭……まさか。驚愕なことにカナタは、玄関を抜けた外にいた。そして刀を杖替わりに歩いていた。
刀はもうかなり前から手放していたはずなのに。
シロは刀を預かっていたが、今はちょうど洗濯をしていて刀から目を放していたためにカナタの手元に移動していたことに気づかなかった。
現在のカナタの状況は非常に弱っていた。なにかに捕まらないと歩行が困難で、手すりが無ければ歩けないほどに。建物の中なら壁伝いに歩けるが、外に出てしまえば捕ることのできる箇所は少ない。
「カナタ!」
カナタを見つけた瞬間、彼はなにもない所で転んだ。受け身がとれていなかったようだ。どこか打ったかもしれない。
「カナタ!」
シロは呼びかけながらすぐさま駆け寄ろうとしたのだが――。
「……く、る……な!……ゲホゲホッ、っ、ぁ、」
苦しそうな声で最大限の拒絶を示した。そしてむせながらカナタがりゆっくり刀を杖替わりに立ち上がる。足に力が入らず震えており、立ち上がることすら困難に見える。
「なぜですか? どこに行きたいんですか? 教えてください。俺が付き添いますから」
シロは、拒絶の言葉に胸を痛めながらも要望通り駆け寄ろうとしていた足を止め声だけを飛ばす。
「……夕刻、……に、は……ゲホゲホっ……も、ど……るっ……はぁはぁ」
カナタが言いつつ、振り返らずに進み続ける。
カナタ自身、自分の体調の事をよくよく理解している。誰よりもだ。歩くのも難しいとわかっているから、工夫していた。移動する必要があるときは車椅子か、体の大きい団員に持ち上げられるかだった。
シロはカナタがわからなかった。
体調に見合う立ち回りを今日までしてきたというのに。この時期になって、どこに行きたいと言うんだ。
立ち上がった
シロは一人狼狽えている間にも、カナタはゆっくり前に進んではいる。しかし、危なっかしい……手を貸したい。今にもまた倒れそうでハラハラした。だけど、着いてくるなと言われれば躊躇してしまう……。
カナタの意思を尊重したいとシロは思う。
確かに、今日までずっとずっと篭りきりだった。耐えてきたと思う。
ねだっていいと言ったのに、一度もねだることはなかった。
何処へ行きたいというわけでもなく、何が食べたいとも……は言ってたか。移動することは生活上必要最低限のみ。
やがてカナタの姿が見えなくなる。
シロはカナタの放浪癖のことを思いだしていた。
彼には放浪癖があった。一人でどこへでも行き、フラっと帰ってくる放浪癖。全盛期なカナタのそんな印象がシロに根ずいていたのだろう。
(あの足では遠くへ行けない。夕刻までに帰って来なかったら迎えに行こう)
シロは考えた末、カナタを一人で行かせることにした。
「はぁ、……あ! はぁ……、は、」
カナタは息絶え絶えに無我夢中で道を進んでいた。
足元がふらつく。むりやり足をどうにか前に出し、一歩一歩進む。足がガクガクしてしまい力がうまく入らない。それでもいい、どうにか前に進めば。
シロの前で横転した時、右肩を打ってしまった。痣になっているだろう。杖にしている刀を持つ手はかたかたと細かく震えていた。
(刀を杖にするなんざ、なんて無様だ……)
今日はおれの命の恩人の帰天日だ。一人で祈りたかった。毎年、この日は一人で祈っていた。
活動中でかんずめの時は仕方がないが、極力教会があるならば教会で祈りを捧げたかった。この村には教会がある、自分の足で行きたかった。
時にめまいがし、崩れ落ちた……が、意識を失うことなく持ち直す。休憩しながらも前に進む。そうやって何とか上手く歩けないながらもカナタは道を歩いた。そして、なんとか到着した。
無事に祈りをささげる。
その頃には、全身を汗でじっとり湿らせていた。両足は痙攣気味で帰りまで持ちそうになかったが、とりあえず目的を果たせた。
目的を果たせた後から思考がおぼろげで……やり遂げた達成感でいっぱいだった。
なにを考えたのか……教会を出た後タバコ屋へ立ち寄った。あの人のタバコが吸いたくなったからだ。あの人の銘柄を購入し、タバコ屋の前のベンチに腰掛けタバコに火をつける。
おれはタバコは嫌いだ。臭いし、不健康だ。だが、一年に一度だけ。あの人を想い吸う。今や恒例行事となっていた。
この状態の身体で吸ったら危ないという危機感は教会まで歩いた疲労、”命日”という今日この日であることで甘くなっていた。いや、なくなっていた。
そもそも、刀を手に外へ踏み出したときからおかしかったことにカナタ本人は気づいていなかった。
「ヒュッ、っ、……ゲホゲホッゲホゲホッ」
タバコひと吸いでむせた。
こんな不自由な体になってでも、それでもあんたが生かしてくれた命だ。無駄にする気はなかった。本当だ。死にたいわけではなかったのに、おては一体何をしているんだ……と、息が吸えなくなってからやっと気づいた。
「う、っ、ゲホゲホッ、は、ぁっ、ッ、はぁ……ぁはぁはァ」
飲み物を持ってこなかったので、のどを潤すことができず、咳が止まらなくなってしまった。
「う、ごくん、げほげほ、ごくん、、、、はっ」
つばを飲み込んで咳をおさえようと試みるが呼吸困難に陥り、上手く息が吸えない。
身体を曲げ両ひじを膝の上にのせ、安定させるように心がけるが力が上手く入らず安定しない。
「…………はぁはぁ……ゲホゲホッ……ヒュッ」
いずれ落ち着くはずだと耐え続けた。喉が痛い、体中が熱くなり汗が出る。
背もたれの無いベンチに座っているのが辛くなり床に崩れるように落ちる、横向きになり手足の力を抜き、リラックスして口すぼめ呼吸をするよう心掛ける。
「ゲホゲホゲホ……ヒュッ……ゲホゲホゴホっ……ヒューっ……ヒュー」
咳をしすぎて息を出しつくし、空気を欲し吸おうとするとまたむせる。
(苦しい、くるしい、クルシイ……)
気管支が詰まり息が吸えなくなりじたばたと暴れ、もがき、足掻く、助けを叫ぼうとする意志が形にならない。
酸素を欲し続ける体はとうとう限界を迎え、愚かな自分の行為によりそのまま気を失ってしまった。




